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終末のアラカルト  作者: 大地凛
第一章・死霊編
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六芒星

「さっきはすみません。失踪事件に関係ある人かと思ったので」


 ヒカルは頭を丁寧に下げた。いきなり切りかかったことについては咎められるべきかもしれないが、状況が状況であるだけに、ショーンに責めることはできない。


「大丈夫だよ、僕もこそこそとしていて悪かった。それにしても、すごい刀だな。凄まじい気配がしたよ」


 背後から襲われたという事実よりも、刀が気になるというショーンの態度に、ヒカルは正直、おかしな人だと感じた。


「それで、ショーンさんは何か見つけたんですか?」


 アテナの問いかけに、ショーンが首を縦に振る。彼は、自分の目の前にある、一回り大きな墓石を手で示した。


「これが、失踪事件で行方不明になり、死亡した扱いとなった人々の墓石だ」


 失踪事件に巻き込まれて消えてしまった人々は、誰一人として帰ってきていない。彼らは慣例的に、死んだものとして扱われてきた。それはヒカルの故郷でも同じだったが、帰りを待ち続けてきたヒカルにとって、その慣習は認めることのできないものだった。幼いながらに老爺に初めて反発し、父母の墓参を拒んだことを、ヒカルはよく覚えていた。


「これがどうかしたんですか?」


 ショーンは屈み込んで、墓石の礎部を指差した。そこには、三角形を二つ、星型に組み合わせた、いわゆる六芒星が彫り込まれていた。そして、何やら細かい字が、その周りに刻みつけられている。硬い材質のためだろうか、判読不能である。


「読めない……、今の言葉じゃないですよね?」


「うん。多分、超古代の言葉だろう」


 因みに、彼らが日常生活で使用している言葉は、通称を世界言語といって、ワルハラを始めとした各国の創始者である古代の預言者たちが、彼らの用いた言葉を人々に広めたために、世界中の人々が分け隔てなく、お互いを理解できるようになったという伝承が伝わっているのだ。


「何でまた古代の言葉なんかで……?」


 アテナの問いかけに、ショーンは渋い顔をした。これは僕の口からは非常に言いづらいことなんだけれどもね、と前置きをして語り始めた。


「恐らくはね、こういう言葉は黒魔術の儀式に使われるんじゃないかと思うんだ。詳しくは知らないんだけど、外法の術式に使われる文字は、世界言語ではないらしいんだ」


 現在の魔法は、概して白魔術と呼ばれている。歴史の中で体系化されてきた白魔術に用いられるのは、その歴史を紡ぐ、世界言語である。それに対し黒魔術は、それ自体の強力な効果と、多大な代償のために、権利者たちからの弾圧を受けてきた。だからこそ、歴史という物語の本には記載されずに、古代の言葉で形作られていったのだろう、とショーンは説明した。


「まぁ、古代言語については少し勉強したことがあるから、ある程度は分かるんだけどね。…………あぁ、僕が黒魔術をやってるって訳じゃないから。何なら僕、魔法なんて使えないし」


「それで、一体何て書いてあるんですか?」


 ヒカルが覗き込むと、ショーンは文字を指でなぞりながら、それを読み上げていく。それらの文字は、人名であった。全部で三つあった名前は、いずれも失踪したと噂される人物だった。


「じゃあ、やっぱりこれって、失踪事件に黒魔術師が関わってるってことなんですね」


 アテナの推測はもっとものことであるが、黒髪の軍服は、そう判断するのは時期尚早だと考えていたようだ。何故、失踪事件、或いは誘拐事件を起こしたのか。何故、墓所に魔術儀式の痕跡を残したのか。何故、ワルハラが戦争への道を突き進んでいるこの時期に、事件を起こそうとしたのか。そもそもこの儀式の目的は何か。これらの謎の全てに説明がつくような、黒幕がいるはずである。それは黒魔術師かもしれないし、単なる悪戯なのかもしれない。もしかしたら敵国のシレヌムが密偵を放ち、ゲレインに混乱をもたらそうとしているのかもしれない。ただ、いずれにしても野放しにしてはおけない。



 三人は、その後も墓所を調査し続けたが、墓石に刻みつけられた古代文字以外の手がかりは、終に見つからなかった。足跡が残っていないかと屈み込んだアテナの頬を冷たい風が撫ぜて、夜が密かに忍び寄ってきていたことを伝えてきた。


「……もう、今日はこの位にしません? 暗くなったら何も見えなくなっちゃいそうですし、それに、黒魔術師が現れるかも……」


 アテナの心配は、他の二人も、そして王都中の人々も抱くものであった。死と隣合わせの状況において、人の自由が効かない夜の闇程恐ろしいものはない。ヒカルは、自分が暮らしていた町並みを思い出して、その恐怖を再認識した。


「そうだね、とりあえず今日は帰ろう。一人は危ないだろうから送るけど……。ヒカルくんは、ヨハンの家まででいいよね」


「はい、ありがとうございます」


 墓所に続く並木を、三人は逆行していく。すでに薄暗い空が木々によって遮られているのが、まるで幽霊の手が、そこにあるものを覆い尽くしていくように感じたヒカルは、身体が震えた。


「…………あれ?」


 不意にアテナが足を止めた。彼女は叢に何かが落ちているのを発見したようだ。果たしてそれは、小さな水色のリボンであった。


「こんなの、来た時にあったか?」


「うぅん……、あったら気づくはずだよ。だってこんなに暗くても分かるくらい明るい色なんだもん」


 ということは……、三人は顔を見合わせた。つまりは、ヒカルとアテナがこの墓所を訪れてから帰るまでの間に、誰かがこの墓所に来ていたということだ。それがもし、ヒカルたちが墓石を調べていたことに気づいて、慌てて逃げたということならば……。


「このリボンの落とし主が、この事件の犯人……!」


 太陽は、もう半分程が山の向こうに隠れてしまっていた。夜は、すぐそこまで、触れられる位置まで近づいてきていた。

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