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終末のアラカルト  作者: 大地凛
第一章・死霊編
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乙女の夕べ

「…………う、うぅん……」


「あら、やっと起きたのね。いつまで眠りこけているのかと思っていたのだけれども」


 空が赤い……、時刻は夕方か、どれ位気を失っていたのだろう。身体を起こそうとすると、首に鈍痛が走り、アルジェンタは顔を歪めた。


「あれ、ジェームかい? 僕は一体……」


 ジェームはため息をつくと、読んでいた本を閉じて、腰かけていた石から立ち上がった。服の裾をはたくと、砂煙が小さく上がった。


「覚えてないことはないでしょ?」


「へへ、バレてたか」


 アルジェンタは立ち上がり、ぐっと伸びをした。黒い木々によって切り取られた空を、渡り鳥が一羽、二羽と飛び去って行く。よし、家に帰ろう、とアルジェンタは歩き出した。



「まさか、貴女が負けるとはね。貴女に侮りがあったとはいえ、あの二人はすごい……、神に愛されて生まれたとしか思えないのだわ」


 ジェームは、人通りの少なくなった町の中、真面目な口調でそう述べた。アルジェンタは、口では言い過ぎだと軽く流したが、心の奥底では、或いはその通りかもしれないと思っていた。


「でも、どうして貴女はあんなことを……」


「彼らが理想論を論じたんだ。僕の届かなかった理想を語る二人が、憎らしかった…………」


「貴女……。ふふっ、まるで子供ね」


 ジェームの微笑に、アルジェンタも自嘲気味な笑みで返した。届き難い理想を切り捨てられないのは同じなのに、なんと自分の料簡の狭かったことか。やはり自分の方が餓鬼であったということか。そう考えれば考える程に、それに囚われていた自分がもどかしい。アルジェンタは発作のように襲いくる衝動を鎮めようと、頭を無茶苦茶に掻き回した。


「まぁ、あれで正解だったのだわ。貴女、術式をよく見ていなかったようだけど、墓石を破壊したら煙が暴走していたわ。恐らく、黒魔術師本人でも手出しできない程にね」


「そうか……」


つまりあの二人は、知ってか知らずか、王都の危機を救ったということか。自分が見えていたものは、本当に小さかったのだと、アルジェンタは拳を握り締める。


「ねぇ、アルジェンタ……」


 前を向きながら、ポツリとジェームが呟く。何となく思い詰めた語調に、アルジェンタは口の端をしっかりと結んで、構えた。


「あの子たちを……、信じてもいいと思う?」


 アルジェンタは、指を顎にあてがい、しばしの間黙考する。確かにあの二人に自分は倒された。皇帝の手前、手加減をしていたとはいえ、である。しかし、それが何の証明となるだろうか。あの二人は、 この世界を狂わせんとする力に、対抗し得る者なのだろうか……。


 いや、もう迷うまい。アルジェンタはにっこりと、清々しい表情で答えた。


「うん、もちろん。僕が保証しよう!」



 さて、その夜から、墓所に騎士団員が派遣されるようになった。煙の重要性を理解したハルシュタインは、見せ場らしい見せ場のないジャックスとガリエノを、最初の寝ずの番に据えた。


「あ~ぁ、何で俺たちがこんな目にぃ……、俺たち何もやってないんっすよ」


「仕方ないだろ、何もやってないんだからナ」


 夜の町は、誰一人歩く者がいない。普段ならば酒屋も開いているのだが、戦争が勃発し、加えて失踪事件が起きているために、王都はしんと静まり返っている。木箱が崩れる音に二人は飛び上がらんばかりに驚いたが、その音の正体は野良猫であった。


「うわー、びっくりしたっす。はぁ……、帰りたい……」


「そんなこと言っても仕方ナイ、ほら、行くゾ」


「ガリエノだってビビってるじゃないっすか」


 そんな風にしゃべり続けている間に、二人は墓所に到着した。墓所は三方向を城壁と森に囲まれ、侵入するとすれば、この未舗装の土の道を通らなければならない。つまり、黒魔術師が墓所に現れるとするならば、ここを必ず通るということである。


 しかし、墓所には猫すらも現れず、結局二人は明け方頃まで暇を持て余すこととなった。それでも二人は、半分閉じた目を擦りつつ、じっと黒魔術師の(おとな)いを待っていた。


 ガサリ。


「ン……、お、おい、誰ダ……?」


 寝ぼけ眼の視界に、何か動くものを捉えたガリエノは、傍らで寝息を立てているジャックスを、小突いて起こす。


「あ〜、朝っすかぁ……?」


「違ぇヨ、誰か墓所に来たんだヨ」


 黒魔術師か、と事の重大さを理解したジャックスは飛び起きた。その拍子に、足を建物の壁にぶつけ、危うく声を出しそうになった。幸い、怪人物に気づかれた様子はなかったので、ガリエノは相棒を気遣いながらも、胸を撫で下ろした。


 二人は、物音を立てないよう、細心の注意を払いながら墓所の一本道を進む。腰に帯びていた剣は、すでに抜き身の状態、つまり臨戦態勢である。何かあった時には、黒魔術師は切り捨てても構わないという御達しは受けていた。


「あれっ、アイツどこ行ったんすか?」


 折しも黎明、空が最も暗くなる時間帯である。町は黒く塗り潰され、墓所の道も暗渠のように、人の立ち入ることを拒むような風であった。黒魔術師は、黒く丈の長い衣服を着用していたらしく、夜闇に紛れてすぐに奥へと進んで行ってしまったようだった。


「どうせ目指す先はあの墓石ダロ、そこで追いつくはずダ」


 そう言いながらゆっくりと進むガリエノの顔が、にわかに照らし出される。


「何っ!?」


 青白い光が地面を切り裂くように刻まれていき、巨大な魔法陣が描かれる。それが真円を形成すると同時に、暴風が吹き荒れる。そしてその風の渦の最中に、半透明の何かが飛ぶのが見える……。


 黒魔術の儀式の現場を、ジャックスとガリエノは目撃していた。この世のものとは思えぬその景色、魔法陣の側に佇み、狂気的な哄笑を上げる黒魔術師。それに気を取られていた二人は、その後ろに誰かが近づいてきていることに気がつかなかった。

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