03 青の魔法少女
土曜日。
学校は休みではあったが女子バレー部の試合があるので、俺は桜乃の応援のため、登校することにしていた。
制服に着替えて家を出ると、ちょうどジャージ姿の桜乃と同じタイミングだった。
「あ、紅一、おはよう」
「桜乃、おはよう。行くか」
「うん、行こう」
魔法少女の件でまだ返答はしていないようだったが、今日は純粋に応援するのみだ。
二人で校門をくぐると、俺は体育館に向かう桜乃を見送った。そのタイミングで、見知った男が話しかけてきた。
「おはよう、紅一」
「理人さん、来ていたんですね」
彼が来ているのだから、当然その横にはあの妖精、ユリールもいた。しかし、もう一人、俺の知らない他校の制服を着た女子生徒が一緒だ。
「おはよう、あなたが紅一? はじめまして、あたしはリゼ。よろしくね」
「え? あ、ああ、よろしく……お願いします?」
整った顔、制服を着ていてもどこか青を感じさせるその少女は、作り物のように美形だった。
「リゼは魔法少女ユーラル・アクアなんだよ」
「ついでに言っておくと留学生だ。日本語は通じるけどね」
ユリールと理人さんが続けて解説してくれた。
「本当は桜乃って娘にも挨拶したかったんだけど、これからバレー部の試合らしいからね。後にしようと思って」
「あれ、リゼさんって、その制服、もしかして桜乃の対戦相手の中学ですか?」
「そうだけど、紅一、敬語は要らないよ。あたし達、同級生!」
なるほど、リゼは物怖じしないタイプらしい。異論などなかったので、俺は素直に言葉遣いを変えることにした。
「分かった。リゼ、改めてよろしく。というか、日本語うまいね?」
「クォーターなの。おばあちゃんが日本人。だから何となく親近感があって言葉も勉強してたのよね」
俺達が英語の学習で苦労している中、この日本語のペラペラ具合は何なのだろうか。俺はリゼという少女の頭の良さを想像し、戦慄した。
「あたしは学校のバレー部の応援という体で来てる。理人はあたしの連れってことにして、ね」
「勝手に縁もゆかりも無い中学校の部活を見学するわけにもいかないからね」
「まあ、理人は二個上なだけだし、気軽にしててよ」
「は? 二個上なだけ!?」
嘘だろ、この大人びた雰囲気で二個上って正気か! 導き手をやっているとこんなに貫禄が出るのだろうか!
「勝手に大学生ぐらいだと思っていました……」
「いや、確かに上に見られることは多いんだけど、高校生なんだ。そう大したものではないからね、ホント」
理人さんは謙遜したが、俺が中1の時に中3が大人に見えたレベルではなく、理人さんは本当に大人びていた。
そんな雑談をしつつ、俺達は体育館に向かった。理人さんの爽やかな風貌や、リゼの日本人離れした美しさは生徒達の目を引いたようで、あちらこちらから視線を感じた。
「おい、紅一! その人達は?」
「バレー部の試合相手の学校のリゼと、その親戚」
「森谷といい、なんでお前の知り合いはそう美形が多いんだ!」
生徒達は特にリゼに興味津々のようだったが、リゼは相手にせず、そのまま体育館に向かった。
「あれ、リゼ! 何でここにいるの!?」
「やっほー! 応援来たよ~」
「え、本当に!」
「リゼ先輩だ!」
体育館の中にいた桜乃の対戦相手校の生徒達がリゼに群がってきた。どうやら、向こうの学校でもリゼは人気者らしい。
「紅一、あれ、理人さんとユリールも!」
「やあ、桜乃。応援と言いたいところだけど、今日はあの娘の付き添いでね」
「あの娘?」
桜乃は生徒達に囲まれているリゼを見た。
「後で挨拶させてもらうよ。試合では僕達のことは気にしないで」
「は、はい!」
理人さんと軽く言葉をかわすと、桜乃はバレー部の輪の中に戻っていった。
「お前は口数少ないんだな、ユリール」
「ボクは普通の生徒達には認識されていないけど、そんな中でボクと桜乃が話していたら回りが混乱するだろ?」
「なるほど、そういうことか」
「まあ、君みたいな特異体質が他にもいたらそれも困るんだけど、そうそうあることではないから」
俺は体育館のギャラリーに上がり、応援する体制に入った。試合を見学する生徒達もチラホラいるが、そう多くはない。流れ的にリゼ達も隣で応援することになった。
「桜乃、ナイスー!」
見事なレシーブを見せてチームを鼓舞した桜乃に俺は声を張り上げた。
「ドンマイ、切り替えてこー!!」
一方のリゼは、強烈なスパイクを拾われて得点を逃した知人に声を張り上げている。
第1セットは桜乃達が取り、インターバル中に打ち合わせと水分補給が行われている。桜乃もタオルで汗を拭きながらドリンクを飲んでいた。
「桜乃先輩、ナイスでした!」
「桜乃、良かったよ!」
チームメイトからも声をかけられている。
「本当に、あいつも皆の中心って感じするよな」
桜乃は仲間からの信頼も厚い。真面目に3年間バレーボールと向き合ってきた結果だ。
「可愛い娘じゃない、桜乃。幼馴染なんだっけ?」
「いや、幼馴染というほど長い付き合いじゃないよ。あいつが引っ越してきたのは小学校3年の時だから」
