黄昏の到来と驕奢なる来訪者
「皆さぁん!!」
遠くから、賑やかな声が向かってくる。ヒカルとアテナ、ロロ、アルジェンタにオーエンが、戦いを終えて戻ってきたのだった。イヴァンが取り押さえている奇態の男を目にした面々は、これが黒魔術師なのだろうと勘ぐった。
「陛下……、勝ったんですね」
アテナの笑顔に、イヴァンは力強く首肯した。結果として、誰一人として命を失うことはなかった。事件の首謀者である黒魔術師さえも、生け捕りとしたのだ。これ以上の成果は、出そうと思っても出せないだろう。様々な不思議が噛み合って、皆が皆、綱渡りをしきったのだ。
「あっ……、ロロ、その足……」
メリアに指摘されたロロは、慌てて右足を隠そうとしたが、時すでに遅し、であった。諦めたロロは、戦いの中でかかった負荷が、自分の足を砕いたことを正直に話した。
「いや、ホントごめん……。私が悪いんだ……」
しょげかえるロロを、メリアは我が子を慈しむ母親の如くに抱き締めた。抱擁は、ロロが嫌がって、止めてくれと懇願するまで続いた。
「大丈夫よ、里の皆と力を合わせれば、きっとまた元の通りに戻るはず……。絶対に戻してみせるから」
そう言い切って、メリアは笑顔を浮かべる。ロロもまた、それにつられて思わず破顔したのであった。
そんな様子を、黒魔術師はぼんやりと見つめていた。自分の娘である人形師とその人形に、かつての妻であるエマと、メリアを重ねて幻想していた。或いは、彼が道を踏み外さなければ、それは現実のものであったのかもしれないのだ。塞き敢えぬ涙を垂れ流しながら、黒魔術師は、その幸せそうな様から目が離せなかった。
「これでもう終わりだ、何もかも……」
黒魔術師がそう零すと、傍らのイヴァンがそれを訂正した。
「いや、君は裁かれなくてはならない。君が贖わない限り、終わりにはならない……」
イヴァンの宣告に、黒魔術師はひしげた嗤笑でもって応えた。彼は知っていたのだ、この皇帝以上に罪に敏感な者たちを。
「困るねェ……、あれ程目をかけてやったのに負けるなんて、とんだ骨折りだったねェ……」
その場にいる誰のものでもない、低い声が辺りに響き渡る。声は、彼らの真上、空から聞こえてきていた。人々の目線の先に、男が浮かんでいた。異常な状況であるが、そう形容するより他ない。紅色の繻子の外套とそこから覗く褐色の双翼、撫でつけられた金髪、その身体を覆う大量の装身具。だが、何よりもその人物を特徴づけていたのは、その男が放つ、異様な魔力であった。彼の魔力を取り入れることを身体が拒むような、生理的にそれを拒むような感覚を、魔法を使えぬメリアですら覚えた。
「…………あれが、裁き人か……!!」
イヴァンの言葉に、空中の男は満足そうに頷いた。裁き人、ヒカルやアテナにとっては耳慣れない単語であった。その裁き人なる男は、人差し指を立てて、黒魔術師、サミジンを指し示した。
「サミジン・ユリェーツ、お前は卑しくも儂に救われた身ながら、それを利用し、自らの欲する所を為さんとした。これは看過できぬ、『強欲』である!!」
男の放つ魔力が一層強くなり、彼の身につけた装身具が煌めき、震えて、一斉に音を立て始める。風の流れにマナが乗って、男を中心に渦を巻く。そして、彼が何かを唱えたと思った次の瞬間には、閃光とともに男の姿は消え去っていた。
「何だったんだ、今の……」
そう呟いたヒカルの耳を、絶叫が裂く。声の主はメリア、その視線は、黒魔術師に、いや、黒魔術師だったものに向けられていた。
そこにあったのは、黒魔術師の形をした、黄金の像であった。怯えるような彼の顔そのままに硬直したそれは、でらでらとした品のない光の反射を垂れ流している。イヴァンが警戒しながらそれに手を置いた刹那、金像は原型をとどめない程に粉々に砕け散ってしまった――。
太陽はすでに傾き、金の欠片は西日の中で輝いている。一連の事件は、この日をもって完結したといっていいだろう。だが、この事件が残した数々の謎は、ヒカルにとって無視できないものであった。彼は失踪事件調査本部に戻った後も、そのことをぐるぐると考えていたのだった。
黒魔術師は大量の霊を率いて戦った。それには生霊と死霊と、二種類いたのたが、その死霊と呼ばれるものの大半は、失踪事件の被害者の記念碑に込められた、怨憎の念を核としていたらしく、彼らの生死に関しては明らかにはならなかった。また、今回の儀式の基礎となった六人は、煙の被害は大きかったものの、誰一人として死ななかったことも不可思議だった。ジャックスに助け出されたガリエノ以外の五人も、その後すぐに墓所で倒れているところを見つかった。墓所には巨大な魔法陣が描かれており、五人はその内部の六芒星の頂点に、丸まるようにして倒れていたという。何故殺さなかったのか、それが分からなかった。
そして、最大の疑問点は、最終局面でヒカルたちの前に現れた未知の人間である。まぁ、人間であるかは分からない。皇帝は、それを『裁き人』と呼んでいたが、それ以上は聞き出すことができなかった。何か、知られてはまずいことでもあるのだろうか……。
「ヒカル?」
小難しい顔をするヒカルに、アテナが声をかけてきた。反応の鈍いヒカルに、アテナは再度、急かすように聞いた。
「やっぱり、気になってるんだ?」
ヒカルは正直に頷いた。このことについては、今度しっかりと皇帝に聞かねば、と決意したヒカルの耳に、鐘楼の鐘の音が飛び込んできた。そこに、日常が帰ってきたのだという感慨が詰まっていたのであった。




