穿ち抜く雷霆
ヒカルの持つ巨大な魔力、そして敵意に、骸骨は鋭く反応する。両腕を振るい、すぐに数多もの煙の帯を作り出し、弾幕のようにヒカル目がけて投げつける。それらが少年の身体を突き抜くかと思われたその時、アテナの声が響いた。
「…………『守衛せよ』ッ!」
骸骨の攻撃はヒカルに当たる前に、彼の眼前に突然展開された淡緑色の盾によって弾かれた。初撃を回避したヒカルは、勢いを緩めずに突進を続ける。
「――――ッ」
骸骨は声にならない声を上げて、ヒカルに向かって腕を振り抜く。しかし、しゃがみ込んで攻撃を回避したヒカルによって、逆に剣撃を打ち込まれた。骨の割れる乾いた音がして、骸骨が怯んだ。
「いいぞ、ロロ!!」
ヒカルに注意を割かれていた骸骨は、自身の周りに淡緑の盾がいくつも浮かんでいることに気がつかなかった。その内の一つ、ヒカルの対角に浮かぶ盾の影から、ロロが顔を出した。
「頭ん中空っぽだから、作戦なんて分かんねーだろ! 食らえぇっ!!」
ロロは自分の乗る盾に、満身の力を込めて蹴りを入れた。その盾は、直後、空気を切り裂く高い音を伴って、骸骨の右肩の辺りに命中した。肩甲骨が二つに割れ、右腕が引っかかって宙吊りになる。
(効いてる。流石アテナの魔法だ)
彼女が後衛として、自分たちを守ってくれていると思うと、ヒカルは心強かった。前だけを見ながら進めるのも、後ろから襲いかかってくる煙を、アテナが払ってくれるからだ。暖かな陽光のような安心感を背としながら、ヒカルは刀を振るい続けた。煙を払いつつ、骸骨に少しずつひびを入れていく。手が痺れて、呼吸が荒くなっても、それを止めることはできない。故に、無心で刀を振るう。
しかし――。
「駄目だ……」
ひびや小さな欠けは即座に修復され、腕を切り落としても、煙を相手にしている内に元に戻ってしまう。刀と盾を最大限に活かして攻撃を続けても、やっと五分といったところか。いや、再生にかかる時間が変わらないところを見るに、もはや互角ですらないのだろう。
「はぁ、はぁ……、ちょっとタンマ……」
盾から盾に飛び移って攻撃をしていたロロが、足場にへたり込む。先程から休みなく飛び回っていたためであろうが、煙の弾幕に巻き込まれかねない位置だ。
「ロロ! そこは危ない、後ろに逃げろ!」
「んなこと分かってっけどさぁ! 動かねんだよ!」
あの生き人形の力の源は、体内の輝石と、循環するマナだ。煙に近いところで活動していると、自然と煙を体内に取り込んでしまう。普通の人間以上に、彼女にはそれが堪えた。だが、止まる訳にはいかないということは、彼女も承知していた。ふぅ、と息をつき、腰を上げて次の足場を目指す。倒せるのかどうかも分からない相手に、ヒカルたちは飽くなき戦いを続けていた。
(無駄だ、無駄……。彼女を倒すことなどできぬ……)
黒魔術師は、イヴァンに、そして合流したソフィたちに追われながら、噴水を目指していた。彼にとっては、所詮騎士団員や武器庫の管理人の幼女など、烏合の衆に過ぎない。とはいえ、防がれると分かっていながら、捨て身紛いの攻撃をされると、流石に煩わしいという感がこみ上げてくる。
「何故そこまでして足掻く……、滅びの運命は変えられはせんぞ?」
戦闘を駆ける皇帝、イヴァンは、とうに自己の限界を超えているように見えた。しかしそれでもなお、攻撃を途切れさせはしない。皇帝が黒魔術師の余裕を削り、できた間隙に、騎士団員たちが痛打を浴びせようと躍起になって飛び込んでくる。その大半を煙でいなす黒魔術師だったが、何度も特攻を仕掛けられると、次第に対応が追いつかなくなってくる。
(虫が……、ちょこまかと飛び回りおって……)
だが、身体を切られようが、指を落とされようが、黒魔術師には些細なことだった。彼には、せねばならないことがあった。そのためには、必ずや、ある人物が生きていると確認する必要があった。そんな思いを胸に道を急ぐ黒魔術師の前に、矢庭に何か壁のようなものが出現した。
黒魔術師はその壁の巨大さ故に、何か天変地異が起こって、噴水への道が閉ざされたのではないかと錯覚した。だが、その壁に触れてみて、それが何なのか、はっきり理解した。
それは、巨大な木の幹であった。ゲレインの最も広い通りの中央に、行く手を遮る巨人の脚のような巨木が、突如として現出したのであった。この魔力の量、そして組成。間違いなく、皇帝の手によるものであった。
「何のつもりだ……。これで道を塞いだつもりか?」
黒魔術師は振り返って、イヴァンに正対した。赤髪の皇帝はにこやかに、首を横に振った。
「いや、魔力が十分に溜まったからね。そろそろ鬼ごっこも終わりにしないと……」
肩で息をしているものの、その身体には不敵な雰囲気を纏っている。先程まで自分にやり込められていたのに、と黒魔術師はイヴァンの態度に不快感を覚えた。ともすれば、先程までは煙のせいで力を出し切れなかったのであって、煙とともに黒魔術師が移動した今なら、実力を発揮できるとでもいうのか。
「いかにもその通り」
イヴァンは口角を上げて、黒魔術師の思考を読み取ったかのようにそう述べた。この自信に満ちた表情、ところどころ擦り切れて、血が滲むコートを羽織った土だらけの姿の男には、似合わないものであった。或いは、それまでの醜態が、やり込められていた窮状が、演技だったと言いたいのか――。
イヴァンはその微笑を浮かべたまま、手を天に向けて掲げた。空は相変わらず煙に覆われていたが、その遥か上の天空で、魔力が大きく高まっているのを、黒魔術師は感知した。
「まさか……」
イヴァンの能力は『雷霆』、魔力の塊である光の柱を、変則的に撃ち落とすものである。しかし、全ての雷が彼の思い通りに動かない訳ではない。強大な魔力があれば、それを目印に落とすことが可能である。例えばそう、魔法によって形作られた巨木ならば……。
狼狽して、自らの運命から逃れようとする黒魔術師を、第二、第三の大木が取り囲んでいく。脱出は、不可能であった。
「終わりだ……、黒魔術師」
上空のマナの反応が、一層強くなって、爆発しそうな位に膨らんだ。それを確かめたイヴァンは、勢いよく掲げた右手を打ち下ろした。
「『雷霆』ァァァァッ!!」
皇帝が叫んだ次の瞬間には、町の一角を飲み込む光の柱が、凄まじい轟音とともに降臨したのだった。




