嫌な思い出
「ア、アルジェンタさん!!」
思わぬ人物の登場に、ヒカルは叫んだ。彼女は王城内部から、魔力を伝達する任務についていたはずだ。窮地を救ってくれたことはありがたいが、どうしてここまで来たのか。皆の頭に疑問符が浮かぶ。自分に向けられた顔を見回し、骸骨に一瞥をくれたアルジェンタは、大きなため息をついた。
「お礼は?」
面食らった一同は、言われるがままにばらばらと辞儀をする。
「でも、どうしてここに?」
アテナの質問に、アルジェンタはそれはだなぁ、と呟きながら後ろを振り返った。その視線の先、道の向こうから二人の、否、一人と一体の影が現れる。次第に近づいてくる二つの影は、紛れもなく人形店の店主のメリアと、その人形、ロロのものでった。
話はつい先程、ヒカルたちが壁を突破する前まで遡る。城下を俯瞰しながら、二人の大魔導師は黒魔術師について論じていた。
「あの男、魔力量自体は平凡なのに、煙から絶えずマナを補給している……。厄介だわ」
「ホントホント。多分、墓所にあるマナの吹き出し口から出るマナを、自分に適した組成に変えてるんだね」
城下にいる人間に魔力を送るため、神経を集中させている指先が痺れてきた。それ程に魔力の消費が激しい、言い換えれば、黒魔術師の煙が強力なのである。
それにしても、とジェームは煙を見ながら考えた。この黒い煙のマナの混ざり方、木の属性が多数を占める魔力組成、どこかで見覚えがあった。過去に出会った、名のある魔法使いではなく、ごく最近会った人の中にいたような……。
「ねぇ、アルジェンタ? この魔力組成……」
「……奇遇だな、僕も同じこと考えてたかも」
二人は、同じ人間のことを思い出していた。騎士団の詰所で尋問されていた、女性とその人形のことを。
「どうもこんにちは。……あの、先日はどうもありがとうございました」
ジェームの命によって連れて来られたメリアは、小さく頭を下げた。一方、その腕の中に収まるロロは、いつも通りの不遜な態度である。
「それで、一体何の用なの?」
ジェームとアルジェンタは、そんな正反対の二人を見比べた。やはり、魔力組成が煙と似ている、特に、現在輝石を所有しているロロは酷似しているといえる。
「簡潔に聞くのだけれど、貴女、親は?」
ジェームはメリアにそう尋ねた。人体におけるマナの組成は遺伝するため、黒魔術師と彼女の血筋との間に、何か関係があるのではないかと考えたのだ。彼女の住居兼店舗に踏み込んだ騎士団員の話では、家に住んでいるのはメリアとロロだけであったというし、親がいるとすれば、別のところに分かれて住んでいるのだろう。その地に、黒魔術師の正体にせまる手がかりがあるかもしれない。
しかし、メリアは困ったように答えた。
「いいえ、もういません。母は私がまだ子どもの内に病で亡くなって……、それで父は仕事も家庭も省みなくなって、私が親戚に引き取られた後で村を出ました。でもすぐに死んだと聞いています」
「ということは、父親の生死は定かじゃないと?」
メリアは顔を歪めた。自身がまだ幼い内に、人生の歯車を大きく狂わせた男に対する恨みというのは、消えるものとも思えない。彼が生きているなどというのは唾棄すべき考えだと、彼女は断じた。
「どうせ死んでるはずです。家事も仕事も任せきりでしたから、……死んで当然なんですよ、あれは……」
言葉尻の音が揺らぎ、遣る瀬無い怒りと悲しみが、メリアの肩を震わせる。ロロは、自らの造り主を案ずるかのように、自身を抱いている腕を小さな両の手でさすった。
「残念だけど……、と言っていいかは分からないけれど、貴女の父親は生きているかもしれないのだわ」
喫驚の表情を浮かべたメリアは、その真意が掴めずに困惑した。だが、彼女の理解を待たずして、ジェームは続ける。
「そして今、最悪な形で再会するかもしれないのだわ」
ジェームは、今も皇帝との戦闘を続ける黒魔術師を見やった。その様子に、メリアも徐々に、大魔導師たちが考えていることを理解し始めた。それは到底、受け入れられるものではなかったのだが。
あまりの衝撃にしゃがみ込むメリアに、アルジェンタが声をかける。
「あの煙の魔力組成は、君たちとほぼ重なる。つまり……」
そう言いかけたアルジェンタは、直後、焼けるような腕の痛みに襲われた。思わずたじろいだ反動で、魔力の転送が止まってしまう。
「どうしたの!?」
「分からない、ただ、すごい圧がかかった。……何かあったなこれは」
折しもその頃、アテナが襲い来る煙の壁を受け止めていた。膨大な魔力の消費が、アルジェンタの身体の限界を超えたのだった。その後、すぐに態勢を立て直した彼女は、再度、魔力の転送を始め、メリアとの会話も再開する。
「ふぅ……、つまりね、黒魔術師は君の父親である可能性があるってことなんだ。さて、何で君の父親は家業を疎かにしたんだい?」
メリアは、思い出したくない記憶の箱の中から、最も忌み嫌う父親の様子を、仕方なしに取り出してみた。確か、四六時中地下室に籠もっては、分厚い本を読んでいたような気がする。……恐らくそれが、黒魔術の本だったのであろうと、大魔導師たちは推測した。
「目的は分からないけど、母親の死を契機に、君の父親は黒魔術にのめり込んだようだ。それに心当たりは?」
メリアは、それについては何度も考えてきた。しかし、彼女に魔法のことはよく分からず、父親のことを思うことすら嫌であったために、結局明確な答えを得るには至っていなかったのだ。メリアは首を横に振った。




