白馬に乗った訳でもないが
「――――――――ッ!!」
アテナは消えゆく意識の中、遠くの方で誰かが大呼するのを聞いた。自分があまりにも死に近づき過ぎたために、声帯を持たない骸骨の蛮声が、自分に聞こえるようになったのだと錯覚した。だから、突如として瞼の裏が白い光に満たされたのも、死後の世界を迎えたからだと思っていた。自分を抱き起こす、温もりを持った何かさえも、天の使いであると。
「……テナ、アテナ……、アテナ!」
アテナは今、その温もりを放つ何かに運ばれている。石畳を走りながら運ばれているため、ガタガタと衝撃が身体を突き抜ける。まったく騒がしい天使である、アテナは目を開けて、その姿を拝もうと考えた――。
「……? ヒカル、そっくり……」
黒い髪に黒い瞳、アテナを迎えに来たそれは、彼女のよく知る少年、ヒカルに酷似していた。目を細めて顔を近づけると、それは顔をぱっと赤らめて、目を逸した。
「やっ、やっぱり煙にやられたんだ……。もう少し早く来れたら」
「おいお前、全然話が噛み合ってないぞ」
アテナの足元から声がしたので、目線を下に向けると、先程まで共闘していた人形、ロロがいた。
「えっ、まさかロロも!?」
「違うって言ってるでしょ!!」
違う、違うとはどういうことか。骸骨から離れて、悪性のマナの影響が弱まったために、意識がはっきりとしてきた。ロロの言う違うとは、つまり死んではいないということ、死んでいないということは、これは現実の世界で、このヒカルに似た者は、ヒカル自身で、自分はヒカルに抱き上げられていて……。
「…………はっ、はわあぁぁぁあっ!?」
耳まで赤くしたアテナは、手を滅茶苦茶に振り回す。そのいきなりの動きに、ヒカルは体勢を崩して道に倒れた。幸いなことに、ヒカルにもアテナにも怪我はなかった。……アテナはヒカルを下敷きにしたために無事だったのだが。
「ぷふっ、何やってんだか……」
ロロは砂だらけになった二人を見て、情けないような、おかしいような、不思議な感情を抱いた。しかし決して、悪い感情ではなかった。
「重……、くないけど。アテナ……、どいてくれない?」
慌てて腰を浮かしたアテナの下から、ヒカルが埃を払いながら立ち上がる。
「助けてくれて、ありがとう……。なのかな?」
何も言わないヒカルの代わりに、ロロがそれを肯う。霊を相手取って戦っていたヒカルだったが、アルジェンタに骸骨の方に向かうよう言われて、そこでアテナが煙に捕らわれている現場に遭遇したのだ。
「ま、アンタたちが注意を引いてくれてたおかげで、私も杖を見つけられたし、とりあえず礼だけは言っておくわ」
傲岸な態度は相変わらずであったが、それでも彼女なりの感謝の示し方であった。
「それよりアテナ、身体は大丈夫? 煙の影響は……」
アテナは、そういえば、と手を握って、開いてを繰り返してみる。別段普段と違った様子はなく、魔法も問題なく出すことができそうだった。アテナは大丈夫だと、はっきり口に出した。しかし、ヒカルの表情は曇ったままだった。
「いや、気づいてないだけで、きっと影響はあると思うんだ。アテナはここにいて……」
「そんな……っ!」
アテナはヒカルの手を取って食い下がる、自分がここにいるのは、悲しむ人を増やしたくないからである。ロロも言っていたが、死ぬ瞬間にまで後悔を持ち越したくはないのだ。
そんなアテナの覚悟は、小さな顫動とともにヒカルに伝わった。まっすぐな瞳だと、ヒカルは思った。自身の犠牲すら顧みないつもりであろうか、それで悲しむ人間がいることを考えていないのは、ヒカルもアテナも同じであった。
「ちょっとちょっと」
ヒカルではない誰かに肩を叩かれ、アテナは素っ頓狂な声を上げた。果たして肩を叩いたのはロロであった。ロロは空いた方の手で、自身の持つ杖を突き出してきた。
「……どうしたの?」
ロロは、察しの悪いアテナに、諭すように言った。
「だから、私の杖を使えば、遠くに盾を出せるんじゃないかって言ってんの!」
アテナは、はっとした表情を浮かべた。本来であれば杖は、自分の身体だけを使って魔法を出すことが困難な人間が用いる、要は補助具のようなものなのだ。しかし、アテナのように杖なしで魔法を使える人間も、それを持てば精度が上がるのである。
「アンタはここら辺から魔法使ってれば、私とコイツでどうにかなるさ」
「でも、それじゃロロは、魔法使えないじゃないか」
ヒカルの指摘に、ロロは鼻を鳴らした。
「いいのよ、アテナの盾があれば、私はいくらでも攻撃できるし」
どうやらこの人形は、現出した盾を蹴り入れたり、振り回したりして、骸骨を攻撃しようと考えているらしい。防御のための武具である盾を攻撃に使うとは、何とも不思議な作戦であったが、試してみる価値はありそうだった。どのみち、煙の壁は迫ってきているのだ、時間的猶予はない。こうして、ヒカルとロロは再び、骸骨のいる噴水に攻撃をかけようと、通りを走り出したのだった。




