相棒
かつての相棒が振るう剣、速度は遅いものの、迷いがなく、重い。ジャックスは、徐々に刃こぼれが目立ち始めた自身の得物を改めて見直した。あとどれ程耐えられるだろうか。
そんな思考にお構いなく、ガリエノは不断の攻撃を仕掛ける。的確に急所のみを狙う動きは、煙のそれに似ていた。だから防げないことはないし、隙をみて打ち込むことも可能だ。だが、相棒を手にかけるためにジャックスは残った訳ではない。助けられるならば、そこに一縷の望みがあるならば、助けるのは自分でありたいという、一種わがままのためであった。
自分の剣には迷いがある。相棒を傷つけたくないという躊躇が、そんな一瞬の淀みによって生まれた剣の軌道のずれが、明暗を分けるということも十分分かっている。現にガリエノは無傷であるが、ジャックスは小さいながらに切り傷を無数に負ってしまった。より一層気を張り詰めさせても防ぎきれない攻撃に、何度も怯みそうになる。
「それでもっ!!」
裏を突いた攻撃が、ガリエノの顔を掠める。僅かではあるが、攻撃をかわしたガリエノの表情が固くなった気がした。黒魔術師によって身体の奥深くに投獄された彼の意識が、必死にもがいているかのように、ジャックスは感じた。
「絶対、絶対救い出してみせるっす!!」
ジャックスという若き剣士は、ガリエノとともに騎士団に入った時のことを、今でも鮮明に覚えている。二人は同じ戦争孤児であったが、ハルシュタインの判断によって、血気盛んなジャックスと冷静なガリエノは引き合わされたのだった。初めて見たガリエノは、自分と違って、大人びて見えた。僅か一歳しか年は違わないのに。
そのせいであろうか、初めは二人の折り合いは極めて悪かった。手柄を立てて出世したいと漠然と願うジャックスと、安全を第一に考える慎重なガリエノは、常に意見が対立して、戦場で足を引っ張り合う程であった。
「今度は邪魔しないでほしいっす」
「何だと……。ダイタイ、俺の方が年上なんだからナ、言葉遣いには気をつけろヨ」
「……うるさいっすね……」
だが、危機を何度もガリエノに救われたのも、また事実であった。それでもジャックスは、頑なに相棒を認めなかった。何だか負けるような気がしたからだ。
そんな折、ワルハラの東の森林地帯に、巨大な龍が現れたという報告があった。二人は隊長のオリバーにつき従って、いがみ合いながらも仕方なく遠征の途についた。
果たして、龍は思った以上に強かった。あのオリバーが苦戦し、腕や腹の骨を折る重症を負い、仲間も幾人か死んだ。そして、ジャックスもまた、致命的な傷を負ってしまったのだ。
激痛に耐えながら、ジャックスは木陰に身を寄せる。鞭のような龍の尾を諸に食らってしまったために、出血は多量で、傷は内臓にまで達しているようだ。荒い息を鎮めようとするが、命が徐々に身体から逃げていくような感覚に、焦りが大きく首をもたげてくる。意識も遠のいていく…………。
「……カ? おい、大丈夫カ?」
誰かに身体を揺すられ、意識が身体に引き戻される。そこにはよく見知った、複雑な関係の相棒がいた。何故ここが分かったのか、それを聞こうとしたジャックスはしかし、突如として身体を抱き起こされたために走った鋭い痛みのせいで、言葉を発することはできなかった。
「待ってろよ、すぐに助けるカラ……」
五感の中で、聴覚はしっかりと働いていた。おかげでガリエノのそんな呟きを聞き逃すことはなかった。彼は何故、忌み嫌っているはずの自分を助けたのか、騎士団員の規約にあるように、仲間の存在は何より大切であるが、そのためにわざわざ、龍の攻撃範囲に入ってくるのか。見捨てて逃げることもできたはずなのに。
ジャックスは何だか、つかえが取れたような気がした。この男は、自分のように好きか嫌いかを判断の尺度としていないのが分かった。ジャックスからしてみれば、何と高潔な魂であることか、もし自分が逆の立場なら、と考えてみて、ジャックスは自らを恥じた。何と小さい心の器であったことか。一筋の涙を流したきり、彼は意識を失った。
そうして、次に彼が目を覚したのは、野戦病院の中であった。急遽派遣された皇帝の侍医、ジョシュ・クレイモンが手当を行っていた。クレイモン氏はジャックスが意識を取り戻したのに気づいて、ベッドの脇まで来た。
「……俺、生きてるっすか?」
クレイモン氏は、こくりと頷いた。彼は隣のベッドを手で示し、君は相棒に感謝しなきゃいけないね、と語った。
「何せ、彼もかなりの深手を負っていた。味方のところまで、君を担いで帰ってきたんだから、強い絆じゃあないか」
氏は、そう言って鼻の下の髭を撫ぜた。ジャックスは横たわりながらも、クレイモン氏の仕草と、浅い寝息を立てるガリエノの様子を見比べていた――。
気づくのが遅すぎた、しかし、気づかずに終わることよりましである。それ以来、ジャックスはガリエノを命の恩人として、というより、苦しい戦いを生き抜いた戦友として慕うようになったのだ。剣術の腕を高め合う内に、二人の関係は、犬猿の仲から、親友へと変じていた。
だからこそジャックスは、ガリエノを救うのは自分であると強く信じていた。いつぞやの借りを返すためである。迷いは捨てた。死の恐怖に打ち勝って、龍の猛攻から相棒を救い出したガリエノがそうであったように、ジャックスは信じるもののために、ひたすらに剣を振るった。




