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キャッチ&リリース

「体重が減るってことはさ」


 小早川はぽつりぽつりと言う。


「体の中の何かがなくなってるってことなんだよ」


「何かって何さ?」


「わからない。最初はただ、脂肪だけが減ってるのかと思ってた。でもさ、本当に脂肪なのかな?人間の体って脂肪だけでできてるわけじゃないだろ?肉だってあるし、内蔵だってあるし、骨なんか体重の12パーセントを占めてるらしいぞ」


 僕は小早川という人間を知っている。小早川はどちらかといえば勉強はできる方ではない。だから人間の骨の割合が全体重の12パーセントなんていう知識は、ここ最近調べたばかりなのだろう。


「小指だけなのかな?本当はもっと別の骨もなくなってるんじゃないのか?いや、骨だけじゃない。もしかしたら気づかないうちに内蔵だってなくなってるかもしれない」


「でも、病院で診察を受けたときは問題なかったんだろ?」


「いつの話してるんだよッ!」


 怒声を上げつつ、盛大にテーブルを小早川が叩いた。


「もう一週間も前のことだろ?その間にずいぶん体重が減っちまったんだよッ!このまま、このまま体重が減り続けたら、いつか消えてしまうんじゃないのか?」


 小早川のあまりの狼狽に戸惑いつつ、僕は計算してみた。


 小早川の呪い(?)はお金を拾った分だけ体重が減る。


 体重は1グラム10円単位で計算されていて、たとえ拾わなくてもお金が落ちていることを目撃すれば拾ったこととしてカウントされる。


 そしてここが重要なのだが、小早川は既に今朝12万8000円拾った。


 これが倍加した場合、明日には24万8000円になる。


 小早川の体重が現在65キログラム。24万8000円の10分の1は2万4800グラム、つまり24.800キログラムだから、これを引くと残りの体重は40.200キログラム。


 体重の約3分の1が失われるということか。そして次の日。49.600キログラムの体重が失われると、体重は完全になくなる。つまり――消える?


 ようやく何が起こっているのか、その真相に辿り着いた。


 だから、こんなにも怯えているのか?


「こんなの理不尽だろ?なんで俺がこんな目にあうんだ?」


 小早川はブツブツと不平を垂れるように言い続ける。


「最初はさ、誰か俺のことを恨んでる奴が呪いでもかけてんじゃないのかって思ったよ。でもさ、どう考えてもこんなことされるような謂れはないんだよ」


 それはどうなのだろうと、と僕は小早川の言葉を聞きつつ疑問に感じた。


 イジメの加害者は軽く小突いたつもりであっても、被害者側からしてみればただの暴力でしかない。加害者にどれほど罪の意識がないからといって、被害者でない限り甚振られた人間の気持ちなど到底理解できないだろう。


 だが、殺されたわけではあるまい、とも思う。


 仮に小早川が知らずしらずのうちに他人を傷つけたとしても、殺されるほどのことはしていないのだろう。もしもしていたら、とっくの昔に殺人罪として捕まっているはずだ。


 だから、割に合わない。だからこそ、呪いとはただの自然現象なのか?


「こんなことされるほど恨まれたことはないから、この呪いは自然現象だって言いたいのか?」


「ああ、そうだよ。だって俺、本当に人に恨まれる覚えなんてないんだぞ。いや、そりゃもちろん人に嫌われるようなことの一つや二つはやったかもしれないけどさ、そんなのは誰だってやってるだろ。俺に限った話か?」


 まあ、確かにそうだな。


 善行も裏返せば悪行になる。人のためと思った行動が実はマイナスになることもあるし、そもそも全人類から好かれている人間なんていやしない。人は必ず誰かに嫌われる生き物だ。


 だから、嫌われているかどうかが問題ではないのだ。なぜこんなことが起きているのか、その原因を知ることが重要なのだ。


「キッカケは?」


 僕は小早川に質問する。


「この呪いはいつから始まった?キッカケはあるのか?」


「キッカケは、先週の23日に500円を拾ったとき……」


「その前日は何も起きなかったのか?」


「その前日は……」


 小早川は両腕を組み、一週間以上前のことを思い出そうとした。


「その前日は、ランチをおごってもらった」


「ランチ?」


「ああ。なんか、今日はいいことがあったからランチをおごってやるよって、知らない人にランチをおごってもらったよ」


 小早川は一度言葉を出すと堰を切ったように語り始めた。


「そうだ。思い出した。あのとき、俺、いきつけのレストランにいたんだよ。そしたら頼んでもないのに500円ランチのステーキ定食が運ばれてきてさ、間違えてるよってウエイトレスに言ったんだよ。そしたらさ、あちらのお客様からですって、知らないおじさんがいたんだ」


 知らないおじさん、ねえ。


「よくおごられる気になったよな」


「断ろうと思ったよ。でもさ、そのときは腹も空いていたし、俺以外の客にもおごってるから気にしないでくれって言われてさ。それで、じゃあいいかって思って」


 おそらく、それは嘘だろうな。猿でもわかりそうなものだが、まさか飯をおごってもらうだけでこんな事態になるなんて誰が予想するか?


