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終末のアラカルト  作者: 大地凛
第一章・死霊編
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武運長久

 マナの通りが悪く、もはや使い物にならない伝送鉱石が、耳元で意味のないノイズを垂れ流し続ける。それでもなんとか、カスパーからの連絡で、黒魔術師が噴水を目指し始め、イヴァンがそれを追いかけていることは分かった。


「行かなきゃって分かってんのに、何でこんなに鬱陶しいのよッ!!」


 ソフィたちも黒魔術師を追わねばならない。しかし、煙は絶えず襲いかかってくる。決してソフィたちを行かせないという意思に突き動かされているかのような煙が、次々と行く手を遮る。払えない訳ではないのだが、量が多すぎてきりがない。


 だから、最初に大きな叫び声が上がった時、ソフィは、騎士団員の誰かが煙に追いつかれたのだと思った。しかし、その声の主が地面に倒れ伏せ、そこに黒い人影が立っている光景を目にして、さらに恐ろしいことが起きていると悟った。


 それは、悪趣味なことに騎士団の制服を着た男の姿をしていた。見えている肌の部分はドロドロとした、真っ黒なもので覆われ、目も鼻も口もない、平坦な顔を晒している。煙や霊とは違った異質な姿に、ソフィは目が離せなかった。


(一体何で騎士団の制服を……、まさか!?)


 真っ黒なそれは、煙を鎧のように纏うと、ソフィめがけて突進してきた。振り下ろされる剣を、鋼鉄の腕で防いだソフィは、周りの騎士団員に叫んだ。


「切らないで!! これは騎士団の一員なの!!」


 ソフィを守ろうと剣を振りかぶっていた幾人かの団員の手が止まる。ソフィの想像が正しければこの黒い物体は、自分と行動を共にして戦闘を続けてきたある騎士団員、その相棒であろう。


「ガリエノォーーッ!!」


 騎士団員の中から、大きな声が聞こえた。ソフィに随行していたジャックスが発した大音声は、はっきりとその黒い物体にも届いたようだ。僅かに振動したそれを、ソフィは力任せに振り払う。


 煙のようには切り払えない。物理的にではなく、生死を共にしてきた騎士団員たちの精神的に、である。弾き飛ばされた()()()()()()()()()は、周りの騎士団たちが攻撃できないのをいいことに、剣を振るい続ける。


「くそっ、すまないガリエノッ!」


 鍔迫り合いを演じるガリエノ。その背後に立った騎士団員は、かつての仲間を切り捨てる覚悟を決めたようだった。彼は剣を握り直して、地を蹴り、間合いを詰める。黒魔術師に操られているせいか、反応の速度が遅いガリエノは、技術的には、簡単に切り伏せられそうだった。


「…………駄目っす!!」


 状況を見守っていたソフィの側を、誰かが走り抜ける。いや、ジャックス以外の誰でもあるまい。彼は素早く、ガリエノと切りかかる騎士団員の間に割り込んだ。


「なっ!? 何だお前!」


 自身の攻撃が、思わぬ形で不発に終わったことで、その団員は目を剥いた。ジャックスより圧倒的に膂力が強い彼が何度も振り払おうとするが、ジャックスは退かなかった。


「お前正気か!?」


「アンタこそ、仲間を切ろうとするなんてどうかしてるっす!!」


 自分より実力で劣るであろう、普段あれ程頼りないこの男の、どこにそんな力があるのか、ジャックスを見下ろす団員には見当がつかなかった。金属の擦れる音が、骨を伝わってくる。


「……、危ない!」


 剣を弾かれたガリエノは、本能の赴くままに、今度はジャックスに狙いを定めたようだった。空中で剣を握り直したガリエノは、かつての相棒を袈裟斬りにしようと、大きく振りかぶる。無理だ、ジャックスに反応することはできない。一瞬の判断の遅れ、気の迷いが、彼の命の糸を切り落とした。――そう、誰もがそう思った。



 ソフィの視界に、火花が散ったように見えた。果たしてそれは、ジャックスとガリエノの剣が、激しく衝突したことによって起きたものだった。確実に忍び寄ってきていた死の気配を、ジャックスは素早い回転によって切り払ったのだ。額が触れるのではないかと思わせる距離にまで、ガリエノに肉薄したジャックスは、周りの人間に叫んだ。


「今の内に、早く行くっす!!」


 ソフィは、鬼気迫る彼の声に、力強く頷くことで応えた。煙は、ガリエノの周囲に集中し、全体では薄くなってきている。非常用に取っておいた最上級の魔弾、これを使う時は、今である。ソフィは右腕の肘の辺りを折って、弾を装填した。


「絶対生きて帰すのよ、武運長久を祈ってるから……!」


 そう言うや否や、ソフィの腕の銃が火を吹く。まるで大砲の砲撃のような威力の反動で、彼女ももんどり打って倒れる。しかしその効果は絶大で、煙の壁に穴を開けるには十分だった。ガリエノに煙が集まっているためか、その修復も追いついていない。


 かくして、ジャックスを除く騎士団員たちは、ソフィを連れて煙の包囲から脱することに成功した。幸いまだ黒魔術師が移動を開始してから時間が経っていなかったため、すぐに追いつけそうだった。


「いててて……、無理なんてするもんじゃない……、か」


 冷たい痛みの走る頭に触れると、鮮血がソフィの細い指にまとわりついた。地面に叩きつけられた時に頭が割れたのだろう、傷の程度は計りかねたが、意識はあるため、そこまで深刻ではないだろうか。


「大丈夫ですか、応急処置を施したたけですので、あまり触れぬよう」


「心配するんだったら、もう少しゆっくり走りなさいよ……」


 ソフィをおぶる騎士団員は、それは無理だと首を振った。


「それにしても、ジャックスに任せてよかったのでしょうか?」


 ソフィは、ゆっくりと頭を傾けて、後ろを見た。煙の壁の奥から、剣と剣がぶつかり合う音が絶え間なく聞こえる。


「大丈夫、きっと大丈夫よ」


 確証はないが、ソフィにはそれが分かっていた。自信家の皇帝の癖が伝染ったかと、彼女は内心で笑みを浮かべた。

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