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終末のアラカルト  作者: 大地凛
第一章・死霊編
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ジェームの弁護

「ハルシュタイン、貴女の元には、城下の不安が日夜流れ込んできている。貴女のことだから、胃に穴が開く程苛立っているとは思うのだけれども」


 ハルシュタインは、今の胃痛の原因は貴女ですが、という言葉を飲み込んで肯った。本筋に関係ない恨み節で場を掻き回したいという気持はなかったからだ。


「その中に、黒い煙が立っているというものはなかったかしら」


「あぁ、ありましたね。ボヤだって駆け込んで来られた方がいましたけど、結局何も燃えてませんでしたし」


 今思えば、おかしな話である。煙が見えたと述べた人間はごく少数であり、同じ場所に居合わせたとしても、煙を視認できた者とできなかった者がいたのだ。不思議な事件ではあったものの、注目度は失踪事件の比ではなかったのだが。


「摩訶不思議な煙に見えたもの、それは黒魔術に使われたマナの残滓なのだわ」


 分かりやすく説明すると、とジェームは続ける。彼女の言葉を掻い摘むと、そも黒魔術というのは、多数のマナを組み合わせて、火や木など、元々の属性にはない特性を持たせる混成の一種であり、その危険度と効果が桁外れであるために、禁じられているものなのだ。


「黒魔術が『黒』と呼ばれる理由は、その術式の過程で、全ての属性のマナを混ぜ合わせるからなのよ。絵具を混ぜると黒くなるようにね」


 水のマナは、透き通った薄墨のような黒だけど、黒魔術の残滓は、血のようにどす黒いものになるのだわ。と彼女はつけ加えた。


「……それで、その黒魔術の話とこの人形師たちに何の関係が?」


 中々本題に入ろうとしないことに苛立ったハルシュタインが、大魔導師の長講を遮るようにして問う。ジェームは眉をぴくりと動かした、恐らく不満の現れであろうが、それを口には出さず、咳払いをして、弁護を再開させた。


「彼女たちが犯人でない理由は単純だわ。できないからよ」


 できない、つまり黒魔術を使えないということである。だが、公的に禁忌とされる黒魔術について、多くを知らない一同は、その真意を掴みかねて、次の言葉を待った。ジェームはその態度に、半ば失望したように目を閉じると、幼児に言葉を教え込むように、丁寧に順を追って語っていく。


「いい? 魔法を使うには、その魔法の適正がないと駄目なのよ。魔力組成が火に傾いた人は、火の魔法は使えても、木の魔法は使うことができない。同様に黒魔術を使うには、五属性全てのマナを操れなくてはいけないのよ」


 メリアは魔法を使うことができない、そしてロロは魔法を使えるものの、その属性は木に限られている。専門的魔法知識もない彼女たちには、黒魔術絡みの失踪事件を起こすことなど不可能である。


「確かに……、ですが、貴女方が調べていた魔力鉱石、あれを使えばマナを混ぜ合わせることが可能なのでは」


 ハルシュタインは苦し気に反駁した。メリアとロロを捕縛したのは騎士団員たちであるために、簡単には引き下がれない。そしてどちらにせよ、容疑者を開放するためには、怪しい点は全てはっきりさせておかねばならないのだ。


 ジェームは少し考え込むと、煙の目撃報告が上がってきたのはいつ頃かしら。とハルシュタインに聞いた。ハルシュタインの記憶が正しければ、最初の目撃情報は三日前であった。そしてその日付は、ロロが幽霊を見たと言っていた日の翌日であった。


「なら魔力鉱石を使うのは無理だわ。急拵えの術式では、せいぜい持って一日、三日も煙が上っているのはおかしい……」


「では、魔力鉱石を供給し続ければ……」


「そもそも、黒魔術に用いるマナの量は膨大。それを補う鉱石があれば、輸送する間に誰かが発見してしまうのだわ」


 魔力鉱石の鉱山は全て国有となっており、取引も制限されている。戦争に際して、その制限が以前にも増して厳しくなっていることは、周知の事実であった。この時期に、大量の鉱石を運ぶことの不可能性が、ジェームの論説を補強していた。


「…………はい、確かに彼女たちは失踪事件とは無関係のようです」


「じゃ、じゃあ……!」


「ジャックス、ガリエノ、縄目を解いて差し上げなさい」


 ハルシュタインはそう言うと、椅子に深く座り込んで、指を組んだ。神妙な面持ちであるが、無理もない、無辜の民衆の自由を奪っていたのだ。彼女の完璧主義的な厳しい性格からして、許されないことをしたということだろう。


「やったよロロ!! 無罪放免!!」


「冤罪回避だ、やったぜザマミロ!!」


 手が自由になったメリアとロロは、部屋の中央で小躍りする。ひとしきり開放の喜びを噛み締めた二人は、居住まいを正すと、ジェームに礼を述べた。それに対して、ジェームは何でもないことだというように手を振って応えた。



 メリアとロロが詰所を去った後、押し黙っていたハルシュタインが口を開いた。


「ジェーム様、あの……、ありがとうございました」


 ハルシュタインが正直に礼をしてきたことに、ジェームは少し驚いた。プライドの高い彼女にしては、気が弱すぎるような気がしたのだ。


「意外ね……、貴女なら隠れて恨みを垂れる位かと思ったのだけれど。まぁ、それは少し意地が悪過ぎるかしら」


 だが、失敗を認めないのが性情であれば、自身の失敗をそのままにしておけないのも、ハルシュタインの持つ一面であった。滅多に頭を下げない彼女であるが、丁寧に頭を垂れる。


「黒魔術について、失踪事件について、私にご教授頂けないでしょうか……」


 ジェームは、そういうことならと微笑んだ。


「私でよければ、何でも教えるのだわ。だって、民衆のためなのでしょう?」

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