「ん~? あたしの日本語の理解が間違ってるのかな。十分に幼馴染と言えるような気がするけど?」
「そうか? もっと幼い頃から一緒にいて初めてその言葉が成り立つ気はするけどね」
「そうなんだ。日本語ってやっぱり難しいね」
いやいや、そんな言葉一つの定義の議論ができる辺り、凄いことだと思ってしまう。
それにしても、隣でリゼにさえ可愛いなんて言葉を出されてしまうものだから、俺も改めて意識してしまう。真剣な表情で顧問の話を聞いている今の桜乃には関係ないが、俺は改めて桜乃に見惚れてしまった。
◇
試合はそのまま桜乃達の勝利に終わった。
「外で待とうか?」
理人さんが俺達に言った。バレー部はもう少し試合後の片付け等があるだろうから、桜乃とリゼの対面はその後でということになった。
「いやー、惜しかった! 悔しい!」
外に出てもリゼは母校が負けたことが悔しいようで、その話を続けていた。
さらにはリゼ側のバレー部の面々が体育館から出てきたので、リゼはその輪の中に突撃していった。
「リゼ、人気者なんだなぁ」
「あれで魔法少女の活動ももう少し頑張ってくれればね」
ユリールと理人さんがそんな言葉を口にした。
「魔法少女の活動に乗り気じゃないんですか?」
「いや、そうとも言えない。言い方が難しいんだけど、諦めが早いんだよ」
「戦況を見て判断しているとも言えるけど、ボクから見ても粘りが足りないから、魔法少女としていまいち伸びがなくてね」
「へぇ……」
あれだけ生徒達に慕われるんなら、正義感は強そうだとは思う。粘りが足りないとはどういう状況なのか、見たことのない俺には分からないけれど。
「っ……!?」
俺はふと、その気配に気づいた。方向にしたら、体育館の裏あたりか。急に邪気というか、闇の何かを感じた。
ユリールも理人さんも気づいていないようだ。なら、闇に敏感な俺だから気づけたということなのだろうか。
気づいた理由を問われるのも嫌だったので、俺はそっとユリールと理人さんから離れ、体育館の裏へ向かうことにした。
「紅一……?」
リゼが俺の動きを見ていたことに、その時の俺は気が付かなかった。
◇
体育館の裏に行くと、確かに邪気はあった。ドス黒い怨念が渦巻いていた。
「マジかよ、なんでこう立て続けに……」
原因は分からない。中学校の体育館裏に溜まった邪気が活性化したのなら、過去にここでイジメでもあって、その念が蓄積されていたという線もあるかもしれない。
「何だ、何を見ているんだ?」
ふと、俺の様子に気づいた先生の一人が体育館裏にやってきた。
「な、何だあれは!?」
先生が叫ぶと、その邪気はこちらを向いたような挙動を取り、大きさを増した。
段々と騒ぎが大きくなり、生徒達も野次馬のように見に来るようになってしまった。見られている人数の増加に伴い、その邪気も大きくなっていく。
これは、まずいな……。
もう完全に魔法少女案件だ。前回と違ってリゼや理人さんがいるから確実に対応してもらえるだろうが、被害が出る前に何とかしないと。
そんなことを思っているうちに、その邪気、いや既に魔物と呼べる存在となったそれは、俺達の方へ飛びかかってきた。
「うわっ!」
俺は思わず叫んだが、最初に様子を見に来た先生が割って入り、代わりに押し倒されてしまった。
「おい、早く逃げろ!」
先生がそう言った瞬間、魔物は先生の顔を掴んだ。
「むぐぐ……!!」
まずい、あれは精気を吸われている! そう思った俺は魔物に体当たりをした。何とか先生の顔からその腕を引き剥がそうとする。と、同時に
「何やってんだ、早く逃げろ!!」
回りの生徒達にそう叫んだ。
すると、魔物は自身を分裂させ、周囲の生徒達も襲い始めた。難を逃れた生徒は叫びながら逃げ、一部の生徒は先生と同様に押し倒されて身体の一部を掴まれている。掴まれた生徒の悲鳴が上がる。
「くそ、リゼ達、何やってんだ、早く気づけ!」
周囲で生徒達が攻撃され、目の前で先生もやられている。早くしないと命に関わるだけに、俺は焦った。
しかし、次の瞬間、目の前の魔物が吹っ飛んだ。周囲に青い残光が舞っている。
先生から魔物を引き剥がしたのは、青を基調とした衣装をまとい、青い髪を風に揺らす魔法少女、ユーラル・アクアだった。
「遅いぞ!」
「ごめん、紅一。まさかこんなことになっているなんて」
理人さんとユリールも慌てた様子で駆け寄ってきて、まず俺の目の前の先生を引きずって魔物から遠ざけた。
先生は泡を吹いている様子だ。理人さんが先生の胸に手を当てる。無事を確認しているようだ。
「大丈夫、命に別状はない」
「なら、他の子達も助けないとね!」
ユーラル・アクアは身体を青く発光させ、生徒達を拘束している魔物を次々と吹き飛ばした。そして、華麗な動きで生徒達を理人さんとユリールの元へ移動させた。
生徒達も無事だった。しかし、ユーラル・アクアに吹っ飛ばされた魔物達は再度一つになり、ユーラル・アクアの方を向いた。
「げ……、魔物タフじゃん。どうしよ……」
ユーラル・アクアはそんな言葉を口にした。




