飛龍
アルジェンタに連れられたヒカルとアテナは、ワルハラ鉄道の駅に来ていた。王都ゲレインの駅は、すっかり賑わいを取り戻していた。むしろ、以前以上に活気に溢れていた。
ヒカルは、その盛況が、戦争によるものなのだと勘づいた。彼の記憶の奥深くにある、倭国が起こした戦争。その際にも、軍事物資の行き交いによって、ヒカルの住む港町は好況を迎えていたのであった。
「ん……。ちょっと、余所見しないでよヒカルくん」
自分の脇を通り過ぎていく荷車にかけられた幌の隙間から、黒光りする銃身が覗いているのに目を奪われていたヒカルを、すでに客車のステップに足をかけていたアルジェンタが呼び止める。アテナはもう、その車両に乗り込んでいるらしかった。
ヒカルたちが乗っている列車は、外の喧騒とはかけ離れた、静かな印象であった。乗車する人間は少なく、軍事物資の類いもない、短い編成の、決して豪華とはいえないものではあるが、それが返ってヒカルを落ち着かせた。
「それで……、一体陛下は私たちに何を?」
不思議がるアテナに、アルジェンタは、君の持ってる封筒を見てごらんよ、と返した。アテナが丁寧に蝋を剥がすと、中から小さな紙切れのようなものが出てきた。そこには、何やら走り書きがしてある、恐らくはイヴァンの筆致であろう。アテナはヒカルに聞こえるように、声を明瞭に読み上げた。
「えぇっと、『失踪事件調査本部の二人は、サーマンダ公国に向かうよう。そこに事件の手がかりがある』……、だそうです」
事件の手がかり、という言葉に、ヒカルは前のめりになった。その国に、事件解決の手がかりがあるのか。もしそうならば、何故、今までそれを知らされなかったのか。
思い切ってアルジェンタに質問をぶつけてみると、彼女は口ごもりながらも答えてくれた。
「えっとね、サーマンダ公国っていうのは、ワルハラ帝国内の国家でね……。ただ、帝国政府が、過去に公国領を接収しようとして折り合いが悪くなったりしてね……」
彼女は、サーマンダ公国の歩んできた歴史を、掻い摘んで話して聞かせた。曰く、サーマンダ公国は、ワルハラ帝国の最初期に活躍した人間が、爵位と領地を与えられてできたものであり、古くから魔術の研究地として栄えた。しかし、その魔法技術を軍事転用しようと企んだ数代前の皇帝に対し、サーマンダ公は激しく抵抗。結果、ワルハラ帝国の内部にあるのにも関わらず、半ば独立国家の様相を呈しているという訳だ。
「ただ、イヴァン陛下の父親……、まぁ彼もイヴァンなんだけど、彼が歩み寄りの姿勢を見せてね。百年振り位に国交回復したって訳さ」
よく話を聞くところによれば、彼女も、そして同じ大魔導師のジェームもまた、サーマンダ公国の生まれであるという。魔術の聖地というだけあって、優秀な魔法使いが多いのだと、彼女は誇らしげに語った。
「そんな国があるなんて知りませんでした……」
「アテナちゃんが知らないのも無理はない。ワルハラから見れば、サーマンダは思い通りにならない厄介者だし、サーマンダから見れば、ワルハラは侵略者だから。とにかく、古い考えに縛られたのが多いんだ、お互いにね」
アルジェンタは、馬鹿馬鹿しいけど、とぽつりと言った。彼女の口振りからして、今の両国の関係に、大きな不満を感じているようであった。
そんな調子で話を続けていると、コツコツと扉を叩く音がした。しかし、廊下側に座っていたヒカルが声をかけても、返事がない。
「そっちじゃないのだわ」
突然聞こえた声に、アテナが小さな悲鳴を上げて、さっと座席から飛び退く。音の正体は、窓にはまったガラスであった。一行に合流した大魔導師のジェームが、外からガラスを叩いているのであった。
「あー、ゴメン。鍵を開け忘れた」
そう言いながら、アルジェンタはいそいそと窓に駆け寄って鍵を開ける。ジェームは軽い身のこなしで車内に乗り移ると、窓の外に向かって、ありがとう、もう帰っていいのだわ。と声をかけた。
「どうやって、何で来たんです?」
「飛龍よ。貴方は知らないかもしれないけれども」
ヒカルの純粋な疑問に、ジェームは身だしなみを整えながら、端的に答えた。飛龍か、名前こそ聞いたことはあれ、実際に姿を見たことはない。ヒカルが窓の外をうかがおうとすると、アテナもそれに続いた。
「あっ、ヒカル、上!」
アテナの弾んだ声に、ヒカルは列車の窓から半身を乗り出して、上空の蒼穹を眺めた。太陽の光が眩しく、目を細めると、その視界を大きな鳥が横切った。否、鳥などではない。その空を飛ぶ影は、大きく旋回したかと思うと、直後、ヒカルたちの車両の真横に飛来した。
その赤黒い鱗は、城壁を連想させる硬質。その黄色く輝く目は、鋭いながらも愛着の湧く優しさを秘めている。長くしなやかな尾部は風を裂く勇ましさを内在させており、力強く羽ばたく巨大な飛翼は、ヒカルの思い描いていた理想の龍の、点睛ともなるべき完璧な造形であった。
「これが……、飛龍!」
アテナも、その姿に圧倒された。身体をくねらせながら、列車と同じ速さで飛行するそれは、宙返りを打ってすぐに見えなくなってしまった。
「すごい……、かっこよかった……!!」
アテナは口を開けて、ただ白い雲だけが広がる空を眺めていた。瞼の裏に、人間を凌駕する生存在の姿が焼きついて離れなかったのだった。




