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終末のアラカルト  作者: 大地凛
第一章・死霊編
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事件の裏の三つの誤算

 滂沱として涙を流すメリアと、それを眺める黒魔術師、歪んだ親子の姿が、ハルシュタインの目に飛び込んでくる。


「一体何故……、このようなことをしたのですか」


 言葉を探りながら、ハルシュタインは問いかける。恐怖渦巻く混沌を作り出した動機が分からない、失敗すれば、全てを失うものであったのにも関わらず、それを棚上げできる程の理由を知りたかったのである。黒魔術師は、ゆっくりと口を開いた。


「それは無論……、堕落せしワルハラ国民を、裁き人に代わって断罪するため……」


「それは嘘だね」


 黒魔術師の独白を、別の声が遮る。それは、彼を探していた皇帝のものであった。皇帝は抜き身の剣を持ったまま、高らかに靴音を響かせて、三人の元へとやってくる。


「戦争状態の中、私刑の裁きを行いたいというのなら、わざわざ厳戒体制下にある王都を狙う意味がない。それに、堕落しているという罪状も曖昧に過ぎるし、第一、裁き人の手先を名乗るにしては無差別的で、罪の軽重をまるで考えていない」


 そう述べながら、皇帝は黒魔術師の首に剣を当てがった。


「本当の目的は何だ、言え!」


 イヴァンの剣幕に、傍らのメリアまでもが首をすくめた。黒魔術師は観念したのか、訥々と語り始めた。


「全て……、私のため、私のためだったんだ…………」



 黒魔術師、彼は名をサミジンと言う。若くして故郷の小さな里で魔術の腕が認められたサミジンは、諸国を放浪し、仕官先を探した。しかし、魔術を重視する国々では、すでに数多の魔術師を雇い入れており、そうでない国からは異端として追い出されてしまった。その内、路銀の尽きた彼は、ワルハラの街道を行く道中で、空腹と病とに侵されて行き倒れた。その彼の窮地を救ったのが、妻となる女性、エマだったのだ。


 彼女の手引きで、彼は人形師の里の番兵としての立場を得た。折しもワルハラは戦争の最中にあり、治安も悪化、野盗や山賊の類いの人間が起こす事件が多発していた。里の人間は、それらに怯えていたために、身元も分からぬ人間でも、迎え入れざるを得なかったのだ。


 彼の魔法の腕は、そのような不行跡の連中を退治するには十分すぎる程であった。東の山を根拠とする山賊の一党を撃退したことで、サミジンの名は、辺りに広まっていき、里に手を出そうとする人間はいなくなった。


 しかし、彼にとっては平和こそが命取りであった。幼い頃より魔術の教育以外の一切を施されなかったことが災いし、平時には家事も仕事も何もできない人間へと成り下がってしまう。加えて彼の性状は極めて自信過剰で、以前も己の魔術の才を鼻にかけては他人といざこざを引き起こし、喧嘩ともなれば魔法で完膚なきまでに叩きのめすというものを常としていたのである。所帯を構えたとて、その性格は変わらなかった。


 そんな生活も、長く続く訳もなかった。戦争が終結し、治安が安定しても里に居座るサミジンを、人々は厄介者として追い出そうとしたものの、逆に返り討ちにされてしまう。彼は平時にも魔術の特訓だけは欠かさなかったために、人々がいくら束になろうと同じであった。そうして、そんなことをしている内に、妻は重篤な病に罹り、そしてものの数日で呆気なく死んでしまった。


 人々は、他人を傷つける魔法は得意なのに、最愛の妻を救えなかったと、男をなじった。男は憤激し、里を離れていった……。



「私は黒魔術を学び、必ずや私を笑った全ての人間を殺してやろうと決めた。だが魔術の研究に没頭する内に、そんな気概も薄れていった……。生きている内は歯牙にもかけなんだ妻を、強く思う気持に気づいたのは、一年程経った頃だったか」


