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終末のアラカルト  作者: 大地凛
第一章・死霊編
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機械仕掛けの愚神

 ヒカルとアテナが、イヴァンの書き残した手紙を受け取ったのと同じ頃、イヴァンは海の向こう、プロメタイ帝国にいた。彼が提案した会談の誘いを、同盟国の王侯たちは快く受け入れていた。


「つってもまぁ、この三人だけか……」


 ヴェイル王国の国王、クロードが、円卓を見回して嘆息した。事実上、この三国と中立の数国を除いた、ざっと十数の隣接する国家が彼らの敵に回っていた。しかも、船頭多くして、という事態も起こらず、ただシレヌム帝国王、ルードヴィヒが独断で同盟軍を主導しているようだった。まとまりがなければ烏合の衆で終わりなのだが、彼が統制しているおかげで、無敵の大軍と化している。


「まぁ、幸いと言っていいのか分かりませんが、兵の練度はまるでバラバラ。長期戦ともなれば、がたつきが出てくるでしょう」


 冷静に現状を分析する、プロメタイ帝国王、ギュスターブの言葉に、イヴァンも頷く。しかし、耐久の勝負となるのであれば、少し問題があった。


「ま、ワルハラ軍は今、壊滅状態なんですがね」


「そうか、オタクもか。うちの軍もボロボロよ」


「私もですね、西側の戦線は蹂躙されました」


 戦争が勃発して僅か数週間であるというのに、この体たらくかと、三人は頭を抱えた。世界に名だたる三つの大国が、ここまでやり込められるとは、シレヌムが、ルードヴィヒが、どれ程裏で手回しをしたのか、計り知れなかった。


「しかし、ワルハラは大変でしたね。内憂外患の混沌とした情勢だったとか」


 ギュスターブが、眼鏡のレンズを燭台の炎に照らしながら、そう零す。耳が速いな、とイヴァンは感心していた。


「何とか乗り越えられましたよ。でも、これからどうするか、黒魔術の影響で、物流網も通信網も打撃を受けましたし……」


「おいイヴァン、問題はそこじゃねぇだろう?」


 髭の先を弄んでいたクロードが、イヴァンの言葉を遮って言う。イヴァンは、眉に力を入れて、そんなことは分かっています、と前置きして答えた。


「はい、もうご存知かとは思いますが、裁き人が現れました」


 その報告に、座の二人はたまらずため息をつく。およそ二百年ぶりに現れた、世界の法、秩序の番人、とは名ばかりの殺戮者。それがこの世界という舞台に再登場した。


機械仕掛けの愚神(デウスエクスマッキナ)という訳ですか……。この世界の黄昏に、角笛を吹いて興じようと……」


 ギュスターブがそう言い切った時、部屋に備えつけられた柱時計が鳴った。多忙を極める彼らの会談が、終わりを迎えた合図であった。



「はぁーあ、終わったぁ……」


 プロメタイ王宮から、ワルハラに通じる港へ向かう馬車の中、イヴァンは長く息をついた。それから目頭を押さえ、手元の資料と睨み合う。


「しかし、予想外でございました。まさか参謀総長様の会心の策が破られるとは……。やはり解任されますか」


 対面の席に座すカスパーの質問に、イヴァンは神妙な面持ちで首を振った。


「うん、アーネストには悪いけど、総長をそのままにはしておけないからね。後任は副参謀総長のミカエル、都合がつき次第、しっかり伝えておいてくれ」


 そう言って、皇帝は長い長いため息をついて、座席に深くもたれた。どこかでこの運命を回避できなかったのかと、今となっては意味のない自問自答が、脳内を錯綜した。



 黒魔術師によって、王都が混乱に陥っていたのと時を同じくして、ワルハラ軍の前線は大きく動いていた。参謀総長のジュゼッペ・ジブライルが直接、陣頭指揮を取りながら、万全を期してシレヌムとの決戦に挑んでいた。


 出立する前、ジュゼッペは自信満々といった面持ちで、イヴァンの心配を振り払った。


「なに、ご心配召されるな。シレヌムの青い若造なんどは、我々ワルハラ陸軍の敵ではございませぬ。それより陛下は、凱旋のご準備をばあそばされよ」


 そう豪語した彼であったが、敵に見事に出し抜かれたという。包囲殲滅を志向した行軍は、シレヌム参謀本部に見透かされ、各個撃破によって壊滅するところとなったらしい。


「まぁ、君がそう言ったから、間違いはないと思っていたけど……、分かってたんだったら、彼らを助けてあげられなかったのかい?」


 イヴァンは顔を手で覆ったまま、自身の横に座る人物に尋ねる。そう問われた少女は、小さく、こくりと頷いた。



 カスパーは、驚いて思わず席から立ち上がった。誰だ、この少女は。自分がイヴァンとともに王宮から出てきた時は、馬車の中は二人きりだったはずなのに、一体いつからいたのか。淡い茶色の、波がかった短い髪、華奢な身体に細い手足。カスパーは、その未知の人物から、白い花を咲かせる水仙を連想した。


 だが、彼女の見てくれの、最も強く印象に残るのは、顔を覆う純白の布だろう。その布は、彼女の呼気によって、柔らかな脈拍を続けているが、その内側を垣間見るには至らなかった。カスパーは、我慢しきれずにイヴァンに聞いた。


「陛下、その少女は一体……」


 皇帝は、それに無視を決め込んだ。この男は、質問に答えるつもりはないのだな、と諦念を押し隠して理解したカスパーが視線を戻すと、少女はその席から、跡形もなく消え去ってしまっていた。今ではそこにいたことすら分からない、……もしや、自分が幻覚を味わっていたのかと、疑心暗鬼となったカスパーに、ようやく、イヴァンが悪戯っぽい声でからかうように答えた。


「さぁ、また死霊でも出たんじゃないか?」


 空は、腹が立つ位に綺麗に晴れ渡っていた。

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