示された道
骸骨との格闘を続けるヒカルとロロ、そしてアテナは、いまだに余裕綽々といった様子の骸骨に苦戦していた。煙に触れないように立ち回る内に、実動部隊の二人の服は、ところどころに裂け目が生じていた。
(ちくしょう、一張羅なんだぞ。こんなことになるんだったら、もっとどうでもいいような襤褸を着てくるんだった)
ロロは小さく舌打ちした。その身体は戦うために作られていない、故にとうに限界を迎えており、右足にはひびの入っているような有様であった。
(私がやられたらメリアは悲しむだろうけど……、アイツが死ぬよりマシか)
これが最後だ、これが最後だ、これが……。ロロはそう自分に言い聞かせた、そうでもしないと心が折れそうだったのだ。
何度目かの盾の攻撃を加えたロロは、中空の盾に膝をついた。流石に疲れが出たか、と再び立ち上がろうとしたロロは、右半身を強く叩きつけて倒れてしまう。
右足に力が入らない、それもそのはずである。今まで経験したことのない衝撃を、立て続けに与えられたためであろう。ロロの脚部は、膝の辺りで砕けて、折れていた。
「――――ッ……!」
ロロは人形である、痛覚は備わっていない。だが、身体の一部を、痛みもなく失うことの危うさと、メリアによって作られた肢体を欠くという喪失感が、波濤のように、ロロの精神に去来する。
(あぁあ……、ごめんよ、メリア。私、私……)
盾から真っ逆さまに落ちるロロ。頭から落ちれば、そのまま全身が砕け散るかもしれない。そうすれば、ロロという存在は、果たして無事でいられるか、分かる訳がなかった。
「ロロォーーッ!!」
大音声とともに、温もりを持った、命を持った何かが、ロロの落下点に滑り込み、一体の小さな人形を救い出した。ロロを慈しむ、優しい暖かさ……。
「……メリア?」
うっすらと目を開けたロロを見下ろしていたのは、共闘していたヒカルであった。彼は、破壊された人形の足の空洞に、一瞬目を見張ったが、すぐにロロを慮って、大丈夫かと声をかける。
「なんだアンタか……。結局、また助けられたな……」
ロロはそう言ってため息をついた。その様子は、普段の彼女とは変わらないようであったので、ヒカルはひとまず胸を撫で下ろした。一人で峠を乗り越えたのだ、肝が座っているという次元の話ではない。
「ところでアンタ、両腕で私を掴んでるけど、刀は?」
ヒカルは首を横に振った。自分の右手に収まっていたはずの刀は、無我夢中でロロに手を伸ばす内に、放り投げてしまったのだ。ただでさえ刀を投げ捨てるなどということはご法度なのに、育ての親である老爺から拝領したそれを放り出すとはどういうことか、ロロは呆れた表情を浮かべた。
丸腰になった二人を、好機とばかりに骸骨が狙う。ヒカルは動けないロロを抱きながら、右へ左へと逃げ回る。
「それじゃ、いつか追いつかれるよ!!」
アテナの盾の生成も続いているが、ヒカルがロロとともに逃げ惑うのは、戦う人間が二人減ったのと同じようなものだ、形勢は逆転し、骸骨が切れ目のない攻撃を仕掛ける。
「くそっ!」
手近にあった盾を引きつけ、骸骨の指先を防ぐ。このように、骸骨による致命傷は避けてはいるものの、煙の末端にはすでにいくらか侵されている。ヒカルはマナの循環が鈍いために魔法が使えないのだが、おかげで煙の被害も少ない。とはいえ、いくら食らえどもという訳にもいかず、現に、ヒカルの肢体はすでに鉛のようであった。
「あー、もう駄目だぁ……。神様……!」
