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終末のアラカルト  作者: 大地凛
第一章・死霊編
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イーリスの提案

 テロメアの聖杯、聞き慣れない言葉だ。事実、倉の中に集められた人々の中にも、その単語を知らない者は何人か存在した。


「あの、テロメアの聖杯って何ですか?」


 アテナがそっと手を上げると、アルジェンタがそれに朗々と返した。


「テロメアの聖杯っていうのは、伝説の魔法具でねぇ、あらゆる穢れを浄化する能力があるんだ。ワルハラ帝国の創始者のサン=フロプトが、邪気を祓って人々を救ったっていう伝承がある。うん、あくまで伝承だけどね……」


 そう言いつつも、アルジェンタは何やら口ごもるような素振りをする。何か隠している気配を怪しんで問い質すと、渋々と答えた。


「実は、テロメアの聖杯は今でもしっかり動いているんだ、この王都に湧く地下水を浄化している……。王都の入り口近くの広場に大噴水があるんだけど、その基部に備えつけられているんだ」


「そう、皆がそれを知らないのは、ワルハラ政府が隠しているから。もし聖杯を失ったら、王都の食の安全が損なわれるし、悪用されるかもしれない……。術式を変更すれば、悪性のマナを生み出す兵器にさえなり得るのだわ」


 大魔導師の二人は、魔法に明るくもないイーリスの口から、テロメアの聖杯の文言が出てきたことに、かなり驚いたようだ。イーリスは、ワルハラの説話集に聖杯が出てきたことを覚えていたのだ。この危機的な状況が、神話世界の奇跡の物語と重なり合ったのだ。


 しかし、テロメアの聖杯を使うには、問題が一つあった。


「聖杯があるのには驚いたが……、あの噴水なら、とっくに煙の中じゃねぇか?」


 エルヴェの懸念はもっともなことであった。煙は前進を始めており、王都の最外郭は飲み込まれてしまっていた。そこに噴水も入っていたのだ。せっかく浮かんだ名案も、まさに煙のように消えてしまったのだ。


 しかしヒカルは、ここに活路を見出そうとしていた。



「この刀なら、煙が切れるんじゃないか……?」


 ヒカルが常に携えている刀、膨大な魔力を有する刀。魔法でなら干渉可能な煙を、物理攻撃で切り払う。しかし果たして、それは実現可能なのか。


「その刀か……、面白い策だと思うよ」


 ヒカルの思い詰めた表情に、何かを察したのだろう、アルジェンタはその策を名案だと判断したようだ。


「それに、煙も魔術によるものだから、マナの色がない、無色の防御魔法は効くはず。アテナちゃんの守衛せよ(デイフェンシオ)が有効だろう」


 大魔導師の御墨付をもらったヒカルは、アテナの方を見やった。彼女も、この状況を覆すことができるなら、と唇を固く締めて頷いた。


 そうと決まれば善は急げである、ただ、それには乗り気でない者もいた。浮足立って倉を出ようとするヒカルを、カスパーが呼び止めた。


「ちょ、ちょっと待ってください、城下は危険です。もう煙による怪我人が出ていますし、その中で噴水を目指すのは厳しいのでは……」


「そうとも、君たちは戦力になり得る。逐次投入するより、ここぞという時に備えて温存すべきだ」


 慎重になるよう諌めるカスパーに、ショーンが加勢する。そして、イーリスもまた、ヒカルの身を案じていた。それに対して、すぐにでも行動を起こすべきだと唱える人物もいた。


「状況は良くなるこたぁねぇんだ。なら、今やるべきなんじゃあねぇのか?」


「そうねぇ……、まぁ、魔力鉱石でできた弾丸なら、備蓄があるけど」


「騎士団の中にも、魔剣を使う者は何人か残っています、勝ちの目はあると思いますよ。何なら、今からハルさんに連絡しますが……」


 エルヴェ、ソフィ、オーエンは、いずれもヒカルの案に賛成であった。確かに早急に対策を講じなければ、何もかも手遅れになってしまうことは、慎重論の面々からしても、自明なことであった。それでも、皇帝の手前、この二人を死なせる訳にはいかない。


 そんなことを考えていたカスパーの眼球に、大きなマナのゆらぎが飛び込んできた。彼の能力である千里眼の発動である。彼の能力は任意で使うことができるのだが、強いマナを受け取れば、それに反応して視界を共有することができる。彼の視界に映し出されたのは、城壁の上から眺められた王都の景色であった。そして視野の隅には、朽葉色のコート、赤い髪の毛先、実直な作りの剣……。


(陛下!? まさか城下に……)


 間違いない、イヴァンは城下に行き、黒魔術師を直接倒すつもりである。その姿勢が、彼の心情を代弁していた。彼ならば、ヒカルとアテナを城下に送ることを肯うだろう。いつも通りの、出処の分からぬ、しかし予測を外すことを知らない自信でもって。


「……分かりました」



 それから程なく、倉の面々は城門に移動した。短期決戦の方針の元、ショーンとカスパーは城に残り全体を指揮、エルヴェ主従は武器の補充、ヒカル、アテナ、ソフィと騎士団員たちは、煙によって汚染された城下に行く。その有毒な気体によって自由を奪われないよう、大魔導師の二人は、皇帝を含めた城下の面々に魔力を送り続ける役割だ。


「あまり長くいては駄目よ。避難した人たちを守るために結界を張ったから、使えるマナの量がさらに少なくなってるのだわ」


「陛下が能力を乱発しかねないからね。どうにかなるとは思うけど、なるたけ急いで」


 ここは、皆が一丸とならねばならない時である。ヒカルは、黒い煙に覆われた曇天を見上げ、覚悟を新たにした。

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