10 膨らみゆく想い
桃華先輩と話した後、私は理人とユリールと合流した。導き手も魔法少女とは別の時間に合同訓練をしているのは知っていたが、今から行うのは理人の自主練らしい。
人にはやり過ぎるなと言っておきながら、自分だって随分とやってたんじゃん……。
私はつい膨れっ面になってしまった。
すっかり人のいなくなった小さな公園で、理人は座禅を組んで何やら集中を始めた。魔法少女の魔力のように、直接感じることも色となって見えるようになることもない。ただ、ユリールが何かの宝石を周囲にばら撒いていた。
「じゃあ、始めるよ」
「ああ」
ユリールの言葉に理人が答える。ユリールが手に持っている道具を操作すると、ばら撒いた宝石の一つが発光した。理人は目を閉じたまま、そちらに手を向ける。
その行動には覚えがあった。導き手連携をする時、ああして私達はパワーを貰うのだ。その訓練の一つのようだった。
「こんな訓練もやるんだね」
「合同訓練ではもっと基礎的なことをやるから、こういう自主練も必要なんだよ」
ユリールが説明してくれた。
徐々に理人が汗をかき始め、呼吸が荒くなっていくのが分かった。疲れるトレーニングらしい。
「インターバルを置こうか」
ユリールが言うと、理人は姿勢を崩して息を整えようとした。
その様子に、私は持ってきたスポーツドリンクを理人に渡しに行った。
「お疲れ様」
「桜乃? ああ、ありがとう」
「魔法少女の訓練にも参加しているのに、こんなに自分でもやってたんだね。ごめん、知らなかった」
「知らなくて良いんだよ、本当は。僕ら導き手は裏方に近いからね」
「むー、そういう言い方する? 同じチームなのに!」
私はむくれて理人に言い返した。
「桜乃は君自身の成長に集中してほしい。ただ、それだけじゃアルティメットフォームには届かないから僕も頑張らないといけないけどね」
「だったら尚更一緒に頑張ろうよ。何か、手伝えることはない?」
「ユーラル・ハートに変身して、道具でやってるこのトレーニングを実践形式にしたりはできるよ」
「おい、ユリール!」
「その方が効率的なのは間違いないじゃないか」
「チーム全体で見たら魔法少女のオーバートレーニングになるから効率的じゃない!」
ユリールの提案に私は目が輝き、早速準備をしようとした。
「もう! ユリールが余計なことを言うから桜乃がその気になったじゃないか!」
「だって、やってみたいよ!」
「さーくーの!」
「わっ……!」
理人は私の目の前に来て、頭に手を置いた。思ったより大きなその手から頭に伝わる感覚が、何だかこそばゆかった。
「さっきも言ったけど、桜乃がオーバートレーニングになる! ダメだ!」
「でも、いいじゃない! 一回だけ! 今回だけだから!」
「ええ~?」
私は両手を合わせてお願いした。
「理人、桜乃もこう言っているんだから今日は折れてあげなよ」
「はぁぁ……。本当に今回だけだぞ」
「やったー! ありがと!」
私は頭の上に乗っていた理人の右手を両手で掴んだ。
早速ユーラル・ハートに変身し、理人の前に立つ。
「さっきユリールが宝石でやってたみたいに、あちこちに移動すれば良いのかな?」
「そう。ハートはパワーを受け取ったら次の場所に移動するのを繰り返してくれ」
「オッケー!」
早速、私はユリールがやっていたように移動を繰り返した。私が移動した場所を、理人はどういう理屈か目を閉じたまま当ててパワーを供給した。
いつもの実戦と比べると、少しのパワーを一瞬だけ貰うのを繰り返す。何やらリズムに乗っていて楽しい。なんとなく、理人からのパワーが身体に入っていく感覚がいつも以上に心地よかった。
しばらく続けると、理人が疲労した様子を見せ、またインターバルを挟むことにした。
「なるほど、あの宝石を使って指示をするより私が飛び回る方が効率は良さそうだね」
「だろ? 素直に魔法少女と一緒にトレーニングすれば良いとボクは思ってるよ」
「魔法少女連盟のガイドブックを見ていないのか、ユリールは? 変身して飛び回れば消耗するから合同トレは非推奨だと書いてあるじゃないか!」
「そんな何の根拠でまとまったのか分からない情報より、ボクは自分の感覚を信じるね!」
「あ、あはは……」
理人とユリールがたまにするこういう言い合いも、今となっては何だか楽しい。
「ところで、これは離れた位置にいる魔法少女にパワーを送る訓練なの?」
「そう。それができないと話にならない」
