47 生贄
謎の勢力によって倒されたネクロズガカの眷属の巨人は、眷属の中でも特に強い個体だったらしく、それ以外の眷属は倒すことができた魔法少女もいた。
私達チーム・ユーラルもその一つだ。
ネクロズガカの復活を阻止できず、巨人にも大敗して本当に皆の精神状態はボロボロだったが、少しずつ好転してきていた気がする。
しかし、ついにネクロズガカ本体が上空に現れた。この期に及んで、魔法少女連盟は私達に何の情報もくれない。
「一体、どうなっているのかな」
「分からない」
「依然として、眷属への対処しか司令が来ないからね」
私、理人、ユリールの言葉が続く。
「そういえば、結社アルコはどうしているのかな?」
「封印が解かれてから、特に何もしていないよね」
「魔法少女の次の手を待っているのかもしれないね」
紫帆、浅黄、リゼが言った。
確かに、結社に強化された魔物もほとんど見なくなった。それより強力なネクロズガカの眷属が出現してしまったので、私達の大変さはむしろ増加しているのだけれど。
◇
ある日、私は桃華先輩に呼ばれた。病室を訪れると、思いがけない姿を目にした。
「あっ、桃華先輩!?」
桃華先輩は変身が解けて、色のない部分がある状態から脱していた。自分の足で立ち、窓の外を見ているところだった。
「桜乃、いらっしゃい」
「良かった! 良くなったんですね!」
「あはは、ずっと動けてなかったから運動から開始しないとだけどね」
私は思わず駆け足で近寄り、桃華先輩に抱きついた。桃華先輩も抱き締め返してくれた。
「しかし、ついに現れたんだね、あれ」
「そうですね」
二人で窓から上空を見上げる。黒い塊としか言えないそれは、確かに何ともいえないおぞましさを持っている。
「魔法少女は、あれの眷属への対処で手一杯になっています」
「そうだろうね。ましてや、あの本体は魔法少女には勝てない相手って話だよ」
「えっ……」
「勝てなかったんだってさ。何度やってもね」
「そ、そんな……!」
「でも、何となく分かる。私も、模倣品を喰らっただけであのザマだったからさ」
桃華先輩は、ここしばらくずっと療養に追い込まれていたのだ。桃華先輩が変身する日本最強のグレイス・キルシェでさえ。
「なら、どうすれば良いんでしょうか」
「上層部から話は来てる。再封印しかないって」
「再封印?」
「うん」
桃華先輩は何故か悲しそうな顔をした。
「桜乃、ちょっとリハビリ付き合ってよ」
「え?」
「ユーラル・ハートがどこまで強くなったのか、見たくってさ」
「いいですけど」
桃華先輩の無理に作ったような笑顔が、私には何だか不安だった。
◇
理人と将さんと合流し、リハビリルームを兼ねた魔法少女のトレーニングルームに移動する。そこはアルティメットフォームの訓練もできる強度の部屋だったので、私も桃華先輩もアルティメットフォームにまで一気に変身した。
「ユーラル・ハートの姿を見るのも久しぶりね。ましてや、アルティメットフォームなんて」
桃華先輩が変身したグレイス・キルシェは軽い運動という感じでピンク色の光弾を放ってきた。
それは、病み上がりの魔法少女の威力とは思えなかった。
「うわっ! さ、流石はキルシェ先輩!」
私もキルシェ先輩の運動に付き合うように、ピンク色の魔法光弾を放つ。
「ははっ、ハートも凄いよ! まだ一年経ってないのに、アルティメットフォームになってるし、本当に凄い!」
キルシェ先輩はどこか嬉しそうに私の攻撃を捌く。
凄いとは言ってくれるけれど、やはりキルシェ先輩の足元にも及ばないと思う。ほぼ寝たきりで、やっと回復しての今だというのに、キルシェ先輩の攻撃の威力は少しも衰えているようには見えなかった。
「はぁぁっ!!」
