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終末のアラカルト  作者: 大地凛
第一章・死霊編
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演武

 翌日、ヒカルは騎士団の詰所に向かった。黒魔術の強大さを、ショーンからさんざん聞かされていたので、自分たちだけでは敵に対抗できないと思い、オリバーが残していった二人の部下、ジャックスとガリエノの協力を仰ごうと思ったからである。


 しかし、詰所にいたのは、補佐官のハルシュタインだけだった。彼女に、例の二人はどこに行ったのかと聞くと、城下の巡回です。と端的に返された。やはり、この雰囲気は人を寄せつけないところがある。


「……騎士団のところには、何か情報は入ってきてますか?」


 ヒカルが恐る恐る尋ねてみたところ、ハルシュタインは明らかに不機嫌な様子で、紙の束を乱暴に机に叩きつけた。それが書類の角を揃えているのだと気がつくのに、数秒を要した。


「えぇ、毎日、嫌という程ね」


 ハルシュタインは疲れていた。噂を聞いた人々が詰所に押し寄せては、自分のことを守れだとか、どこの誰々が消えたとか、誰が怪しい、黒い煙が立ち上っている、果ては幽霊を見たと言う者まで現れたのだ。それらに対応していたために、彼女の精神は擦り切れかけていたのだ。


「所詮は噂なのよ。だいたい、黒魔術なんて今時誰が使うんだか」


「そんなに黒魔術って珍しいんですか」


 ハルシュタインは、また質問かと呆れたようなため息をついた。その深いため息に、ヒカルは後悔がどんどん積み重なっていくのを感じた。


「貴方、本当に何も知らないのね。いい? 黒魔術っていうのは外法なの。使用しているのを見つかれば、即刻処罰が下され、最悪死罪。自分の命とか身体の一部とかを代償にする必要があって、とぉっても非効率。はっきり言って莫迦よ、蒙昧よ」


「はぁ、馬鹿ですか……」


 これは相当な鬱憤が溜まっているな、とヒカルは思った。あまり彼女には話しかけずに、大人しくジャックスとガリエノの帰りを待とう、とヒカルは心に誓った。しかし、今度はハルシュタインの方から話しかけてきた。


「それより貴方、騎士団に入るつもりは本当にないの?」


 前にも答えたが、ヒカルにそのつもりはなかった。剣術をしていたとはいえ、自分の技術は師匠である老爺に到底及ばない。古稀を過ぎた老人にすら及ばぬ腕で、一体誰を守れるのか。そう答えたが、ハルシュタインは食い下がった。


「じゃあ、私が貴方の力量を見ます。庭に出てくれませんか」


 否定することを拒むような高圧的な語調にたじろいだヒカルは、自身の刀を持って、しぶしぶ庭に出た。



 上着を脱いで、髪を結い直したハルシュタインが、細く長い針のような剣を構えた。俗にいうところのレイピアに近い形状の剣は、装飾のない、実直な作りであった。真剣で切り合うのか、とヒカルは身構えた。この刀を抜いたのは、昨日の墓所でショーンに切りかかったのが最初であるから、上手く動ける保証はない。下手をしたら、怪我をする、或いは傷つけてしまうかもしれない。


「この刀を使うんですか?」


 ヒカルは、流血することを恐れながら尋ねた。ハルシュタインには、この少年が真剣を使ったとて、自分を傷つけることはないという自負があったが、変な気遣いがあっては、力量を見るという目的を達成できないと感じたため、側に転がる木刀を使うことを許した。


「安心して、私は突かないで剣で守るだけ。だから本気で来て頂戴」


 そういうことならば、とヒカルは木刀を握ってみた。少し柄が太いように感じたが、両手で握るための仕様なのだろう。片手で振るう分にも、支障ないと彼は判断した。


「分かりました。じゃあ、行かせてもらいます」


 ヒカルは、そう言って呼吸を整えた。目を瞑り、目の前の相手の気配に精神を集中させる。次に相手の剣の刀身、そして自分の刀の切っ先。そこから刀を伝って、自分の中に意識を戻す。勝ちの筋が見えたヒカルは、目を開けた。



 目の前にいたヒカルが消えたように感じたハルシュタインは、地面を蹴って身体をずらす。その直後、最初の立ち位置を木刀が掠めていく。その太刀筋は、彼女の剣が届かないであろう足元を割いていた。


 ハルシュタインが息つく暇もなく、ヒカルは次の攻撃に移る。頭を動かさずに、相手を視界に捉え続けながらも身体をひねり、柄の握りを隠す。突きか薙ぎか、一瞬の判断を相手に強要する構えだ。


 ガッ、と鈍い音がして、ハルシュタインはなんとか二分の一の賭けに勝利した。細剣は、彼女の胸元で木刀を受け止めていた。その突きの鋭さ、的確に急所を狙う技術と勝負勘、全てが抜きん出ている。これがもし真剣であったら……。そこに考えが及んだハルシュタインの背を、冷たい汗が伝う。


 この少年は、育ての親の老爺に何を教え込まれたというのだ。突きが駄目ならと、すぐに距離をとるや否や、木刀での剣撃に、高さの低い脚技や猫騙し紛いの音声を挟み込んで、間を作らずに攻撃をしかけてくる。演武の始まる前には攻撃はしないと言ったハルシュタインであったが、今や攻撃などはできず、防御で手一杯に変じていた。近頃の事務作業で勘が鈍っただとか、失踪事件で思考の鏡が曇っただとか、そんな生易しい理由で片づけられない差があった。


(剣術なんてとんでもない、礼儀作法もあったもんじゃない。相手を倒すことだけを考えた剣技……)


 ハルシュタインは、ヒカルの剣撃を、ある人物に重ね合わせていた。外面如菩薩内心如夜叉の剣士と聞いていたが……。


「や、止めっ!!」


 ハルシュタインの号令で、ようやくヒカルの動きは止まった。その切っ先は、明らかにハルシュタインの細剣をすり抜けて、喉笛を突く軌道に乗っていた。

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