相反
一行は、怪しいところを一つずつ調べながら、墓所の奥へ奥へと進んでいく。やはり、元気のない植物の類いは散見されたが、足跡だったり、黒魔術師の所持品といったような、直接的な証拠は見つからない。相当に周到な犯行である。失踪事件はこれ程の騒ぎになっているというのに、犯人の目撃情報は、一つとして報告されてこないのだ。この不気味さが、噂の広がりと不安の増大に拍車をかけていた。
「あれだね……」
アルジェンタが遠目に見つめるそれこそが、黒魔術の痕跡の残された墓石である。彼女は、その墓石を上空へと伸びる黒煙の出処だと、憎々しげに言い切った。彼女の目には、墓石が黒く渦を巻き、絶えず泡のように煙を上げているのが見えていた。
「アテナちゃん、見えてる?」
アテナは、アルジェンタの問いに、ゆっくりと頷いた。見開かれた両眼に、形容し難い、醜悪な黒い煙が映ったのだろう。経験したことのないグロテスクな光景に、アテナは絶句していた。アルジェンタも、さもありなんという表情で、少女の肩を叩いた。
「まぁでも、術式に組み込まれたあの墓石を壊せば、黒魔術師の計画も頓挫するってことだからさ……」
「…………ッ! 駄目っ!!」
空いた左手を構えるアルジェンタが、体勢を崩して倒れ込む。彼女が生成していた白い光の玉は、風船のようにしぼんで、やがて雲散した。
果たして、アルジェンタの腕にしがみついていたのはアテナだった。アテナを振りほどいたアルジェンタは、初めて大魔導師らしい表情を見せる。
「一体どういうつもりだいアテナちゃん、君だって、失踪事件の真相を究明して、人々の笑顔を取り戻したいと思うだろう?」
怒気を含んだ荒々しい語調で、大魔導師は、墓石の前に立ちはだかるアテナを、厳しく詰問する。しかし、一方のアテナも、おいそれと諦めるつもりはないらしい。握られた拳と結ばれた口角が、彼女の意思を示していた。
「これは、事件で家族を失った人たちの、心の拠り所なんです! 生きているかも死んでいるかも分からないような家族を忘れないための……、墓石、墓石だなんて……」
アテナは、様々な意味で感受性が強い。だからこそ、この墓石、いや、彼女にしてみれば記念碑に刻まれている、不可視の悲しみの声を代弁できたのだ。だが、アルジェンタとて引き下がれない。彼女もまた、その悲しみを知ろうとする人間であったからだ。
「考えてもみろ、今まだ生きて動いている人と、もうどこか遠くに行ってしまった人、どちらの方が救える見込みがあるか……。碑は再建できるけど、人は生き返らないんだよ!」
「それでもッ……!」
アテナの訴えは、確かに合理性には欠ける。それでも彼女からは、悲しみに寄り添う気持を強く感じる、ヒカルはそう考えた。確かにアルジェンタの論説も正しいし、もっとも簡単に事件を解決する手立てではあるかもしれない。しかし、最善の策は、必ずしも最善の結果を招く訳ではないのだ。逆に、一見不合理に見える方法でも、それこそ遠回りでも、最後に皆が笑える道へとつながっているかもしれない――。
ヒカルの心は決まった。この墓所は、彼に波乱の展開を強要する何かがあるのではないかと感じる程に、ヒカルの心は、不合理を志向していた。
「アルジェンタさん、俺もアテナに賛成です」
「ヒカルくんまで……、君は事件の記憶があるだろう。何故君は救える人を救おうとしない!」
アルジェンタと正対すると、その迫力に気圧される。ワルハラの魔術界の頂点に君臨する、五人の大魔導師の内の一人が、そのヴェールを脱いだ。たじろぎそうになるのをこらえて、アテナに近づく。自らの信念に逆らうことなく、敢然と立ち向かった彼女が、ヒカルには眩しかった。
「ごめん、すぐに助けられなくて」
陽光が木々の間から降り注ぐ中にあって、アテナの瞳は、濡れて淡い光を放っていた。袖で目元を拭ったアテナは、歯を見せて笑った。その様子が、アルジェンタの怒りの琴線に触れた。
「いまそこに生きてる人なら、手を差し伸べられるさ。でもね、それができなかった人だっているんだよ!!」
この口振り、ヒカルは、アルジェンタもまた失踪事件の被害者なのだろうという推察が、確信に変わったのが分かった。拭い切れない後悔が、彼女の行動基準に影響を及ぼしている……。ヒカルには、その感情が理解できない訳ではなかったが、それでもこちらとて譲ることはできない。
「でも、方法はあるはずです。事件に巻き込まれた人の思いを無駄にしないで、まだ助けられる人を助ける方法が……」
何かが頬を掠める、それは目で追えなかったものの、気配ははっきりと感じた。間違いない、魔法の攻撃だ。
「…………お前らも、陛下も、皆そうだった。悲しみを計る手段なんてないし、比べられないけど……、それでも、僕は誰より悲しんできたんだ!!」
アルジェンタの叫びが、木々を震わせる。彼女は本気だ。ヒカルとアテナは、彼女の内部にある、事件解決の原動力に触れた、否、触れすぎてしまったのだ。
「二人ともどいてくれ、これを壊しさえすれば、災禍の広がりは防げる。結果はどうなろうとも、これは最善の策なんだ」
「どきません。……ヒカルの言う通り、絶対に方法はあるはずです。私が必ず、それを見つけてみせます」
アルジェンタは諦念を孕んだため息を吐いた。説得は無駄だと諦めたらしい、ともすれば、次は実力行使である。
「おいジャックス、大魔導師様を止めるゾ」
「ううぅ、仲間同士で争ってる場合じゃないっす……、って、うわあぁ!?」
アルジェンタの背後を狙って、取り押さえようとした騎士団の二人が、数歩走ってつんのめり、まるで何かに吊り上げられたかのように空中に静止する。
「なんだ、何が起こって……」
「ヒカル、鎖が!」
アテナには、アルジェンタの足元から伸びる鉄鎖が、騎士団員二人を絡め取っているのが見えたのだ。金属性の大魔導師の、ヒカルにとっては不可視の魔法攻撃、彼女を止めるには一体どうしたらよいか――。ヒカルは、全神経を集中させ、精一杯に考えた。