キルシェ先輩はピンク色の光を帯びた拳を繰り出してきた。私もピンク色の光を帯びた腕で、それをガードする。
「ふふっ、いいね」
キルシェ先輩は笑みを浮かべ、そのまま変身を解除した。
「あっ」
私も釣られてそのまま変身を解除する。すると、桃華先輩が私の手を取ってきた。
「桜乃、前にも言ったかもしれないけど、今回で確信した。桜乃がいれば、後のことは大丈夫だね」
「えっ、後のことっていうのはどういう……?」
桃華先輩は将さんと顔を合わせた。二人の表情がどこか悲しそうだった。
「本当は言うべきじゃないんだと思う。秘密って言われているし。でも、桜乃には、これから起こることを、知っておいてほしいんだ」
桃華先輩はそう言うと、ネクロズガカの再封印について語り始めた。
その内容は信じられないものだった。
チーム・グレイスの魔法少女が、アルティメットフォームを維持したままネクロズガカの生贄になるということ。魔法少女達、すなわち桃華先輩達が色を吸われている間にネクロズガカを次元の遠い場所に追放する処置を取ること。
当然、ネクロズガカに捕まった桃華先輩達は助からないというのだ。
「そ、そんな馬鹿な話が!!」
「そうやってこれまでも、選ばれた魔法少女がネクロズガカを封印してきたんだって。今回選ばれたのは私達だったってことよ」
「桃華先輩、辛そうだったじゃないですか! 今度はそれを死ぬまで耐えないといけないんですよ! ダメです、行っちゃダメです先輩! 断ってください!」
私は桃華先輩にすがりついた。
「桜乃……」
「私は嫌です! 桃華先輩、逃げてくださいよ!!」
「……」
桃華先輩が私を抱き締めてくる。
「桜乃ならそう言うと思ったよ。でも、桜乃には全部見届けてほしい。そして、現代の最強の魔法少女になってほしい。そうなってくれたら、私は嬉しいな」
「桃華、先輩……!」
ああダメだ。正義感の強いこの人は止められない。行ってしまうんだ。
キルシェ先輩がネクロズガカの模倣品に捕まって苦しんでいる姿を映像で見てしまったリゼは激しく取り乱していた。そんな恐ろしく辛い目にあったはずなのに、桃華先輩はそれを受け入れてしまうんだ。なんて強い人なんだろう。
「頑張れ、桜乃! 私は、ずっと応援しているよ!」
桃華先輩はそう言うと、私の身体を離した。
私はそのまま取り乱すのを止められず、今度は理人に抱き締められた。
「理人も何か言ってよ! こんなの、間違ってる!」
理人の胸の中で慟哭する。しかし、理人は何も言わなかった。
桃華先輩と将さんは、そのままトレーニングルームを出ていった。
◇◇
慟哭する桜乃を置いて、桃華と将はトレーニングルームの外に出る。
「将、伝えちゃって、良かったのかな……?」
「どうしても、伝えたかったんだろ?」
「あはは……。桜乃には、全部知って背負ってほしかったんだよね。苦しめちゃったよね……」
「君はこれから世界に身を捧げるんだ。そのぐらいのわがまま、許されて当然だ」
「……」
「すまない、桃華。君はネクロズガカに捕まる恐ろしさを誰よりも知っているだろうに」
「怖いよ……。うん、怖い……。二度とあんな目になんて遭いたく……、ないよ……」
桃華の声に嗚咽が交じる。
そんな桃華を、将は強く抱き締めた。
「でもさ、別の誰かがあんな目に遭うのも嫌なんだ……! できるならチーム・グレイスの皆や将を巻き込まずに、私一人でやれたら……、良かったのに!!」
「強がらなくていい! 独りになんてしない! 俺はずっと一緒だ!」
「嬉しいけど、嬉しくない! 何なのよ、生贄って! どうしてそんなことしかできないの!」
桃華は将の胸の中で泣き始める。
現在の日本最強の魔法少女。強くあらねばと自分に課している彼女が見せたその弱さを、将は受け止め続けた。




