06 魔法少女生活
魔法少女のチーム・ユーラルとしての活動が始まった。思ったよりも出動回数があり、同じチームメイトであるリゼ、浅黄、紫帆と共に現場に出向き、魔法少女に変身して闇を祓う。
しかし、理人は魔法少女以外の活動も大事にしてくれと強調する。だから、私達はその日、拠点に集まって期末試験に向けた勉強会をしていた。
「この問題は難しいよね。これはこうして解くと良いよ」
「ああ、なるほど」
私は分からない問題を理人から教わっていた。流石に高校生ということで、理人は私達が苦しんでいる問題を軽々と解くし、教え方も上手だった。
同級生の男の子と比べると大人だよな、と思う。初見からイケメンだとは思っていたが、そういう見た目だけの話ではない。良い意味で余裕を感じる。中学校の同級生なんて全く落ち着きがない。いつも何かに駆り立てられて暴れ回っているような気がする。
私に告白してきた先輩達だってそうだった。けれど、理人からはそういう雰囲気をまったく感じないんだ。
「リゼ、ここはどういうことなの?」
「ここはこうしてこうすれば簡単でしょ」
「何でそうなるのかが分からないんだよ~」
「ええ、本当に……?」
「むむ、ごめん。ちょっと理人~」
私達の中ではリゼは教える側に回るくらいの学力がある。しかし、教え方は上手くないらしい。ちょうど質問していた浅黄が、埒が明かなくなって理人に助けを求めてきた。
「理人、あのさ」
紫帆も理人に突撃してくる。そんな様子がおかしくって、私はついクスっと笑ってしまった。
◇
期末試験は、勉強会の効果もあったようで、手応え良く終えることができた。試験期間中は部活もできなかったので、バレー部で練習するのも久々だ。もっとも、最後の大会も近いから自主練はしていたけれど。
部活を終えて帰ろうとすると、紅一が教室に残っていた。
「あ、紅一」
「桜乃、部活は終わり?」
「うん。もう帰るとこ。紅一は?」
「ああ、俺ももう帰る。一緒に帰るか?」
「いいね。帰ろう」
紅一も成績が良い生徒だから、試験を終えて先生と話すことでもあったのだろうか。
帰り道は、私達だけではなく、方向が同じ生徒もチラホラ歩いていた。
「紅一も勉強会来れば良かったのに」
「ちょっと予定があったんだよ」
「お父さんの研究絡み?」
「ああ。父さんの研究仲間が色々と教えに来てくれてさ」
「じゃあ、紅一は紅一で勉強会だったんだね」
「そうなるな」
他愛のない会話。私と紅一はいつもこういう感じだ。
最近、理人と同級生を比べることもある。そういう意味では紅一も他の同級生よりは落ち着きがあると思う。
だけど、理人とはやっぱり違う。そんなことを考えていたその時、
「うわあああ!!」
突如、悲鳴が聞こえた。
振り返ると、下級生らしき男子生徒が、黒いオーラをまとった背の高い女の姿をした何かに掴みかかられていた。
「きゃあ、なに!」
周囲でも悲鳴が上がり始める。
「桜乃! 俺は皆に連絡する!」
「分かった! 相手は任せて!」
紅一はチーム・ユーラルの皆に連絡、私は魔法少女に変身して撃退。瞬時にそう判断して、私はユーラル・ハートに変身した。
「その子を離しなさい!」
右手に力を込めて背の高い女を殴りつける。すると、背中からも手が二本生えてきて、受け止められてしまった。
『邪魔、しないで』
背の高い女の後頭部に口が生じてその言葉を発した。
「喋った!?」
これまでに出会った魔物からは考えられないその行動に私は驚愕する。こんな魔物もいるのか。
『可愛い、可愛い、お人形さん』
背の高い女は男子生徒を両手で掴むと、持ち上げてしまった。
「い、痛い!! やめろぉ!!」
身体のあちこちを掴まれ、ひねられた男子生徒が悲鳴を上げる。魔法少女に変身している私の拳を抑え込んでいるほどの力だ。一般人が掴まれてただで済むわけがない!
「やめなさい!」
私は何とか背中から生えている腕を振りほどき、女の魔物に攻撃を加えようとした。しかし、この魔物は強い! 意に返さずに攻撃をいなされる! 早く助けないとあの子が!
