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終末のアラカルト  作者: 大地凛
第一章・死霊編
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様々なる人格

 その朝、ヒカルは大きな物音で目が覚めた。そういえば、何やら外が騒がしいように感じる。窓を開けてみると、たくさんの住民が王宮に向かって歩いているのが見えた。


 階下に降ってみると、そこには執事のトゥラッシと、銀髪の女性がいた。眼鏡をかけた垂れ目の女性は、ヨハンやショーンと同じような意匠の軍服を着ていた。


「この方はですねぇ、えぇ、ヨハン様の同僚のカリーニ・メスト様ですハイ」


 カリーニは、こんにちは。と挨拶した。物腰の柔らかそうな人物である。ヒカルの能力を診断したマリアと同じような耳の形から、エルフやそれに準ずる種族の血族であることは予想できた。


「それで、何故カリーニさんはここに?」


 カリーニは深刻そうな表情を崩さずに、はきはきと述べた。


「そうですそうです、お二人とも、早く王宮に退避してください!」



 カリーニの先導で、ヨハンの家を出たヒカルは、一路、王宮を目指す。周りには、同じように避難する人々が流れていく。


「今朝、黒魔術の儀式が、何らかの完成に達したのだろうと、大魔導師様がおっしゃっていました」


 カリーニは、背後を確認しながら走る。ゲレインの町を囲む城壁、その根本の辺りから、黒く濃い煙が立ち上っている。煙は空に半球を形成し、まるで人々を閉じ込めんとしているかのようである。


「薄い膜みたいなのが見えます」


「……よかった。ヒカルくんは少しずつ、魔法に慣れ始めてるみたいですね」


 それでもカリーニに見えているようには感知できていなかったが、零と一の違いはかなり大きい。ヒカルは、常に携帯する刀の鞘を、左の手でしっかりと押さえつけた。


「カリーニ様、皆、煙が見えてるんですかね。それだけ魔力量が多いってことですかね?」


 カリーニは、何かを思い出したような表情で応えた。


「いいえ、放送を聞いて避難している人が大多数だと思います。ワルハラの各家庭には、放送用の伝送鉱石が設置されてるんです。それで朝から放送を流してたんですが……。ヨハンさんはその鉱石を、仕事に集中できないと取ってしまわれたので……」


 伝送鉱石、また耳慣れない単語が聞こえてきた。カリーニいわく、伝送鉱石は魔力鉱石の一種であり、ある一定の振動を続ける性質を持っているという。その振動は、空気中のマナを媒介にして、遠方まで伝わるため、古くから通信用の装置として使われてきたのだ。


「これは、ヒカルくんにと、ヨハンさんから預っているものです」


 カリーニがよこしたそれは、銀製のロケットであった。蓋を開けてみると、中には紫色に淡く光る、鉱石の結晶が入っていた。これが伝送鉱石というものらしい。これと対になる石は、前線に向かったヨハンが持っているのだ。使ってみたい気持はあったが、この非常事態ではそんな暇はない。さらに、黒魔術によって発生した障壁によって、外部との通信は遮断されていたために、王都の外がどんな状況かも分からないそうであった。



 王宮には、すでに多くの住民が避難していた。それが住民全体に対して、どれ程の人数かは分からなかったが、避難用の土地の空きはもう僅かしかなかった。それに、ヨハンの家は王宮の近くにあったためにすぐに避難できたのだが、王都外郭の住民は、まだ大部分が王宮には入れていないのかもしれない。人々の中に不安が渦巻いていた。


「ヒカル君、だね?」


 後ろから声をかける者がいた。その落ち着いた声に、ヒカルは聞き覚えがあった。最初に皇帝に謁見した時に同座していた、若い緑髪の男、名前は確か、アーネストといったか、皇帝とよく似た顔立ちをしている。


 彼こそがワルハラ帝国において、皇帝に次ぐ権力者、アーネスト・ジブライル大公その人であった。彼は、皇帝からの密命を、直々に届けに来た、そんなところであろうか。


「今すぐに、失踪事件調査本部に向かいなさい」


 アーネストはそれだけ伝えると、王宮へと戻っていった。



 失踪事件調査本部には、アテナ以外にも数人の人間がいた。軍需大臣のエルヴェ・フーシェと、そのメイド、イーリス。その他に二人の見知らぬ人物――。


「ん、やぁ。君がヒカルくんだね、僕はワルハラ騎士団第四隊長のオーエン。前線に派遣されたんだけど敵の奇襲にやられてね……、ご覧の通りさ」


 丸眼鏡をかけた気弱そうな青年は、ばつの悪そうな顔で自らの腕を見た。白い包帯で吊られた腕が、なんとも痛々しい。だが、この国難に際して、前線で戦えないことが、彼にとっては最も辛いことであろう。それにしても、何故彼はここにいるのだろうか。その疑問には、机に腰かける桃髪の幼女が答えた。


「どうせ戦えないんだし、僅かながらに残る騎士団員の司令塔ってことでしょ?」


「うん、まぁ、そんなところだね……。何せ団長以下、第一から四隊までが前線に派遣されて、第五隊は東方遠征の途上だから」


 ヒカルは皇帝の命令を受けてここに来たし、このオーエンという男も指令を受けてきたのだろう。ともすれば、この桃髪の幼女もまた……。


「少年、私のことが気になる?」


 流し目を使う幼女は、その見た目の割に、妙に艶っぽい声で聞いてきた。そして、彼女はヒカルの返答を待たずに、自分の胸に手を当てて自己紹介をした。


「私、ソフィ・ネージュ。ワルハラ王宮の武器庫の管理人なの」


 幼女はそう言って、嫣然(えんぜん)と微笑んだ。

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