ある人形店にて
「それで、俺は上手いんですかね」
先程の威圧感、或いは殺気が消えた少年が、ハルシュタインに問う。しかし彼女は、何と答えていいか分からなかった。彼は強いが、どれ位強いかと問われれば、計り知れない。というのも、ハルシュタインの剣術の物差しの目盛りでは、ヒカルは表現できなかったのである。花の高さには尺度があるが、美しさにはないのと同じように。
だが、ハルシュタインはあの一刹那、確実に敗北を喫していた。静止の合図がなければ、または彼が真剣を持っていたらば、彼女の声帯が震えることはなかったのだ。
「…………分からない。少なくとも、剣術の試合には向いていないとは思うけど……」
その返答に、ヒカルは肩を落とした。自分と、自分の師匠を否定されたように感じたからだ。何があっても動じず、諦めず、勝ちに拘る姿勢は、師匠から学び取ったものの中でも最も価値あるものだった。その様子を見たハルシュタインは、とりなすように言った。
「でも、貴方は実戦向きだと思うわ。切っ先に迷いがなかったから……、戦場で一番必要なものを、すでに体得しているのよ」
「……! ありがとうございます!」
喜ぶヒカルを見ながら、しかしあの戦い方は、騎士団向きではないけれどもね。とハルシュタインは小さくため息をついた。
「ただいまっす!! 見回り疲れた!!」
「ウーン、疲れたヤツはそんな大声出さないけどナ」
演武が終わって一段落していたところで丁度、騎士団の詰所の扉が開き、ジャックスとガリエノが帰ってきた。二人は部屋の中のヒカルとハルシュタインを見つけると、その微妙な空気感に首を傾げた。
「とりあえず、何でハルさんは髪型いつもと違うんっすか?」
「……あっ」
そういえば先程、彼女は剣を振りやすいように髪をまとめていた。ハルシュタインは少し頬を赤らめて、急いで髪を結い直すが、編み込むような髪型のため、流石に時間がかかる。目線を毛先に向けながら、ハルシュタインはオリバーの部下たちに対して、早口に指令を伝える。
「二人は墓所の調査に向かって。報告では、黒魔術にも用いられる古代文字が墓石に刻まれていたというから、最大限の注意を払って」
二人は、掌を見せるワルハラ式の敬礼で答えた。
ヒカルを先頭に、三人は大通りを進む。斜めに伸びる小道を入って真っ直ぐ行くと、墓所のある区画に辿り着く。その道すがら、通りがかった人全てに、ヒカルは件のリボンを見せて手がかりを求めた。しかし、収穫がないままに一行は墓所の近くまで来てしまった。
「ん、あの強烈な魔力……、アテナさんじゃないノ?」
ガリエノが指差す方を見ると、そこには確かに青髪の少女、アテナがいた。墓所へと続く道の角の店の、ガラス張りの見世棚に張りつくようにして、中を見ているようだった。
「もしかして、もしかしたら、何か手がかりを掴んだんじゃないっすか!?」
ジャックスが興奮したように言ったので、三人は色めき立った。走り出しながらアテナに呼びかけると、彼女もまた、手を振り返して応えた。
「……それで、どうしたの。何か分かった?」
アテナは、首を横に振って、少し恥ずかしげに言った。
「そこの人形、可愛いなって思って……」
人形、ヒカルがあらためて見世棚を見ると、そこには大小様々な人形が陳列されていた。手乗りの小さなクマやウサギから、人間の赤子程もある精巧なドールまで、多種多様、選り取り見取りである。アテナが指差したのは、両手分の大きさのトカゲのような爬虫類を模したものだった。
「なんだ、ただの人形……」
そう言いかけて、ヒカルは口を閉じた。アテナの目に、一瞬怒気が射し込んだからだ。そうだ、ヒカルにとっては調査に関係ないものでも、アテナにとっては心を揺り動かされたものだ。心ないことを言ってしまったと、ヒカルは悔いた。
「まぁまぁせっかくだし、ここでも聞き込みしようゼ」
「捜査のキホンは足っすもんね」
そんな調子で店に入っていく騎士団の二人組を追いかけて、ヒカルとアテナもその店に入った。まさか、アテナの小さな発見が、大きな成果につながるとは、誰も想像していなかったが。
閑古鳥の鳴く店には、若い女店主が一人だけ。来客を予期していなかったらしく、読書に没頭していた。もしもし、とジャックスが声をかける。
「うわっ、いらっしゃいませ……。って、騎士団の方でしたか。いかがしました?」
長い橙の髪の店主、メリアは、自分が腰かけていた椅子に躓きながら立ち上がった。ジャックスは、ヒカルからリボンを受け取り、見えやすいよう手の上に広げる。
「このリボンについて、何かご存知じゃないっすか?」
メリアは、驚いたように目を見開いた。
「あぁ、それ、私の人形のやつです! 探してたんですよ、どこにあったんですか?」
リボンの落とし主はこの女店主である、その事実を知った一行に緊張が走る。この女性が墓所に行ったことは間違いないようだ、ならば、事件を起こしたのは……。
表情が固まった一行を見たメリアは、何かを察したのか、店の階段を駆け上がる。騎士団員の制止も聞かずに、彼女は二階に上り、部屋に駆け込む音がした。
「仕方ない、追うゾ!!」
ガリエノが鋭く命じ、四人はメリアの元へ急いだ。
「ロロ、大変!! ロロが見たって言ってた二人が、騎士団員を連れて来た!!」
大きな物音に起こされた夜型のロロは、メリアの一言で完全に覚醒した。
「ちょっ、まさか私たちも消しにきたのか!?」
会話を交わす間にも、足音が、膨大な魔力とともに部屋に迫ってくる。その力を前に考えている暇はないと思ったロロは、自身の寝床から魔杖を引き出して、敵の来襲に備えた。




