02 ちゃんと考えろ
「魔法少女の活動は秘密なんだ。見られても普通の人間なら簡単に認識できない。そういう力を働かせている」
猫のような姿をした妖精、ユリールがそう言いながら俺と桜乃の前でフワフワと浮かんでいる。
「そして、関係者以外に認識されたら記憶を消すのが通例だったんだけどね」
ユリールはため息をつきながら俺を見た。
「紅一だったね? 君は特異体質のようで、術が効かないらしい」
「何を言っているのかさっぱり分からん! お前は一体なんなんだ!」
俺は一般人が初めて妖精を見たような振りをしてユリールに答えた。
「さっきも言っただろう? ボクはユリール。魔法少女のチーム・ユーラルを担当する妖精さ」
「そして、私がその魔法少女っていうのになったってことなの?」
「ああ、そういうこと。魔法少女としての君の名前はユーラル・ハート。チーム・ユーラルの4人目の魔法少女だ」
ユリールが桜乃の目を見ながら言った。
「これから桜乃を魔法少女として歓迎すると共に色々と説明しようと思ったんだけどね。君をどうしようか困っている」
ユリールが俺を見た。
「だったら紅一も来てよ! 一人で急に魔法少女だなんて言われても困っちゃうもの!」
「俺は良いけど……」
ここで桜乃を一人にする選択肢はないだろう。俺が闇の勢力の末裔だということを知られるような墓穴を掘らないようにして、ついていくべきだ。
「ふぅ、分かった。魔法少女は魔法少女だけで活動しているわけじゃない。サポートをしてくれている非能力者も多いからね。多くは紅一と同じような特異体質だよ」
「良かった! 紅一が一緒に来てくれるなら心強いわ!」
桜乃は笑顔で言った。
彼女の挙動からは、魔法少女などという得体の知れない存在と関わった恐怖などは感じられない。おそらく、魔法少女に変身して戦った時の高揚感が勝っているのだ。
よくできたシステムだと思う。そうやって好奇心を煽り、魔法少女に染まらせていくのだ。
◇
俺と桜乃は、ユリールに案内され、ある一軒家に到着した。道中、すれ違う人も多かったが、ユリールを認識できないようで、これが魔法少女の活動を認識できないようにする仕組みなのだと理解できた。
ユリールが小さい手でインターホンを押すと、中から反応があった。
「理人、連れてきたよ」
「無茶はしなかっただろうね?」
インターホンからは男性の声が聞こえた。しばらくすると扉が開かれ、中から背の高い男が現れた。俺達より明らかに歳上で、大人びている。
「いらっしゃい、森谷桜乃さんと奈雲紅一君だね。話は聞いている」
「こ、こんにちは」
思わぬ美形青年の登場に気圧されたのか、桜乃は慌てたような声を出した。
「僕は神崎理人。よろしくね。さあ、入ってくれ。歓迎するよ」
理人さんはそう言うと、俺達を招き入れた。
「あ、あれ? この家ってこんなに広かった?」
「いや、そんなはずはなかった」
桜乃に俺が反応する。家の内部は、明らかに外から見るより広いのだ。
「空間を捻じ曲げているんだ。まあ、魔法少女の活動拠点だからね。訓練なんかもできるようになっているのさ」
ユリールが得意気な顔をして言った。
俺達は居間に案内され、目の前にお茶の入ったカップが用意された。
「さて、どこから始めようか」
「まずは理人の役割を説明しようか?」
「そうか、それが良いかもね」
「理人は魔法少女の導き手なんだ。」
「導き手?」
「魔法少女はさっきみたいに闇を祓うことができる、それはそれは強い存在だ。だけど、闇もまた強い。さっきの奴とは比べものにならない魔物もいる。そういう時、魔法少女は導き手から魔法力を供給してもらいながら戦うのさ」
「供給?」
「桜乃、変身してみなよ。体感してみるのが一番さ」
「う、うん……」
桜乃はそう言うと、先ほどと同じように魔法少女に変身した。
「手を貸してごらん」
「は、はい……」
理人さんがユーラル・ハートの手を取ると、白い光が発生し、ユーラル・ハートの方に流れ込んだ。流れ込んだ光はユーラル・ハートのモチーフでもあるピンク色に輝く。
「な、なるほど」
「パワーがみなぎるのが分かるだろう? 理人達導き手はこれを訓練して、本当の強敵と戦う時に助けてくれる存在なんだ」
