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終末のアラカルト  作者: 大地凛
第二章・魔術編
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前線の展開

 さて、話は数日程遡る。



 オーエンたち第四隊の戦線離脱に伴い、ワルハラ軍首脳部は兵士たちの配置の変更に時間を割かれていた。


「まったく……、何故このようなことをせにゃならんのだ。農民ゲリラなぞに出し抜かれおって……」


 ぶつぶつと文句を言いながら、参謀総長のジュゼッペ・ジブライルは、書類の山と睨み合う。それを、傍らに侍るヨハンがとりなす。


「まぁ、不意をつかれてしまいましたし、雨と泥とで身動きが取れなかったとも聞きます。彼らの離脱は痛いですが、何とかするのは我々の役目でしょう」


 ヨハンの言い分ももっともだったが、ジュゼッペの機嫌はそれでも直らなかった。ペン先を机に数回、カツカツと叩きつけた参謀総長は、不意に立ち上がり、手元の資料をヨハンに押しつけてきた。呆気にとられるヨハンをよそに、ジュゼッペは外用のコートを羽織る。


「ど、どちらへ行かれるおつもりですか」


「……前線視察だ」


 そう言うなり、ジュゼッペは前線基地を後にした。一人取り残されたヨハンは、現実を忘れようと手元の資料を数行読み始めたが、すぐにそれを叩きつけてしまった。


「くそっ、何故あの血と家だけの男が参謀総長なのだ!」


 いらいらとする気持を抑えるために、ヨハンは煙草を取り出し、いつも調子の悪いライターと格闘しながら、やっとの思いで火を点けた。事情を知らない人間からしてみれば、そのライターを何故使うのか疑問に思うかもしれないが、彼にとってこのライターは、先代の参謀総長の縁の品、かけがえのないものなのだ。


(はぁ、まだあの人が総長なら、こんな苦労をせずとも済んだろうに……)


 ジュゼッペの作戦はというのはいつも、最短距離で最大の成果を出そうとするものだった。運が良ければ目覚ましい戦果を上げる一方、失敗すれば大きな打撃を受けるものだ。しかしあの男は、運良く勝ちの目を出してきた訳ではない。ジブライル大公家という家柄を盾に、あらゆる失敗を部下になすりつけて出世したのだ。結果的に軍部を統帥する皇帝の目から見れば、戦争の度に凄まじい成果を出す男となるのだろうが、同業、特に副参謀総長からは快く思われてはいなかった。


 この際である、手段はどうあれ、大局観を持った優秀な参謀であったならば、ヨハンにとってはどうでもいいことであったのだが、常に命綱なしの綱渡りのような作戦を行うジュゼッペは気に食わなかった。


「そもそも、あれは兵士を盤上の駒としか見ていないのだが!? それで上手くいくと思っているとは、陸軍学校で何を学んだのだ!!」


 口を開けば、参謀総長への愚痴が垂れこぼしになる。無理もない、気難しい参謀総長に昼夜問わず帯同しているのだ、視察にかこつけて部屋を出ていってしまったことを、僥倖と思うべきなのだろうと、ヨハンは思い直した。



「騎士団第一隊長フランシス=オリバー・グラッド、総長殿の召喚に応じ参上……、ってヨハンしかいねぇのか?」


 明らかに態度が違うではないか、とヨハンは呆れたが、それだけ正直な方が返っていいだろうと考え、咳払いをして話し始めた。


「早速だが、作戦を変えたい」


「マジかよ、今から変えんの?」


 ヨハンは、その問いかけに答える代わりに、ジュゼッペの立てた作戦資料を見せながら説明を始めた。


「総長の作戦は、お前も知っての通り、ワルハラ陸軍第一、第二、第三軍に、騎士団の隊をそれぞれ配置し、三方向から包囲するというものだ」


 オリバーは作戦のために描かれた地図を見て、綺麗な作戦だよな。と呟いた。ヨハンはその反応は予想通りという風に、フンと鼻を鳴らした。


「だが、この作戦には穴がある。どれか一つでも部隊の到着が遅れれば、その隙間から敵が逃げる。ここに展開しているワルハラ軍全体ではシレヌム軍より多いが、三つの部隊の内の一つだけだと数的不利になる。そうなった場合、兵力差が埋まって逆に我々が敗北する危険がある」


「おいおい、そんなヤバいんだったら、何で止められなかった!?」


 自分が、断崖の道を歩もうとしている事実に狼狽えたオリバーは、思わず語調を強めてヨハンを問い詰める。しかし、冷静にそう語っていたヨハンの目が、強い怒気を帯びていることに気づいて沈黙した。


「止められるものなら止めたかったさ! だがな、皇帝と副参謀総長が良いと言ったのだ。そうなっては、私が作戦を棄却できる訳がなかろう!?」


「ちょっと待て、なら何で副参謀総長は……!」


 ヨハンは、ため息といっしょに煙を吐き出した。彼の予想が正しければ、副参謀総長、ミカエラ・アレクセイエヴァは、この作戦の失敗を理由に、参謀総長のジュゼッペを、その椅子から引きずり下ろそうとしているのだろう。だが、いくらジュゼッペを失脚させるためでも、無辜の兵士や騎士団員を巻き込む訳にはいかない。


 ヨハンは決意を固めた。彼は自身の属する、中央の第三軍を指差して、作戦を伝え始めた。


「いいか、挟撃を成功させるには、敵の視野を狭くすればいい。まず第三軍を囮として前進……」


 その時、部屋の扉が勢いよく開き、一人の兵士が駆け込んできた。帽子が曲がり、服も着崩れていたが、それを直す余裕もなさそうだった。彼は開口一番、最悪の知らせをヨハンに伝えてきた。


「でっ、伝令!! ワルハラ軍第二軍がシレヌム軍と交戦中、しかし兵員の大部分が死傷し、撤退を進言してきております!!」


 この報告に、部屋の中は騒然となった。


「嘘だろ!? 第二軍……、マルクのところかよオイ!」


「くそっ、すぐに第一、第三軍を向かわせよ!」


 しかし、時すでに遅し。ワルハラ軍は大打撃を受け、ほうほうの体で逃げ出したのだった。



「それで、僕はシレヌムの魔砲の爆発で、悪ぃマナが体中にとどまっちゃってさ。今こうしてサーマンダに行こうとしてるって訳」


「それで、ヨハンさんとオリバーさんは……」


 自嘲気味な笑みを浮かべたまま、マルクはヒカルの質問に答えた。


「いや、二人とも無事。でもヨハンに関して言えば、左遷は免れないだろうって」


 そうして白い息を吐くマルクが、ヒカルには煙草をふかすヨハンに重なって見えたのだった。

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