第99話 ただでさえ忙しいのに、サークルまで?
「変な人?」
エリルは椅子に座ったまま、キュルに顔を向ける。
「うん。キツキを見てた」
「キツキを?」
キュルは少し考えるように間を置いた。
「ずっと、キツキがいなくなるまで」
「……いつ?」
「この前」
エリルがもう少し聞くと、相手は男の上級生で、背は高かったらしい。
「前に、レニアの近くにもいた人」
そこまで聞いて、エリルには1人思い当たった。
「セドリックのことかな」
最近、セドリックがキツキのことを調べているらしいことは知っている。
何をどこまで調べたのかまでは分からないが、彼がレニアに強い関心を持っていることを考えれば、その近くにいるキツキが気になるのも不思議ではなかった。
そのうえ、キツキには過去の情報がほとんどない。エリルも散々調べたが、出てきたのは空白ばかりだった。セドリックも、調べればそのうち同じ気分を味わうだろう。
「なにかしてた?」
キュルは首を横に振った。
「見てただけ。けど、危ないと思う」
エリルはキュルを見る。
「目が嫌だった」
キュルが、こういうことをなんとなく口にする子ではないのは、エリルもよく知っている。ただ、聞く限りでは、セドリックはキツキを見ていただけだ。
それに、エリルの知るセドリックは、注意する必要こそあっても、差し迫って対処しなければならないほどの脅威ではなかった。
最近は、予定になかったことが起きても、必ずしも悪い方へ転んではいない。キツキも、レニアもそうだった。
なら、今すぐ動く必要はないだろう。
「分かった。気にはしておく」
「うん」
「でも、大丈夫だと思うよ。何かするつもりなら、その前に私が気づくから」
「エリルがそういうならわかった」
キュルは少し間を置いてから、窓の外へと視線を戻した。
その頃には、エリルはもう別のことに思案を巡らせていた。
◇
翌日。
「それと、サークルの所属届がまだの者。期限が近い。遅れずに提出しておけ」
授業の終わり際、ガルドはそれだけ告げると、教本を手に教室を出ていった。
昼休みになった教室では、すぐにあちこちで椅子を引く音が鳴り始める。その中で、キツキは席を立てずにいた。
サークルの所属届。
言葉の意味は分かる。
分かるのだが。
「……サークルって、入らないといけないのか?」
「え?」
近くにいたエリルが目を丸くした。
「知らなかったの?」
「存在自体はなんとなく知ってたけど」
思い返せば、放課後に何人かで集まっている生徒を見たことはある。あれがそうだったのだろう。
エリルは一度、キツキの顔を見直した。
冗談を言っている様子でもない。本当に知らなかったらしい。
(……やっぱ違うかー)
「1年生は原則、どこかに所属することになってるよ。期限は今学期中」
「初耳なんだけど」
「最初の頃に説明あったと思うけど」
「……あったか?」
言われてみれば、あったような気もする。
入学してから、勉強して、訓練して、ダンジョンに行って、森に飛ばされて。落ち着く暇なんてほとんどなかった。どこかで聞き流していたのだろう。
とはいえ、最近はプライムフォーラムの研究もあって、寝る時間まで少しずつ削っている。それで今度はサークルかよ。
「この学院は――」
言葉になりかけた文句を、そこで引っ込めた。
周囲を見ても、今さら慌てている生徒など1人もいない。少なくとも、サークルのことを知らなかったのは学院のせいではなさそうだった。
(……聞いてなかった俺が悪いのか)
なんとなく顔を上げると、少し離れた席で本を閉じたザッカ・フォンと目が合った。
「ザッカは?」
「ん?」
「サークル。どこ入ってるんだ?」
「ああ。俺は『筋肉は裏切らない』に入ってるよ」
「は?」
「筋肉は裏切らない」
「……それがサークル名なのか?」
「そうだよ」
ザッカはいつもと変わらない顔で答えた。
細身で、どちらかといえば本でも読んでいる方が似合う男だったはずだ。少なくとも、筋肉という言葉から真っ先に思い浮かぶ見た目ではない。
「キツキもまだならどうだ? 一緒に鍛えないか」
「あー……はは。考えとくよ」
「待ってるよ」
ザッカは立ち上がると、制服のポケットに手を入れた。
「これもやる」
「え?」
手渡されたのは、包みに入った鶏胸肉だった。
ザッカはそれを渡すと、そのまま教室を出ていった。どうやら本当に筋トレへ向かったらしい。
キツキは手の中の鶏胸肉を見る。
今、ポケットから出したよな。そもそも、この大きさがどうやって入ってたんだ。衛生的に大丈夫なのか。
包み越しに触れると、ほんのり生温かい。
「……これ食って大丈夫か?」
「さあ?」
エリルは笑っていた。
キツキはとりあえず鶏胸肉を机の端に置く。
「で、他にはどんなのがあるんだ?」
「いっぱいあるよ。実戦系とか、研究系とか、文化系とか。あとは出身国ごとの集まりも多いかな」
「国ごと?」
「フォルテアとか、ルミネーラとか。ギルザークの人たちが集まってるところもあるし」
「へー」
どうせ入るなら、レニアと同じところが良い。
そう思って、キツキは少し離れた席のレニアに目を向ける。フォルテアの学生が集まるサークルがあるなら、そこだろうか。
席を立って、レニアのところへ向かう。
「レニアはどこに入ってるんだ?」
ノートを閉じかけていたレニアが顔を上げる。ルビーのような赤い瞳が、キツキに向いた。
「サークルのこと?」
「そ」
「まだ入っていないわ」
思っていた答えと違った。
「フォルテアの人が集まってるところもあるんだろ? そこじゃないのか?」
「違うわ」
レニアはそれだけ答えると、机の上のノートをまとめ始めた。
その様子を見て、キツキもそれ以上は聞かなかった。
レニアが何も考えず、期限ぎりぎりまで放っておくとは思えない。何か理由でもあるのだろう。
それより、今は自分の心配だ。まだ所属先すら決まっていない。
エリルのところに戻ると、彼女はキツキの顔を見るなり笑った。
「レニア姫に振られちゃったの?」
「そんなんじゃない」
「一緒のところ入りたかったんじゃないの?」
「……で、エリルたちはどこなんだ?」
「あ、逃げた」
「いいから」
エリルはまだ楽しそうだったが、それ以上は追ってこなかった。
「私たちはまだ入ってないよ」
「なんだ、お前らもまだなのか」
「新しく作るからだけど」
「……え?」
「サークル。私とキュルで作るの」
「今から作れるのか?」
「期限までならね。だいたい準備もできてるし」
どうやら、思いつきで言っているわけではないらしい。
「……で、どんなサークルなんだ?」
「総合研究会」
さっき『筋肉は裏切らない』なんて名前を聞いたせいか、ずいぶんまともな名前に思えた。
「何を研究するんだ?」
「気になったものを見たり、調べたりする感じかな」
「……そんなざっくりしたので通るのか?」
「通るよ」
エリルは何でもないことのように答えた。
「ただ、あと1人必要なんだよね~」
それまで口を挟まずにいたキュルが、そこでキツキへ顔を向けた。
「キツキがいい」