「ランチが500円か。で、その翌日からこのよくわからない呪いが始まったんだろ?」


「そうだよ」


「じゃあ、答えは簡単だ。お前も誰かにおごってやればいい。それがきっと呪いを他人に移す方法なんだろ」


「移す?」


「そうさ」


 僕は呪いの仕組みを説明した。


「きっとその知らないおっさんっていうのは、小早川同様呪われていたんだよ。で、最初は小銭を稼ぎつつも、このままだとやばいってことに気づいて誰かに移すことにしたんだ。それがたまたまお前だった」


「お、俺?」


「そうだよ。で、ここからは予想なんだけど、たぶん500円ランチっていうのはそのおっさんが拾った金額じゃないのか?自分が拾ったお金を全額自分以外の相手に使ってやれば、呪いは他人に移る」


「ほ、本当かよ」


「さあ」


「さあって何だよ!こっちは命がかかってんだぞ!」


「じゃあ、お前こそ真剣に思い出せよ」


 怒気を含んだ顔をしてこちらにつんのめってきた小早川を、僕は突き飛ばして座席に戻した。


「命がかかってんだろ?だったら本気で思いだせよ。他に心あたりはないのか?」


「な、ないよ」


「だったら、もう他に手はないだろ。お前は奢られたときに呪いを伝染させられた。このまま放置すればお前はきっとこの世から消滅するよ」


「そ、そんな」


 小早川は顔面蒼白になって、僕に懇願する。


「た、助けてくれよ」


 さて、どうしたものか。


 僕は小早川という人間とさほど仲良くない。学校という環境で賢く生きていく以上、仕方なしに仲良くしているだけだ。


 友達?ああ、友達だよ。だが、命を張って助けるほどではない。


 小早川がどうなろうとあまり興味がなかった。だが、呪いについては興味があった。


 お金と引き換えに体重が減る呪いか。


 一瞬、とても良いアイデアが脳裏にひらめいた。


 僕にとって大切な人間は妹だけだ。正直、それ以外の人間は死のうがどうなろうか構わない。


「いいぜ、助けてやっても」


 僕は小早川に語りかける。




    ※


「まず、今日拾った分のお金を全部使い切るんだよ」


 僕はネットカフェの通販サイトで、製菓品のコーナーを物色しながら小早川に言う。


「でも、12万円のお菓子なんてあるのか?」


「あるよ。輸入ものの高級チョコレートなら数万円はする。一つ2万円から3万円のお菓子を4つほど購入すれば、12万円になるだろ?」


「そ、そっか。そうだよな。でもさ、そのお菓子、どうするんだよ?」


 おそるおそるといった様子で言う小早川に、僕は反対に問いかける。


「どうすると思う?」


「いや、いい。聞かなかったことにしてくれ」


「ああ、僕もお前も共犯だ。でも、聞かない方がいいこともあるかもな」


 僕はゆっくりと小早川に言う。


「じゃあ、購入してくれ」


 僕は適当に高級チョコレートを12万円分だけ購入予約をすると、後の操作は全て小早川にやらせた。


 呪いを移すためには呪いで得たお金でおごる必要がある。だから、注文は小早川がやらないといけない。


「じゃあ、注文するぞ……注文した」


 小早川は注文ボタンをクリックした。たったそれだけのことなのに、ずいぶん疲れたような表情をしていた。


「でもさ、このチョコレート、どこに届けるんだ?」


「うん?ああ、駅前のコンビニ宛に送った。とりあえず、明日には届くだろ」


「そ、そんな!それじゃあ間に合わないだろ!」


「安心しろ。まだ一日ある。体重の3分の1がなくなっても死なないよ」


 ――たぶんな、と僕は心の中でそっと呟いた。




     ※



 翌日。僕は駅前のコンビニに向かって12万円分の価値がある高級チョコレートを受け取った。


 小早川がどうなったのか気になったので自宅に電話してみたが、電話に出たのはその母親だった。


 なんでも今朝突然リビングで倒れたらしく、これから病院に搬送するそうだ。


 本当はもっと切羽詰まった様子だったのだが、なにぶん興味がなかったので、それだけ聞くと「お大事に」とだけ告げて電話は切ってしまった。


 僕は高級チョコレートをもって家に帰った。玄関の扉を開けて居間にいくと、ここ最近体重が増えてブタみたいに肥えてしまった妹がいた。


「あ、お兄ちゃんおかえり~」


 妹は丸々と太った顔に愛らしい笑顔を浮かべながら、ゴロゴロとクーラーのよく効いた居間でテレビを見ている。


 僕は妹が大好きだ。どんな姿になってもこの妹が好きで愛してやまないだろう。


 他人について一切興味のない僕が唯一関心を示せるのは妹だけだ。だから僕は、妹がこのまま醜く太ってしまう姿に我慢できなかった。


 もちろん、太っていようが妹は妹だ。たとえブサイクであっても僕は妹を愛してあげる自信がある。だが、このまま太っていけばやがて健康を害してしまい、寿命を縮める結果を招きかねない。


 妹がいない人生なんて信じられなかった。だから僕は、


「ただいま」


 と妹に笑顔を向けながら挨拶しつつ、コンビニで受け取ったばかりの高級チョコレートを居間のテーブルの上においた。


「あれ?お兄ちゃん、それなに?」


「ああ、これか?夏休みに海外旅行にいってた友達がくれたお土産だよ。嬉しんだけど、僕、甘いのは苦手でさ。食べるか?」


「うん、食べる!」


 妹は脂肪のたっぷりついた手で梱包をとくと、とても美味しそうに高級チョコレートを食べ始めた。


 僕はそんな妹を微笑ましく見つめながら、一体何グラム痩せれば元の可愛い妹に戻るのか、夏休みの予定を考え始めていた。





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