 それを聞いているメリアが、何を勝手な、と呟く。確かにこの男の言っていることは、自業自得である。彼が招いた負の積み重ねを、彼自身が嘆いているのである。


「そんな時に、私は裁き人に出会った。裁き人は強大な黒魔術の術式を見せびらかしては、私を誘ったのだ。『この世界を変える力は自分が持っている、いっしょにあるべき姿を取り戻さないか』とな」


 サミジンはその人物の力によって、後天的に能力を獲得した。その能力こそが『死霊』、死者の霊や怨念をマナと融合させて、自在に操る能力であった。その魔術式から副次的に生み出される煙も、彼にとって大きな武器となった。


「私はすぐに妻の墓から、妻の死霊を取り出した。しかし、死霊と生きた人間とでは雲泥の差だ。だから私は考えた、この妻の魂を、魔力組成の似通った娘に上書きできないか、と」


 それは、おおよそ常人の思考回路からは外れた、狂人のものという他ない計画であった。自分の野望、それも妻に会って話がしたいという些細なものを達成するために、傲慢にも彼は、膨大な対価を自分以外に支払わせたのだ。彼が家族の足取りを追い始めると、メリアが家を出て、王都ゲレインに住んでいることはすぐに分かった。


「だが、裁き人の手前、ワルハラをあるべき姿、建国当初の姿に戻すという目標は実現させねばならない。それにこのゲレインで怪しまれずに、娘を生贄の聖壇に上げることはできない……。故に私は、王都を取り囲む魔術式を創り上げたのだ……」


 イヴァンは、ようやくこの男の思惑を荒掴みにすることができた。彼は自分が倒されても、妻の霊だけは守られるように、そして逃げ出すことがないように、彼女の魂は、すぐに煙に覆われるであろう噴水に、骸骨の形を取らせて固定したのだ。そして自らの力の半分近くを分け与え、何としても失われないように強化した。


「でも、三つの誤算があったという訳か」


 イヴァンの言う三つの誤算。その一つ目は、煙を突破し、噴水を目指されたこと。テロメアの聖杯のことは、魔術の研究を通して知っていたため、万が一を考えてはいたが、それを大規模に実行されるのは、黒魔術師にとって予想外であった。


 二つ目は、噴水の近くに、目標であるメリアがいたこと。彼女もまた、王宮に逃げ込むだろうと思っていたために、イヴァンとともに王宮を陥落させた上で、メリアを探し出して、精神を移植しようと考えていたのだ。そのメリアが、噴水の広場に程近い場所にいると知って、黒魔術師の計画は狂った。


 三つ目は、儀式の柱となった六体の人間の魂の基盤が、あまりに弱かったこと。魔力量や組成で選出した犠牲者は、魂に関しては貧弱で、騎士団の一人を除いては、攻撃力もあまり高くなかった。やむなく五人分の魂は、人間としての知能を生かして戦うようにしたのだが、それが及ばなかった。そして最後の柱であったガリエノも、ジャックスによって打ち倒され、魔術式が崩壊し始めたのだった。


「もう何もかも終わりだ……、妻は二度と戻ってはこない……。イヴァン、貴様のせいでなああぁぁッ!!」


 おもむろに懐から取り出した短剣を手に、黒魔術師は皇帝に襲いかかる。先程の頼りない様子からは想像もつかない動きに、流石のイヴァンも咄嗟の判断ができなかった。鋭い切っ先が、皇帝の胸に迫る。



 鈍い音がして、黒魔術師と、刃を受け止めた人物が倒れ込む。転がりながらもみ合う二人の通った後には、血が帯のように残されていく。我かとその様子を見ていたイヴァンは、ふと我に返り、黒魔術師を取り押さえた。


「大丈夫か、ハルシュタイン」


 緊迫した表情で、イヴァンは倒れたハルシュタインに問いかける。彼女はこの最後の危機に際し、恐怖心を振り払って皇帝を守ることに成功したのだった。幸い傷は浅く、乱れた呼吸を整えながら、彼女は頷いた。


「おかげで助かった、感謝する」


 ハルシュタインはそれを聞いて安心したかのように、ゆっくり長い息を吐いた。

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