表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終末のアラカルト  作者: 大地凛
第一章・死霊編
46/231

裏の裏を

 ふっ、と押しつける力が弱まり、刀が空を切る。足に力が上手く入らず、石畳に大の字に寝転がって、長く息を吐く。少しだけ見えた青い空は、煙によって徐々に塞がれていくものの、皆に勇気を与えるものであった。


「見ろ!! 壁に穴が空いたぞ!!」


 騎士団員の何某の、嬉々とした声に、ヒカルは首だけ起こして前を見る。これ程の魔力の消費を想定していなかったのか、煙の壁には巨大な穴が空いており、その先の噴水が見通せた。最大の障害であった壁を思わぬ形で突破したことに、快哉を叫ぶ者もある。


「やった、やったよヒカルっ!!」


 危機を脱した安心感と、道が開けた喜悦に心を踊らせるアテナが、疲れていながらも小さく飛び跳ねる。額の汗を拭った彼女は、倒れ込むヒカルに手を差し伸べる。ヒカルは、腕が上がらぬ程に疲労していたが、それに応えた。


「よぉおーーし、二人とも、よくやった!!」


 嬉しそうに声を上げるオーエンに肩を叩かれたヒカルは、思わずふらついた。それを側に立っていたハルシュタインが支える。


「うん、よかったよかった。……ハルさん、怪我はない?」


 オーエンの問いに、ハルシュタインはこくりと頷いた。土埃で汚れてはいるものの、彼女に傷はないようだ。ほっとしたヒカルとアテナに、彼女は丁寧に頭を下げて、礼を言った。


「ありがとう。貴方たち二人がいなかったら、私はこうしてここに立ってはいなかったかもしれない……」


 全ては自分の判断によるもの、もっと慎重にあるべきであったと、ハルシュタインは唇を噛み締めた。だが、無鉄砲な行動はお互い様である。黙りこくってしまった彼女に、オーエンは軽い口調で声をかける。


「ほらほらぁ、噴水も見えたことだし、今の内に急がないと。お礼なら、後でも言えるでしょ?」


 先程まで、命がけで剣を振るっていた男のものとは思えない口振りに、ハルシュタインの顔には笑みが戻る。


「ふっ……、無駄な寄り道をした人の言葉とは思えませんけど」


 これでいいのだ、とオーエンは頷いた。考えること、迷うことはいつでもできる。だが、行動に移せるのは、今しかないかもしれないのだ。戦場で一番大事なのは決断力、行動力、そしてそれらを判断する勝負勘なのだ。


「さぁ、改めて行きましょうか。テロメアの聖杯を目指して」


 ハルシュタインの言葉に、全員が頷いた。この好機を逃す手はない、危険に飛び込まねば、勝利は掴めない。オーエンは、この先黒魔術による傷病人が多くなることを見越して、カスパーに連絡を入れた。


『分か……した。…………いる騎士団……、向かわ……す』


 切れ切れながらも、こちらの意思は伝わったようだった。増援が来ればもう大丈夫であろう。オーエンは、鉱石を懐にしまい、皆の後を追って壁の穴を潜っていった。



 しかし、このような勝利への邁進は、時として大きな落とし穴にはまることにもなる。奇跡を信じた一行は、誰一人として、その罠の存在に気がつかなかった。



 皇帝と黒魔術師は、まだ一進一退の攻防を続けていた。派手に攻撃を食らわされている分、黒魔術師が不利なように見えるが、王都中に浸潤する煙、そして黒魔術師の周りを浮遊する死霊。これらに対する耐性の有無が、長丁場ともなると大きな差となる。息切れし、攻撃を放つ指先は痺れ、何度も剣を取り落としそうになる。しかし、黒魔術師に攻撃は当たらない。全て煙と霊にいなされ、会心の一撃を与えるに及ばない。


 それでもイヴァンは、勝利以外を考えていない。従って、攻撃が止むこともない。攻撃精神の体現となった皇帝は、自らの身体を顧みず、雷雨のように絶え間なく、攻撃を続ける。


「聖杯を使うのかい?」


 小声で、カスパーに問いかける。イヴァンの着けている、耳飾りのように加工されたそれもまた、伝送鉱石である。ただし、通常のものよりも遥かに純度が高く、それ故、煙による伝達障害が起こりにくく、相手の声がより明瞭に聞こえる。


『ご明察でございます、ヒカル様、アテナ様は騎士団のオーエン様とともに煙の壁を越えられました』


「ふぅ、光明が見えたと言うべきかな」


 この非常時だ、聖杯を使うのもやむを得まい。煙を全て浄化して、黒魔術師にとどめを刺す……。


「無駄だ、無駄……、無駄ぁ…………」


 イヴァンの耳朶を、しわがれた低い声が打つ。口角を吊り上げ、薄気味悪い笑みを浮かべる黒魔術師が、無駄だ無駄だと呪文のように唱えているのだ。空に浮かびながら、ニタニタと……。


 まさか。恐ろしい可能性に気づいたイヴァンは目を剥いた。


(こちらの通信を、傍受しているのか……!?)


 思えば、伝送鉱石の通信を遮る程に、王都には煙が充満していたのだ。そのマナをこの男は自由にできる。川から水を引くように、マナの流れを引き寄せていたのだとしたら――。


 もしそうだとしたらば、自分たちの行動は敵に筒抜けである。煙の壁を突破した目的が聖杯にあるのだと分かってしまえば、この黒魔術師なら、すぐに対策を講じるだろう。そうなれば、非常にまずいことになる。


「カスパー!! すぐに引き返すよう、オーエンに伝えろ!!」


 必死の叫びを上げるイヴァンの姿を、黒魔術師はひしげた笑いでもって見つめていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