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終末のアラカルト  作者: 大地凛
第五章・強欲編
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生贄の羊

 アテナの体に、膨大な魔力が流れ込んでくる。普通の人間ならば、許容量を遥かに超えるものだが、幸い彼女は特殊であった。流れ込むそのままに、戦うことすら可能である。


「だけど、ホントに大丈夫なんでしょうね。あの量、私だったら吐いてるわよ……」


「お医者様も大丈夫と言ってましたから。マナの循環もよくなっていいのでは?」


「そんな単純なことじゃないでしょ……」


 スカーレットは改めて、アテナという少女の特異性を見た。雪山に撃ち捨てられていたことももちろんだが、あの雪山のような龍に攻撃されても傷一つつかず、むしろ返り討ちにしてしまうという。未だかつて、そんな話は聞いたことがない。それもこれも全て、少女の膨大な魔力のためなのか。――そうではないと、直感している者も、何人もいる。


(まぁ、あなたがどれだけ上手くやるのか、見せてもらいたいわね……)



 膨大な魔力の高まりに、黄金の軍勢も何かしらの危険を感じたのか、焦ったかのような挙動でアテナを囲み始める。しかし、尚も慎重な動きである。アテナは左右に目を配りながら、機をうかがう。人垣が、いよいよ密度を増し、少女を食らい尽くさんと、足に力を込める。


「今ッ!! 守衛せよ(ディフェンシオ)遍く(ウビキトゥス)ッ!!」


 盾が光を放つと、それは瞬く間に壁に、砦に、城になった。彼女の中に入っていた溢れんばかりの魔力は、要塞の形に結実した。しかしそれは、彼女自身を守るものではない。あたかも、あらぬ罪のために服し、従っている民衆をかくまうかのように、それは攻撃者たちを取り囲んだ。


 困惑するのも束の間である。防壁は対抗術式を帯び、彼らを隔離した。そうして黄金像はその戸惑いの表情のままに、当たり前の像になっていた。最早それは動くはずのない、ただの彫像であった。


 そうして、朝の静寂を取り戻した道で、少女は一人、佇んでいた。



「え、何? 何が起きたの?」


 スカーレットが吃驚の声を漏らすのも無理はない。裁き人の傀儡は、その足を止めた。言葉にすればそれまでなのだが、しかし状況は複雑だ。


 能力とは、マナを複雑に織り込んでできる立体造形のようなものだ。最も単純なマナという点、それをつないでできる線が魔法であるとするならば、能力は魔法の織り込まれたファブリックだ。糸の集合が文様を描き出すかのように、能力は魔法の分限を超えた、意味のある結果をこの世に投影する。――当然、魔法を防ぐことのできる、例えば『守衛せよ』のような防御魔法では、防ぐことができるか否かは、ケースバイケースである。


 裁き人は、自身がつくり出した黄金像を動かし、裁きを行うのであるとするならば、そのつながりを遮断してしまえばいい。と、考えるのは簡単であるが、実際には不可能である。――少なくとも作り手は、そう踏んでいた。


「一体どうして、こうも早く破られるかねェ……。やはり知識欲とは大罪よなァ……」


 そうして、樹上から王都を観察していた裁き人、マモンは、憎々しげに呟いた。今まで接続されていた、一房の金の果実は、男の枝を離れて、落ちて、潰れた。それもこれも、全てあの男が悪いのだ。契約を破った、あの男が。


「はは、やはり術式は完成系だったのか……。少しでも希望を残すことができたなら……、本望だ」


 足元から聞こえる、か細い男の声に、マモンは目を細めた。そこにあったのは、芋虫のように転がされた錬金術師の姿だった。


 さもありなん、である。裁き人の作り出す金に対する対抗術式を練ったのは、このテオフレートであるのだから。肉の盾にもならぬ盗賊団が事切れてすぐ、テオフレートは裁き人の標的となった。無論、彼は死にはしなかった。裁き人の繰り出す、液状の金塊は、いくら男に当たっても浸潤せず。業を煮やした裁き人は、満身の力を能力で強化し、男の四肢をねじ切った、という訳である。


「だが……、まさか、生かされるとは思わなかった。裁きというものは、あ、案外忖度するものなんだな」


 傷口は、丸い断面を晒す。テオフレートは敢えて、その部分だけを術式の有効範囲から除外した。途端に、彼の出血は止まった。


「当然、お前には然るべき裁きを受けてもらおう。全てを被って、なァ……」


「――ッ!? まさか……」


 裁き人の悪辣さが、いよいよ増していく。最早この生存在は堕落した。高潔の、絶対の尺度ではない。目盛は歪み、自分を広く、相手を狭く取る都合の良さである。しかし、彼は彼として、のっぴきならない事情があった。自らの死という、最も避けるべき事象を間近にして、男は、運命軸に逆らおうとしていた。


「『強欲』の反対は何だか知っているか?」


「……『寛容』だな」


「じゃあ、儂も『寛容』になろうじゃないかァ……。お前は死一等を免じて、懲役で勘弁にしてやろう。慈悲深き裁き人に感謝して、働いて、……儂の代わりに死んで来い」


 生贄の羊として、男には四肢が与えられた。そして同時に、黄金の裁き人の権能の一部も。その巨大な外皮は、布一枚に収まるはずもなく。去来する黄金の波、息ができず、存在を書き換えられる苦しみの中で、錬金術師が一人、失われた。

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