その現象を確認すると、ユーラル・ハートは変身を解除し、桜乃の姿に戻った。
「強敵ってのはなんなんだよ?」
話を聞いているばかりだった俺が口を挟んだ。
「普通でない強さにまで成長してしまう魔物もいるんだよ。そういう存在と戦うために、これまでに魔法少女が培ってきたノウハウさ」
「だったら、そんなヤバい強敵と桜乃が戦わないといけないってことか? 何のために?」
桜乃が魔法少女として戦う前提の会話に苛つき、俺は言葉をぶつけた。
「正直、桜乃のことは前から知っていたんだ。ボクらには魔法少女の才能を感じ取れるからね。桜乃には現役最強の魔法少女になれる素質があるといっても過言ではない」
「そ、そうなんだ……」
ユリールに桜乃が反応する。確かに、何の説明もなく初陣で魔物退治ができてしまう辺りに、その片鱗は現れているのだろう。
「魔法少女は闇を祓うのが仕事。だから、今日みたいに魔物が発生したら、チーム・ユーラルとして出動して祓うのが仕事だよ」
「ただ、もちろん君の意思が尊重されるべきだ。魔物退治をしてみたとはいえ、魔法少女になることを強制する権限は僕たちにはない」
理人さんが桜乃を真っ直ぐに見て言った。
「ボクとしては、助けてくれるとありがたいんだけどね。それだけの才能、眠らせておくのは勿体ない。桜乃だって、ユーラル・ハートとして力を行使するのは爽快だっただろう? 紅一を助けることだってできたし」
「少し黙って! 桜乃、妖精の価値観はあくまで魔法少女を編成する上での最適化なんだ。君がやりたくないのであればやらなくて良い」
「は、はい……」
理人さんが桜乃の両肩に手を置いて真剣な顔をしている。
これは、本心だろう。分かっている。そういう考え方ができる者を、魔法少女の身になって考えられる者を導き手に選ぶのだ、魔法少女のシステムは。桜乃がやらないと言っても、あるいは途中で辞めたいと言っても、理人さんは受け入れるだろう。
「俺もそう思うぜ。桜乃が危険な活動をする理由なんてこれっぽっちもないんだからな」
「……」
俺の言葉に桜乃は反応しない。
そうだろうと思う。俺は男だし、魔法少女のプロセスを経験できないから分からないが、解放感があるらしい。ましてや、俺という同級生のピンチを助けてしまった成功体験もあるのだ。そうなるように、ユリールが動いた結果だ。
「今日決めなくても良い。君の元々の生活もあるだろう? 部活とかはやっているのかい?」
「私はバレー部です」
「ならそれに集中したって良いんだ」
「は、はい……」
「今日の所はここまでで十分だ。二人とも、送ってあげよう」
理人さんはそう言うと立ち上がり、外に出る準備をした。
◇
すっかり暗くなった夜道を、3人と1匹で歩いた。俺と桜乃の家がある近くの横断歩道まで移動する。
「ここで大丈夫です」
「桜乃、良い返事を待って……むぐぐ……」
ユリールが喋ろうとしたのを理人さんが口を抑え込んだ。ユリールは目的に忠実なようだ。
会釈をして、俺と桜乃は歩き出した。道を曲がる前に振り返ると、理人さんはまだそこにいて、笑顔で手を振ってくれた。
「桜乃」
「ん?」
「今日は助けてもらったけど、俺は守ってもらわなくったって大丈夫だよ」
「……」
一応、俺も抵抗のため桜乃を魔法少女から遠ざける言葉を投げかけてみる。
けれど、桜乃はこちらを振り向かず、神妙な顔つきをしていた。
これは、ダメだな。もう決めてしまっている……
「だけど」
「え?」
「桜乃がやりたいって言うのなら、応援する……」
「っ……!?」
桜乃はぱっと笑顔になり、こちらを振り向いた。
理人さんはああ言ってくれたが、彼もまた魔法少女の勧誘システムの一部なのだ。ああいう言葉をかけてくれる導き手の想いに応えたい、そう気持ちが誘導されるようになっている。
嫌なシステムだ。俺は心底そう思った。
俺が同意してしまうのが正しいことだったのか、正直分からない。けれど、結果を変えられないならせめて桜乃の気持ちを後押ししてやりたかった。
「紅一、ありがと」
「けど、ちゃんと考えろよ」
「うん、分かった」