「うおおおお!!」
紅一の声が響き、男子生徒を掴んでいる女の魔物の腕に体当たりした。
「こ、紅一!?」
なんて無茶を! 私はその光景に背筋が凍るような感覚を覚えた。
女の魔物はその勢いに気圧されたのか、男子生徒を掴んでいた手を外し、男子生徒が地面に落ちる。
『邪魔! だけどこれはこれでかっこいいお人形さん』
女の魔物はそう言うと、両手で紅一に掴みかかった。
「紅一!!」
私は焦って紅一と魔物の手の間に入り、障壁を展開した。ピンク色の魔法壁が私と背後にいる紅一を包む。
『新しいおもちゃ!』
女の魔物は面白そうに障壁を叩いたり掴んで握り締めたりした。信じられない力だ。男子生徒は痛みに身体を震わせながら這いずっているが、それで済んでいるのはこの魔物が遊んでいたからだろう。もし本気で危害を加えられていたらどうなっていたか! 私がこのまま押し負けて紅一が捕まったら!
「ハート、攻撃だ! 俺のことは構うな!」
「そんなこと、できないよ!!」
紅一は自分を勘定に入れない発言をする。どうしてそんなことを言うの!
「ハート!」
「!?」
聞こえてきたその声、理人の声だ! 紅一が連絡すると言っていたが、思ったより近くにいたらしく、この場に来てくれた!
理人との導き手連携を確立すると、身体にパワーがみなぎるのが分かった。この感覚は、何だか癖になりそう。
『あれ……?』
私が展開していた障壁が固くなったと感じたのか、女の魔物は不思議そうな声を上げる。
私はそのままピンク色の魔法力を解放し、大きさを増した障壁が女の魔物を消し去った。
「はぁっ、はぁっ」
息切れと共に汗が流れ落ち、背中がひんやりとする。
「ハート、大丈夫か?」
「こっちの台詞よ、紅一。無茶しないでよ……」
窮地を脱して力が抜けてしまい、私は紅一の顔を見ることができなかった。
◇
魔法少女連盟が後を引き継ぎ、攻撃を受けた男子生徒や、パニックを起こした通行人の後処理をしてくれた。彼らに魔物に襲われた記憶など残らないということだった。理人は現場に残り、連盟の担当者に状況説明をしてくれた。
私と紅一はそのまま帰路についた。
「今日のは、危なかった」
私はふと呟いた。
「そうだよな。俺が後ろにいたからって、防御を解除して攻撃しても良かったんだぜ」
「さっきも言ったけど、できないって、そんなこと! 私は良いけど、紅一が捕まってたらどうなってたか!」
「俺だって自分で身を守れるよ。桜乃こそ、自分は良いなんて言うな!」
「……」
話が平行線だ。紅一は、私が自分を勘定に入れていないと思ってでもいるのだろうか。正直、それは逆だ。普通に考えて、私が魔法少女の状態で魔物に攻撃を受けるのと紅一が喰らうのとでは意味が違う。
自分で身を守れるって言ったって、どうやって守るというの。
「強く、ならなくちゃ……」
紅一との会話が続かず、私はそんな言葉を口にした。
◇
紅一と別れ、家で夕食を終えた頃、理人から着信が来た。
「少し、話さないかい?」
それはそのまま通話という意味ではなく、理人は私を迎えに来てくれた。それも、なんと絨毯で空を飛んでだ!
「な、何なのこれ!?」
「魔法少女連盟の道具。まあ、魔法少女は自身の力で空を飛べるから、これは僕らのような非魔法少女用のアイテムだよ」
例によって認識阻害の力が込められているらしく、一般人に見られても認識されないし記憶にも残らないということだった。不思議な力が揃っているものだと思う。
「わぁ……!」
空から見る街の夜景は綺麗だった。魔法少女の訓練で空を飛んだことはあったが、こうして変身せずに空を飛ぶのはやっぱり感覚がまったく違った。
「今日の戦いは、怖かっただろう?」
「え? うん、そうね……」
魔物が怖かったわけではない。私自身が傷つくのに恐怖を覚えたわけでもない。ただ、身の回りの人、同じ学校の生徒や、紅一が危機に陥った事実が、たまらなく怖かった。
「もう、辞めても良いなんて言わないでよ、理人」
「いや、言わないさ。君の人となりはそれなりに分かってきているつもりだ。そんな体験をすれば、君はきっと皆をより一層守りたいと思うだろうからね」
「え……?」
「違ったかな?」
「ううん……」
理人には見透かさていたようだ。思った以上に魔法少女が必要とされる危機が、世界にはたくさんある。今日の出来事はその象徴だ。知ってしまった以上、見過ごすことなんてできない。
「強くなりたいかい?」
「っ……!!」
そう、私は強くなりたい。確かに芽生えたその気持ちを、私でない誰かが分かってくれていたのが、たまらなく嬉しかった。
「うん、私、強くなりたい!」
「そうか。僕は君を支持するよ。協力も惜しまない」
揺るぎなく暖かい声で理人は私にそう言った。理人は柔らかい笑顔で私に微笑みかけていた。
「ありがとう……」
そんな理人に、私も精一杯の笑顔と共に言葉を返した。




