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終末のアラカルト  作者: 大地凛
第一章・死霊編
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傾いた天秤

 うっすらと目を開けたヒカルは、最初、自分の防御が間に合ったのかと思った。しかし、鎖は何か別の力の働きによって、その動きを止められていた。


 ヒカルの目の前にあったのは、淡緑色で半透明の、ガラスのような壁であった。そこに打ちつけられた鎖の束は、ばらばらと落ちて、風とともに流れて消えてしまった。


 ヒカルを守ったのは、果たして、アテナであった。緊張と恐怖と、様々な感情がない混ぜになった彼女は、ヒカルが攻撃を受ける寸前になって、最も簡単な部類のものではあるものの防御魔法を出すことに成功したのだ。その場にいる誰もが驚いたが、一番驚いていたのは、唯一魔法に精通しているアルジェンタであった。


「嘘だろ、ついこの間まで魔法を使えなかった人間が、この短期間で覚醒するなんて……、僕は知らない。誰もそんなこと教えてくれなかった!」


 アルジェンタは、困惑し、狼狽した。しかしその一方で、かなりの興奮と僅かな希望を覚えた。ヒカルとアテナ、不可能に挑む姿勢……。人々の幸せを願い、生活を捨ててまでワルハラに渡った勇気ある少年と、記憶を失うという不幸の中から、新たな人生を積み重ねつつある心優しき少女――。或いは、この二人ならば、自分が切り捨てようとしていた人に、救いをもたらすことができるのではないか……。


 自分の価値観が崩れていく。軌道に乱れが生じ、当てるつもりのない剣が、少年を目指して、少女を目指して進む。それら全てを跳ね返しながら、徐々にヒカルの刀が迫る。


 ふっと肩の力が抜けたように感じた。自身の前に展開されていた剣が根本から消え、視界に、迷いなく進む少年の景が大写しになる。何故、甘んじて刃を受ける気になったのか、それはアルジェンタ自身にも分からなかった。それでもこの行為に、何らかの意味が見出せるはずだと、アルジェンタは目を閉じた。断頭台の王がそうするように、先程までの猛り狂うような心情は忘れ、穏やかな心で……。



 鈍い衝撃を受けて崩れ落ちるアルジェンタを、ヒカルが抱きかかえる。彼女の周囲に浮かんでいた剣は、ばらばらと落ちていき……、地上に着く前に淡い靄のように消えてしまった。


「うわあぁぁぁぁ!!」


 静けさを取り戻しつつあった墓所に、男二人の叫び声が響く。鎖から解放されたジャックスとガリエノは、身体を強く打ちつけて悶絶した。


「大丈夫かな、あの二人」


「そんなことより、アルジェンタさんは……」


 アテナによって、そんなこと、と片づけられた二人から目線を外し、ヒカルは腕の中のアルジェンタを見る。峰打ちなので外傷らしい外傷もなく、見事負かすことができた。ここまで厳しい仕打をするつもりはなかったのだが、結果的には一番よかったのではないだろうか。


 ヒカルは、ゆっくりとアルジェンタを横たえると、改めて墓石に向かい合った。以前来た時にはなかった名前が増えている。ショーンもおらず、アルジェンタも気絶しているため、それが誰なのかははっきりしなかったが、昨晩から今日にかけて、事件に巻き込まれたのであろう。この人を、必ず救い出す。ヒカルは決意した。


「イテテテテ、あぁ二人とも、大丈夫カイ?」


 やっと立ち上がったガリエノが、ヒカルとアテナに声をかける。二人に傷がないかと屈んで見ようとした彼は、鈍痛が走ったかのように顔を顰めた。


「心配しなくても、俺たちは大丈夫っすよ! ……それより、この人どうするんっすか?」


 ジャックスは、穏やかな顔のアルジェンタを見下ろして言った。ヒカルはその答えを持ち合わせていなかったために、アテナをちらりと見ると、アテナは形のよい眉を寄せて、悩むような素振りをしたが、やがて考えがまとまったのか、自身を取り囲む人々の顔をうかがいながら、ゆっくりと述べた。


「こんなこと、言っていいのか分からないんですけど、アルジェンタさんの言ってることも正しいと思うんです。だから……、その…………」


「特に責めるつもりも、怒るつもりもない、ってこと?」


 アテナは、ヒカルが自分の気持を分かってくれたことが嬉しくて、思わず顔が綻んだ。ヒカルも彼女の意見に賛成であったし、もし黒魔術師と戦うのであれば、アルジェンタのような力のある魔法使いがいた方が心強い。ジャックスとガリエノは、不服そうな顔を作ったが、何も口出しはしなかった。



「カスパー、何を見ていたんだい?」


 背後から、鋭く切り込むような声がして、カスパーはびくりと肩を震わせた。声の主、イヴァンは、執事長の様子を見て、ただごとではないと感じていたようだった。隠しだてすることはよくないし、彼の前ではそれも土台無理な話であった。


「黒魔術によるマナの残滓でよく見えなかったのですが、どうやらヒカル様、アテナ様と、大魔導師のアルジェンタ・カルム様との間に意見の相違があったようで……、その、戦闘に……」


「二人は勝ったんだろう?」


「……えっ!?」


 喫驚するカスパーを尻目に、イヴァンは悪戯っぽい表情を浮かべる。両者の実力の差は明らかなのに、何故そう言い切れたのだろうか。カスパーは一言も返すことができなかった。

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