「導き手が前線に出て直接魔法少女に触れるわけにもいかないからね」
「なるほど」
「直接接触だと伝達効率だけは高いよ。やってみる?」
「お、おい、ユリール!」
「へ~。そういえば最初の説明は手に直接触れてだったよね?」
「最大効率は抱き締めながらやることだから、理人、ハートの前に……」
「ぶっ!!」
ユリールが言い切らない前に、私はむせて咳込んでしまった。理人は右手で頭を抑えて天を仰いでいる。
「何だよ、二人とも? そりゃ戦闘中にそんなことをしている余裕はないけど、今はただの訓練なんだから問題ないだろ」
「ダメに決まっているだろ……」
「んー、男女だからとか、そういうこと? 人間の感覚ってのは分からないねぇ」
「もう人間と組んで長いんだから、理解できなくてもせめて知ってくれ!」
そこまで言うと、理人は私の手を取った。抱き締めてくるようなことはなかったが、あんなことを言われた後に理人に接近してしまったものだから、身体が反応してしまう。
理人からパワーは流れ込んできたが、その感覚はいつも通りだった。
「いつも通りだと思っただろう? 今の理人の能力なら、手を繋ぐぐらいじゃあ違いは出ないよ」
「はぁぁ……。ハート、すまないね、ユリールが余計なことを言って」
「う、ううん! 私こそよく知らずにごめんね!」
理人は私から少し距離を取った。
「で、でも、じゃあ、最初は誰かを抱き締めながら導き手してたの?」
「だから、そんなわけないだろ!」
理人は珍しく、ムキになって答えたような気がする。心なしか、頬が染まっているような気もする。
二個上なだけとは思えない大人びた彼が初めて見せたその可愛らしさに、胸の中で何かがつっかえるような感覚を覚えた。
「あ……。ご、ごめんね! 私、追加の飲み物買ってくるね!」
私は変身を解き、早歩きにその場を離れた。
◇
「はぁ……」
自販機から飲み物を回収し、歩き始めた私はため息をついた。
「どうしちゃったんだろ私。なんか変……」
先ほどの理人とのやり取りを思い出しながら、私は自分の異変を考える。
男の人と話すことは苦手ではないはずだ。小学校の頃から紅一と散々遊んできたし、それ以外の男子生徒とだって割と話す方だったし、さっき私が理人にしてしまった反応は初めてだった。
すると、ふと距離のある場所に運動着姿の男女がいるのが見えた。魔法少女関連以外にも部活の合宿で来ている学生がいるようだったから、その関係だろうか。
「好きです! 付き合ってください!」
なんと、それは告白だった。私は思わず飲み物を落としそうになったが、何とかこらえてその場を離れようとした。
び、びっくりした……。魔法少女の合宿で来ていたはずなのに、あんな現場を見てしまうとは……。
けれど、よく考えると若い男女が集まる夏のイベントだ。ああいうことも起こるのだろうか。
「好きです、付き合ってください、かぁ……」
そう言われたことはある。同級生にも言われたし、一つ上の先輩にも似たようなことを言われた。
正直、そう言われても困る、というのが感想だった。だって、どの人も大して知らない人だったのだもの。
紅一にも相談したし、どれも断ったのだけれど。さっきの女子生徒はああいう言われ方をしてどう答えるのだろうか。好奇心でふと振り返ると、
「あっ!」
男子生徒が女子生徒を抱き締めていた。女子生徒も男子生徒の背中に手を回していたから、無理やりそうしていたわけではない。
「OKしたんだ……」
私との違いは何なのだろう。あの男子生徒は知らない人ではなかったということだろうか? 同じ色の運動着を着ていたから、同じ部活の十分に知っていた人ということだろうか。その場合、気持ちは揺れるの……?
目を離せずにいたら、男子生徒の腕が女子生徒の背中で一層交差する。思い切り抱き締められている。さっき、ユリールが変な事を言ったから、ついあの男子生徒と女子生徒が理人と私に置き換わった状況を想像してしまった。
「っ……!?」
私はたまらず、踵を返して駆け出した。
理人は知らない人ではない。同年代と比べると異様に大人で、新しいものを見せてくれるし、私自身の知らなかった事を引き出してくれる。
さっき、ユリールが言ったように密着してのパワー供給を実際に試していたら?
私に告白してきたのが見知らぬ異性ではなく、例えば理人だったら……?
「……」
私は頭が混乱し、さらに思い切り駆け出した。