ヒカルの胸の中、ロロが小さな両手を合わせて、必死に神に祈る。その願いを天が受け入れたのか、突然骸骨の動きが鈍った。
「おいおい、どうしたってんだ!?」
「分からない……、でも、絶好の機会だ!」
その直後、ヒカルの背後から、凄まじい衝撃音が鳴り響く。まるで雷でも落ちたのかという鳴動に、骸骨の動きは遅滞し、ヒカルの姿を見失って、ぐるぐると辺りを見回し始めた。
「今、今っ! 今だよっ!!」
「よし、任せろ!」
覚悟を決めたヒカルは、骸骨の懐に飛び込む。滅茶苦茶に襲いくる煙の束をかわしながら、落としてしまっていた刀を、再びあるべき場所に取り戻す。ロロの言う通り、今しかなかった。
「ぅおらああぁぁぁぁッ!!」
素早く骸骨の腕の下に潜り込み、内側に見えている噴水の基部を目がけて肋骨を穿つ。縦に切り裂かれた肋骨は、数本が音を立てて噴水の赤黒い泥へと落下していく。
「――――――――ッ!!」
骸骨は、自分が未曽有の危機に際していると、本能的に感じたのだろう。満腔の魔力を放出し、煙を四方にばら撒く。
「うわぁ、濃いぃ……。こんなの食らったら死んじゃうんじゃないの?」
「でもおちおちしてたら、また復活されるぞ……」
だが、この煙の氾濫状態では、ヒカルとて手出しはできない。ここまで追い詰めてもなお、倒せないのか。
さらに悪いことに、骸骨の暴走に連動するかのように、煙の壁が迫る速度も上がった。体力的に考えても、時間は残されていなかった。
ヒカルたちがこじ開けた光明が閉ざされていくのを、アテナは歯痒く見守っていた。自分もあそこに行くべきか、しかし、そうすれば彼らを守る人間がいなくなる。――そんな思考の間にも、骸骨の再生は始まっていた。
どうすればいいのか、どうするのが正解なのか。煙のせいで曇ってしまった知恵の鏡を必死に拭きながら、アテナは考えた。
「大丈夫、ここからどうにかできるさ」
それは、天啓のような声であった。アテナの傍らには、いつの間にか、人型霊を纏めて倒してしまったアルジェンタが立っていた。
「ごめんね、案外苦戦しちゃって」
「あっ、それより、どうにかできるんですか!?」
息を弾ませてアテナが尋ねると、アルジェンタは、アテナの手を取って言った。
「道はすでにできている。あとはそれを歩むだけさ」
そう言って、彼女は懐から杖を取り出した。狙いは、二人が立つ場所から一直線上、欠け落ちた肋骨の隙間に覗く、テロメアの聖杯が埋め込まれた噴水の基部である。
アテナの魔力が、繋がれた手を伝って、アルジェンタへと移っていく。巨大な力が杖に凝縮し、その力故にひどく震える。
「……アテナちゃん、君の手を添えてくれないか?」
言われるがままにアテナは、杖に手を滑らせる。震えは完全には止まらないものの、的を狙うには十分に安定した。そして力は臨界に達し、アルジェンタは呼吸を整えて、叫んだ。
「いくよッ!! 鋼鉄の剣=極大ッ!!」
呪文とともに杖から放たれた、極光を纏った剣は、寸分の狂いもなく噴水を穿ち抜いた。
そして、カラン、と乾いた金属音が鳴って、噴水から出てきた物体が、石畳に投げ出される。錆が目立つ古びた盃、それこそがテロメアの聖杯である。
次の瞬間には、骸骨が、霊が、煙が、噴水に淀み溜まっていた赤黒い液体が、吹き荒れる暴風とともに、次々にテロメアの聖杯へと吸い込まれていった。煙の壁はどんどんと薄くなり、空気は元の状態を徐々に取り戻していき……。風が収まった時には、テロメアの聖杯は何事もなかったかのように転がっていた。見上げると、普段の通り青空を背景に、鳥の群れが視界を横切っていった。




