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終末のアラカルト  作者: 大地凛
第一章・死霊編
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黒煙侵潤

「もしもし、こちらショーンだ。ヨハン、聞こえるかい?」


 煙がマナの伝達を阻害しているためであろう、砂嵐の中にいるように、耳障りな雑音が耳を撫ぜる。それに紛れて、白髪の参謀の声が耳朶を打つ。


『……んだ、ショ…………。………………なのだが……』


「すまん、やっぱり全然聞こえない」


 ヨハンは、王都の噂のことは知っていたが、黒魔術の儀式によって王都が孤立していることは分かっていないはずだ。互いに情報を教え合う必要があると思って連絡を入れたのだが、これでは難しい。マナの通りがいいところを探し、ショーンは城壁の上を歩き回る。


『…………、あー、あ。聞こえ……、ショーン?』


「うん、聞こえる。こっちは大変なことになっているんだ、何せ黒魔術の儀式のせいで、陸の孤島然としている」


 そう伝えながら、ショーンはちらりと煙の様子をうかがった。煙はじりじりと、確実に内側へと攻めてきている、下手を打った包囲戦のようだった。


「そちらはどうだ?」


 ようやくマナの伝達が安定してきた、今の内に外部の情報を得なければならない。耳をすますショーンに、前線のヨハンから、戦況が伝えられる。その言葉を頷きながら聞いていたショーンの表情は、次第に凝り固まっていった。


「……ショーン様?」


 何か呆然とした面持ちで、伝送鉱石を握り締めたまま一点を見つめるショーンの様子を訝ったカスパーが声をかけると、黒髪の軍人ははっと気づいたような顔をした。


「何か、前線で動きがあったのですか?」


 その問いに対する明確な答えを、カスパーは得ることができなかった。その代わりにショーンは、彼が持っていた伝送鉱石――この石の片割れはオーエンとソフィがそれぞれ持っているのだが――を渡してきた。


「今は詳しい話はできない、城下のことは貴方に任せるから、うまくやってください」


「えっ! ちょ、そんなぁ!?」


 狼狽えて思わず声を上げるカスパーを尻目に、ショーンは参謀本部へと向かった。この情報を、誰よりも早く、届けねばならない人がいたからだ。



 さて、指揮管理系統を一手に引き受けることとなったカスパーは、とりあえず、オーエンに連絡を入れることとした。緊急時の混乱を避けるためである。


「こちら、カスパーです。ショーン様から鉱石を預かりましたので、連絡は私がお受けいたします」


『んぇ? 何だ……、よく……ないけど』


 カスパーは返答の音声に含まれた耳障りな雑音に驚いた。王都の中でも煙によるマナの伝達阻害が起こっている、煙は、皇帝や騎士団員、ソフィたちを中心に、絶えず払われているのにも関わらず、である。まさか、本当に無尽蔵にマナが生まれるのか、とカスパーは考えかけて、首を振った。マナが勝手に増えるなど、魔術の基本原理に真っ向から反している。


 しかし、黒魔術という巨大な力の前では、この世の摂理も歪められてしまうのかもしれない。カスパーは自身の能力の自由も効いていないことに、より一層不安を強めた。



「どっきりしたよ、まさか、また何かやらかしたんじゃないかと……」


「そう考えるのに悪いことはないでしょう。最悪の事態を避けるためなら」


 走りながら、噴水を目指す一行は、煙の濃い部分に入ってきていた。少し息が苦しくなってきたのは、煙の重圧感に加え、大魔導師によるマナの伝達が妨げられているためである。それでも、剣を振るわなければ、自分たちは路傍に転がる人間のようになってしまう。


 城門を一つ越えた辺りから、逃げ遅れた人が増えてきた。煙の回りが速かったためであろうか、その表情はヒカルたちが進むにつれ、より険しくなっていく。先程までは露払いをしていた騎士団員の内のいくらかは、怪我人の搬送のために戦線を離脱している。


「大丈夫なんでしょうか、あの人たち。私たちも応急処置とか、した方がいいんじゃ……」


 一瞬足を止めたアテナが見ていたのは、煙を取り込んだことで手先が黒く変じた老婆であった。内側から刺すような奇妙な痛みに、声にならない悲鳴を上げている。耐え切れずに歩み寄ろうとするアテナを、ヒカルが手を引いて止めた。


「残念だけど、今の俺たちじゃ魔法で負った傷の治療なんてできない……。できることをしないと」


 もちろん、助けられるなら、ヒカルだって駆け寄って手を差し伸べたはずだ。だが、それは別の大きな可能性を捨てることになるかもしれない。少なくとも、噴水にたどり着くまでは、脇目を振ることは許されないのだ。


 その心配を和らげるため、オーエンが振り返って、ニッコリと微笑む。


「大丈夫。皇帝の侍医のドクトル=クレイモンが、治療しているというから。悪性のマナさえ抜いてしまえば、手遅れになることはないさ。不幸中の幸いというか、煙のせいで普段のマナの巡りが狂って、体内循環が遅まってるっていうし」


 先程、王宮の結界内から戻ってきた騎士団員から聞いたのだろう。オーエンは、楽観的な態度で、大丈夫大丈夫、と口内で何度も繰り返した。その様子に、かえって不安を煽っていると、ハルシュタインはため息をついた。


「まぁでも、この状況では良い知らせですね。まだ誰も、死んだと決まった訳ではありませんから」


 この銀髪の補佐官の口振りは、ヒカルとアテナが、アルジェンタと刃を交えた事実を知っているということなのだろうとヒカルは思った。そうだ、まだ死の淵に立ったというだけだ、手を伸ばして、何としてでも救ってみせる。石畳の道を蹴る足に、より力が籠もった。

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