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終末のアラカルト  作者: 大地凛
第一章・死霊編
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崇高とは言うも愚かな

 煙の中で格闘するジャックスは、腕も上がらぬ程に疲労していた。仲間を逃した時に、ソフィには生きて帰ると言ったが、それも叶わないだろうな、と回らない頭でぼんやりと考えていた。


 だが、彼は死ねない。彼が倒れれば、ガリエノは騎士団員を追って行ってしまう。彼らがガリエノに傷つけられるのは避けねばならないが、激しい抵抗に会えば、逆にガリエノが殺されてしまう。


 ここで相討ちになってしまえば、どれだけ楽かとも考えた。煙の瘴気に侵され、そんなことに思考が及んだのかもしれないが。しかし、ここで自分と切り結ぶガリエノは、間違いなく生きている。この身体は、煙によって操られているだけで、その中で助けを求めて叫んでいる。音のない声を、ジャックスは確かに聞き取った。だからこそ、相棒を救えると信じて、傷だらけになりながらも必死に戦ってきたのだ。


(俺は見捨てたくない、見捨てられないっす!!)


 剣撃をかわす度に、身体のどこかから激痛が襲ってくる。その発生源が、足を抉る傷なのか、頭を掠めたものなのか、分からぬ程の激痛に、目眩がする。倒れそうになるのを、剣を杖代わりに耐える。


 もう何十、ひょっとしたら何百と交わったかもしれない剣と剣が、再び火花を散らす。互いにぼろぼろになった刀身は、ところどころで刃こぼれを起こし、ジャックスのものに至っては、半分程は折れて吹き飛んでしまった。顔を断ち切る軌道のガリエノの剣を、そんな状態の得物で受け止め続ける。


 もう駄目か、自らの顔面に肉薄する、銀色の剣を見ながら、ジャックスは目を閉じた。



 どこかから、凄まじい轟音が聞こえる。黒魔術師の攻撃が、皇帝を破って、王城の城壁に達してしまったのだと、ジャックスは思った。どうにかしたいが、どうしようもない。


「――――、――」


 すぐ側で誰かの声がする、だが、きっと気のせいである。ここには自分とガリエノしかいないのだから。そう、脳内で処理したジャックスは、ゆっくりと目を開けた。


「ジャックス……、おい、俺ダ……」


 ジャックスの目の前にあったのは、もはや使い物にはならないであろう、交差する二本の剣。――そして、その奥には、見知った相棒の顔があった。


「……嘘、ガリエノ、ガリエノっ!!」


 驚きのあまり、剣を握る手に力がこもる。鍔迫り合いの状態から大きく弾かれたガリエノは、いまだその身体は黒魔術師の支配下にあるらしく、すぐに体勢を立て直して、剣を振り上げた。その動きは、先程と比べても幾分かぎこちないものだった。


「なっ、何で今になって話せるようになったんすか!?」


 ガリエノは、いつもと同じように、口を尖らせて考える仕草をした。


「……さっきの音は、陛下の雷の音ダ。それを食らった黒魔術師の力が弱体化して、俺を操るのにも力不足になったって訳ダ」


 ならば、もう戦う必要はないか、とジャックスの緊張はいくらか解れた。だがその身体に、無情にもガリエノの剣は襲いかかる。


「ふぐぅッ……!?」


 肩口に深々と剣が入った、切れ味が鈍いため、動かそうとするだけで肉が抉れていくような感覚に、ジャックスは視界が明滅するのを感じた。


「だから言ったロ!! まだ支配が解けた訳じゃないっテ!!」


 ガリエノが、涙を流しながら叫ぶ。相棒を傷つけるなど、本意ではない。お互い様であった。


 膝を突くジャックスを、ガリエノが見下ろす。彼は黒魔術師の意志によって、相棒の首を落とそうと、剣を振り上げる。


「逃げろジャックス!! じゃなきゃ、俺を殺セ!!」


 黒魔術師はガリエノの魂を取り出し、煙に汚染させることで操っている、煙はマナの集合なのだから、マナの循環が行われなければ、つまりは事切れてしまえば、もう相棒を傷つけることはない。ガリエノは懇願した。


「嫌っす、俺は逃げもしない、ガリエノを殺しもしないっす」


 処刑具のように落下してくる剣を、ジャックスは何とか転がって避けた。間合いを十分に取って、満身の力を込めて立ち上がる。


「俺が切るのは悪だけ……、騎士の剣は……、正義のために振るうっす!!」


 にわかにジャックスの持つ剣が、旭光のような光を放ち始める。光はまっすぐに伸び、やがて剣の形を取った。


 これが何なのか、何故この光は発生したのか、二人は分からなかった。ただ、これが救いの光だということ、善いものを助け導く光だということは、本能的に察したようだった。


「うおおぉぉぉぉッッ!!」


 動かない左腕を置き去りに、ジャックスは残った右手で剣を振り抜く。あれ程あった間を一瞬で詰める程の力が、彼のどこに宿っていたのか、それは分からない。そうなるのが必然であったかのような動きで、ジャックスはその光の剣でもって、ガリエノを操る煙を切った――。



 城門の側では、城下で煙の波に巻き込まれて負傷した人々が治療を受けている。陣頭指揮を執る白髪の老人こそが、皇帝の侍医、ドクトル=ジョシュ・クレイモンその人である。


「ドクトル! また負傷者がやってきました!」


 ドクトルは立ち上がって、城下の大通りを見た。騎士団員と見える男が、同僚らしき人間を肩で支えながら、こちらにやってくる。


「んんっ、あれは……」


 ドクトルは、その二人に見覚えがあった。数年前に龍の討伐隊が被害を受けた時に、彼が治療した二人である。そしてその内の一人は、黒魔術師によって、魔術儀式の犠牲になったと聞いていたが……。


 二人はどちらも傷だらけであった、とりわけ、意識のある方の男は、無数の生傷がついており、何故立っていられるのかも分からぬ有様であった。その男が、老医師に向けて叫んだ。


「ド、ドクトル! 治療を、お願いしたい……、っす……」


 そう言うなり、男は崩れ落ちた。治療に当たっていた医師たちが、慌てて駆けつける。傷の酷い方は身体医療班に、煙の影響の酷い方は魔術医療班に回されていく。


「君は、ジャックス・オルトン君だね? 龍の討伐の折に担ぎこまれた……」


「……ぅあ、ドクトル…………?」


 ドクトルの問いかけに、ジャックスは虚ろな目で答えた。そうか、あの時の恩返しという訳か。そのためにこれ程傷ついてもなお戦い、相棒を救い出した。ドクトルはその思いに何としても応えたくなった。彼は手近な看護士をつらまえると、彼らに最上級の治療を行うように指示した。


「彼らは、本当に崇高な精神を有している。絶対に、我らの威信にかけて救いなさい」


 老医師はそう言って、すぐさま次の患者の元へと急いでいった。

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