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終末のアラカルト  作者: 大地凛
断章
66/231

独唱曲

 夜、眠ることができずに、廊下を歩き回っていた母親は、娘の部屋から光が漏れていることに気がついた。もう夜も遅いというのに、まだ起きているのか。母親は、壁に手をつきながら、部屋を覗き込んだ。


「……お母様? そこにいらっしゃるの……?」


 まだ幼さの残る声で、少女は尋ねる。この子の勘の鋭いこと、と母親は頬に手を当てた。ゆっくりと扉を開けて、隙間から潜り込むように、少女の部屋に入ってきた。その途上、身につけていた白いネグリジェが床に落ちている何かに引っかかり、母親は躓きかけた。


「積み木かしら、ちゃんと片づけなきゃ駄目でしょう?」


 そう少女を諭すと、彼女はしおらしい表情を浮かべた。


「ごめんなさい……。それで、あの、お母様は寝てなくてもいいの……?」


 上目遣いに、心配気に母親を見る娘。母親は、それがたまらなく愛おしかった。ただ、眠ろうにも、瞼を下ろしたままにしておけないということを伝えた。まだ世の中のことをよく知らない娘のことが、純粋に心配だったのだ。


「また、ご本を読んであげようか?」


 優しく母親が聞くと、少女は小さく頷いた。寝台の脇にある小さなテーブルには、丁寧に栞を挟んだ本が置いてあった――。



 天使さんは、まず大地震を起こして、悪い人たちの家を崩してしまいました。皆はそれにとても驚いて、自分たちのしてきたことを正直に謝りました。


 でも、許された人たちはすぐにまた、人のものを盗むようになりました。天使さんは、それにすごく怒りました。そうして次に大火事を起こして、悪い人が盗んできたものを、全部燃やしてしまいました。皆はまた許して欲しいと頼んで、天使さんもそれを受け入れました。


 その後も、悪い人はいなくなりませんでした。貧しい善い人は、悪いお金持ちのせいでつらい、つらい毎日を過ごしていました。天使さんは、悪い人を病気にしたり、洪水を起こしたり、何度も何度も懲らしめましたが、終に悪い人はいなくなりませんでした。


 そうして、天使さんは決めました。神様に頼んで、人間たちの心に、善い花の種を撒こうと。でも、神様は寝坊助だったので、天使さんがいくら言っても、善い心を育てる善い種を撒こうとはしませんでした。


 神様に頼むのを止めた天使さんは、善い心を、自分の力で育むことにしました――。



 母親は、そこまで読んで激しく咳き込んだ。何やら冷たいと思ったら、部屋の窓が開いていたのだ。今の音で娘を起こしてしまったかと下を見ると、少女は寝息を立てたままだった。その頬に垂れる一筋の涙を拭い取った母親は、栞を本に戻して、静かに部屋を出た。

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