31 ボロボロの魔法少女
桃華先輩が敗れた。目を覚ました私は、告げられたその情報を信じられなかった。
リゼが結社No.2のダリヴァーから入手したという情報を聞いている最中も、どこか目の前の光景に現実感がない。夢の中にいるような感覚だ。
浅黄がネクロズガカの復活阻止という言葉を口にしたが、反応できなかった。思えば、桃華先輩もその怪物にずっと怯えていたのかもしれない。結社がやろうとしていることがヤバいとだけ、私には伝えてくれていたから。
「……」
疲労感が凄かった。初めてアルティメットフォームを成功させた高揚感は既になく、桃華先輩の身の方が心配だし、先のことも考えないといけない。けれど、頭が回らなかった。
気がつくと、時間が経過していた。どうやら眠ってしまったらしい。病室には、私以外もう誰もいなかった。リゼも浅黄も紫帆も治療は終わったのだろうか。
「桜乃さん」
「あ、将さん……」
病室を訪れたのはチーム・グレイスの導き手である将さんだった。
「桃華が、会いたがっている……」
「え……?」
「会ってあげて……、くれないか……?」
「……はい」
将さんの表情には悲痛さがあった。桃華先輩、そんなに悪いのだろうか。
まだ少しふらつくが、私は将さんに連れられて、桃華先輩の病室を訪ねた。大きめの個室だった。
「桃華……、先輩!?」
私は口に手を当てた。顔面から血の気が引く感覚がした。
桃華先輩は、変身が解けていない異様な状態だった。身体のあちこちに何かに巻き付かれたような痕があり、その箇所から、身体か魔法少女の衣装かを問わず、色のない部分が広がっていた。痕から離れるほど、ピンクが基調のいつものグレイス・キルシェの色が残っている。
桃華先輩はベッドの上で身体を起こす状態で、医師が機械を当てて何やらチェックをしているところだった。
「あ、桜乃……」
「ひ、酷い……!」
色が部分部分でなくなっている状態というのが、生命として不自然に見えて痛ましかった。目を背けたくなりそうだ。
来客があったのを確認してか、医師がチェックを中断し、桃華先輩が寝かされる。私はその隣に立ち、桃華先輩の手を握った。
「あ……はは、こっぴどくやられちゃったよ」
「先……輩……」
無理やり作ったとしか思えないその笑顔に、涙がこぼれた。辛いのは桃華先輩の方なのに、自分の感情が抑えられない。
「一体、何をされたんですか……?」
「ネクロズガカとかいう怪物の模倣品を使われたんだってさ……。本物はこれよりもっとヤバいとか言ってた……」
「そ、そんな……」
桃華先輩にそれをけしかけたのは、結社No.3のガーベラとのことだった。なんて陰湿なことを……!
「ごめんね……、負けちゃって……。皆を、不安にさせちゃったよね……」
「そんなこと、言わないでください……。なんでそんなになってまで他人を優先するんですか……」
きっとそれができたから桃華先輩は日本最強にまで上り詰めたんだ。力が強いだけじゃない、誰かの光となれるように振る舞ってきたんだ。
けれど、苦しかったはずだ、悔しかったはずだ。後輩にだって、少しは弱音を吐いてほしい。
そんなことを思っていると、入口から声がした。
「ち、ちょっと何ですか! 患者は絶対安静なので、勝手に入らないで!」
その看護師の声を無視するように、ドアが開かれた。
「はぁっ! はぁっ!」
「リゼ……」
扉を開けて現れたのはうちのチームのリゼだった。いつもの飄々とした表情が消え失せており、桃華先輩の隣にまでやってくる。
「桃華、先輩……」
「リゼ……、来てくれたの……?」
呼んではいないはずの少女の登場。それでも桃華先輩は優しく微笑みかけた。
「すいませんでした!!」
リゼは桃華先輩に対して頭を下げて謝罪の言葉を口にした。
「どうして、謝るの……?」
「あたしは色々間違えた!! そのせいで先輩がこんなことに!!」
リゼがダリヴァーをチーム・グレイスから引き剥がして、桃華先輩ことグレイス・キルシェがガーベラと戦うことになったと私も聞いている。ダリヴァーならここまでしなかっただろうから、リゼは余計なことをしてしまったと思っているのだろうか。
「良い、判断だったじゃん……。No.2は、本当に強かったから……。No.3に負けたのは、私の責任……」
「違うよ先輩! あたしが悪い!!」
拳を握り締めてリゼは自分を責める。
「リゼ……」
桃華先輩は身体をよじった。何かをしようとしている。さっきから見ていると、桃華先輩は、色がなくなっている部分に力が入らないのだと思う。
私はハッとし、先輩の腕を取った。私が代わりに、先輩がこういう時にやりそうなことをしようと。私は先輩の手をリゼの頭に乗せた。
「ありがと、桜乃……。うん、そうしたかったところ……」
「先……輩……」
本当に腕に力が入らないんだ。あの気高く強かった先輩の現実に、目頭が熱くなる。
「ぐすっ……。悔しいです、桃華先輩……。本当に、悔しい……!」
先輩の腕を掴んでリゼの頭を撫でさせながら、涙が溢れる。
リゼは、そんな先輩の手を私の手ごと握った。
「絶対、無駄にしません……! してたまるかっ!」
いつもマイペースなリゼらしからぬ剣幕でリゼはそう言う。そんなリゼを見て、私も桃華先輩とリゼの手を強く握り締めた。
しばらくの間そうした後、リゼは挨拶をして病室を出ていった。
「リゼ……」
「桜乃が……、思い詰めちゃうかと思って呼んだんだけど……、リゼもだったみたいだね……」
「あんなリゼ、初めて見ました……」
リゼを見送った後、桃華先輩を休ませなければと思い、私も戻ることにした。
「私も、絶対に仇取りますからね!」
桃華先輩の手を強く握り締めて言った。
◇◇
リゼと桜乃が退室していった後、部屋には医師と将が残されている。
「将。私……、頑張れって言えなかったよ……」
「ああ」
「正直……、これはヤバい……」
桃華は、自分の身体の色がなくなっている部分を見つめる。
「痛いとも違う……、何か……、私の魂のようなものがあって、それに直接吸い付かれているみたいだった……」
「……」
「めちゃくちゃ苦しかった……。もしもの時は、逃げろって言った方が……、良かったのかな……?」
「いいんだ、もう。後のことは心配するな」
将が桃華を抱き締める。
「ぐ……ぅぅぅぅ……」
後輩の前では我慢しきった桃華だったが、将の腕の中で涙を流した。




