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終末のアラカルト  作者: 大地凛
第二章・魔術編
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祈り

 列車は、休むことなく走り続ける。星空の恒星の配置は、ヒカルの故郷とはまた違った気がした。


「そういえば、さっき聞きそびれたんですけど、何で俺が刀を抜くのを止めたんですか」


 マルクは、星と星を指でつなぎながら、上の空で答える。


「ここら辺はさ、すごい魔力が立ち込めてんの。それでとんでもない怪物が育っちゃってんのさ。おたくの魔力だけでそいつらを十分おびき寄せちゃうのに、刀まで抜いたら外敵だって誤解されるでしょ」


 要は、不用意に刀を抜けば、列車の進行を妨げる程の魔法生物が襲いかかってくるというのか。ヒカルは刀がしっかりと鞘に収まっているか、手探りで確認した。


 しかし、マナの濃度が高い、ということは、件のサーマンダ公国に近づいてきているということか。ヒカルはまだ見ぬ魔法国家の、そして、イヴァンの述べた事件の手がかりへの期待に、胸を膨らませた。


 その晩、ヒカルは仕方なく部屋に戻った。月光の射し込む部屋には、三人の女性が、それぞれの寝台で寝息を立てている。ジェームは布団をしっかりとかけて、仰向けに寝ている。アルジェンタはうつ伏せで、布団から足がはみ出していた。どうやら眠る時の姿にも、多分に個性があるらしい。ヒカルは、自分の寝姿はどうであったかと、ふと考えを巡らせた。まぁ、一人で暮らしていた彼に知る由はなかったが。


 さて、自分の寝所に潜り込む前に、アテナの寝顔も見てみるかと、ヒカルはベッド脇の梯子に手をかけて、いや待てよ、と思いとどまった。勝手に彼女の寝顔を見ていいものか、という葛藤があったのだ。では先程、二人の大魔導師の顔を見ていたのはよかったのかと自問自答したが、明確な答えは出すことができなかった。何故、アテナの寝顔を見ることを躊躇するのだ。


「…………ぅうん……」


 突然、頭上から聞こえた声に、ヒカルはびくりと肩を震わせた。アテナの声に間違いない、僅かな物音で起こしてしまったのかと、ヒカルは自分の軽率さを半ば恥じ、半ば恨んだ。


 しかし、果たしてそれは寝言であった。脈絡も文法もない言葉の羅列に、ヒカルはそれが寝言であると気づいたのだった。


「……お母……様、…………お、母様……」


 それは、自らの母親を呼ぶ声。彼女は無意識の夢の中で、母親を呼んでいるのだ。


(これは……、アテナの失われた記憶……!?)


 家族のことも、自身の過去のことも、全てを忘却してしまった青髪の少女、アテナが、ヒカルの目の前でそれらを取り戻しつつある。ヒカルは、それがとてつもなく恐ろしいことに感じた。自分と過ごした日々が忘れ去られて、彼女がどこかに行ってしまうような気がしてしまったのだ。


 ヒカルは、彼女の寝言を聞き続けるか、迷った。このまま聞いていれば、彼女の過去が分かる。すなわち、何故ノアキスの雪山にたった一人でいたのか、彼女は誰に育てられたのか、彼女の謎が一挙に解き明かされるかもしれないのだ。反面、それを解いてしまえば、彼女がワルハラにいる理由もない。当然、ヒカルたちの見えないところに行ってしまうだろう。


 だからヒカルは祈った。もう少し、もう少しでいいから、アテナとともにいさせてほしい。傲慢なことかもしれないが、もう少しだけ、ヒカルの知るアテナとの日々が続いてほしい。そして願わくば……、アテナが自分の隣にいてくれる限り、彼女の記憶が戻らないままであってくれ、と。それが彼女にとって、どんな意味を持つかということにさえ、彼は思い至らなかったのである。


 彼女の頬を滑っていく一筋の涙を拭ってあげたい、彼女の左右の手を取って、少しでも不安を除きたい。しかし、月光の中に照らし出された少女は、触れれば立ちどころに砕け散ってしまう程に儚げであった。ヒカルは、かつて彼女の家族が握ったであろう、彼女の手が、何かを求めるかのように動く様子から、目が離せなかった。


 結局、ヒカルは夜通しベッドの上に胡座をかき、思考を続けていた。やがて窓から入ってくる旭光が、壁を四角く切り抜く時間となり、ヒカルは目を擦りながらベッドから起き上がった。


「おはよう」


 気だるげな、まるで興味がないような口調で、挨拶をしてくる者がいる。朝日とともに起床した、ジェームの声であった。


「あ……、おはようございます」


 その自らの声が、あまりに暗くぼんやりとしたものだったので、ヒカルは欠伸を噛み殺しながら、もう一度挨拶を言い直した。


「しかし、貴方も趣味が悪いわね。寝顔を見ようとするなんて」


 ヒカルは驚いた。まさか起きていたとは、いや、もし彼女が起きていたとするならば、確かめておかなければいけないことがある。


「ジェームさん、アテナの寝言、聞こえてました?」


 ジェームもまた、欠伸を我慢しながら頷いた。そしてヒカルの様子から、彼がどのようなことを思い、どうしてほしいのかをジェームは敏感に読み取っていたため、彼が言い淀んでいる間に問うた。


「つまり、私に黙っててほしいということ?」


 ヒカルは、読まれていたかとため息をつき、黙って深く首を縦に振った。


「まぁ、いいけど。……あ、アルジェンタは大丈夫だわ。起きるはずもないから」


 ジェームが下段のベッドを見ると、いつの間にか身体の上下が逆転していたアルジェンタが、くぅくぅと寝息を立てているところだった。


「はぁ、もう本当に呑気なものだわ……」


 ジェームは、同業の女のだらしない姿に、覚えずため息をついてしまった。

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