武装少女
「それで……、あちらは何と言ってました?」
躊躇いがちに聞いてきた騎士団員に対して、ソフィは吐き捨てるように言った。
「いざとなったら見捨てるって!! 私たち捨て駒よ、非道くないかしら!?」
周りを取り囲む騎士団員たちは、剣を握り締めて戦いながらも、明らかに士気が落ちた。彼らの多くはオーエンの部下で、前線で起きた突発的戦闘に巻き込まれたために負傷し、帰還した者たちである。手負いの状態で、人体に悪影響を及ぼすような煙を浴び続けては危険だ。かといって、ここで撤退しては、遊軍としての役割を果たせないし、退却中に黒魔術師に背後を突かれる方が、死亡率は上がるだろう。
ソフィは、あえて撤退可能であること、そして、オーエンが時間を無駄にしてしまったことを彼らに隠した。これ以上、彼らのやる気を削いでしまっては、反撃どころか全滅しかねない。そろそろ自分も能力を使うか。立ち上がる煙の壁を前に、ソフィは舌なめずりをしながら、長く垂れた上着の袖をめくり上げた。
白い袖から覗いたのは、黒光りする重厚な銃身である。そして、その銃の根本は直接、幼女の腕に連結されている……。指はなく、銃の持ち手もない、銃が身体から生えていると言った方がいいのかもしれない。何とも異質な姿である。
ソフィの表情は、使命感と嫌悪感の間で揺らめいていた。彼女が丈の長い服を着ていたのも、人と関わり合うことの少ない武器庫の管理の職に就いていたのも、全てこの腕を隠すためだったのだが、この非常時にはやむを得ない。
「さぁ来なさい! 煙なんて目じゃないわ!」
にわかに魔力が高まったことに反応し、煙が鋭い槍のように姿を変えて、ソフィを貫く軌道を描いて、彼女に迫る。
しかし、煙が彼女に届き、その身体を穢すことはなかった。初撃を宙返りでかわしたソフィは、魔力の籠もった鉛玉を煙に撃ち込む。煙には丸い弾痕が空き、先端の方から消滅していく。間髪を入れずに薙ぎ払われる煙の束には、身体を反らして避け、振り向きざまに一発、そしてまた一発と確実に煙を払っていく。
「ソフィ様、それは……」
手傷を負った騎士団員が苦しげに聞くのを、ソフィは空いた手で制した。
「黙ってなさい、騎士団員たちは今の内に回復して。……さぁ、何としても持ちこたえるわよ、黒魔術師の煙なんかに負けるものですか!」
勇ましく言い放つソフィに、騎士団員たちは打ち震えた。時間を稼いでくれれば、まだ戦える。例え囮にはなっても、捨て駒にはならないという意気が、彼らの中にこみ上げてきた。
「ショーン様、先程のやり取りは……」
城門の上では、カスパーとショーンが城下の様子をつぶさに観察していた。手前では皇帝と黒魔術師が激しい戦闘を繰り広げ、奥ではソフィたちが息を吹き返したかのように、煙を相手に血気盛んに抵抗している。
「まだ、城下の詳しい様子は見えますか?」
ショーンは、カスパーの問いには答えなかった。代わりに飛んできた質問に、慌てて答える。
「え、えぇ。もう外郭に近い区画はよく見えませんが……」
「報告によれば、人体に悪影響を及ぼすらしいけど」
カスパーは苦しげに頷いた。よく見えない方がいい、逃げ遅れた住民は僅かではあるものの、それらが煙の穢に犯され、肢体を曝しているのは、見ていて心地よいものではない。
「でもまぁ、発破をかけた甲斐があった。おかげでヒカル君たちが煙に妨げられずに楽に進軍できる」
城下の地図を眺めながら呟くショーンに、カスパーは大いに驚かされた。先程の発言は、本心からの言葉ではなかったのか。流石にやり手の参謀である、人の心情をよく理解している。
そんなことを考えていたカスパーを横目に、ショーンは立ち上がる。
「あ、あの、指揮はよろしいのですか?」
呼び止められたショーンは、ニッコリと微笑んだ。何やら人を食ったような、少しばかり意味深な笑みである。彼は先程使った伝送鉱石とは別の鉱石を取り出して、爪で弾く。
「陛下が雷を落としているだろう、あれで煙でできた鍋底に穴が空いた。ということは、外部とマナのやり取りができるという訳だ」
その鉱石の片割れを持っていたのは、前線に出向いているヨハンであった。ショーンはこの王都での作戦自体にあまり興味はなかったが、世界を掻き乱す戦争の動向には注目していたのだ。前線部隊に起用されなかった彼は、何としても状況が知りたかったのだ。
「……まさか、陛下が動き出すことまで折り込み済みだったと?」
ショーンは、鉱石に耳を当てて、どんな小さな音も聞き逃さぬようにしようという構えであったが、カスパーの疑問には、しっかりと丁寧に答える。
「半分位はね。でも、僕が前線の様子を探ろうとするのは、多分陛下も分かっておられると思う。そうじゃなかったら、わざわざマナを過剰に浪費してまで、煙の天井を破ろうとは思わないからね。それに……、多分もう既に陛下は、我々の作戦行動の概要にも気づいておられるだろう」
カスパーは、この軍人と皇帝の間の奇妙な信頼関係に、感心の情を抱いた。王都も王国も救うという共通の目的に対して、互いが当意即妙に行動する。まるで自分が、劇の台本通りに演じているかの如き動きで、来たるべき結末を志向するかのようであった。




