第100話 こんな休日があるくらいには
100話記念!!
少し前の休日。
街を歩いていたキツキは、聞き慣れた声に呼び止められた。
「キツキじゃん」
「エリル?」
振り返ると、白いゆったりとしたシャツに柔らかなブラウンのスカートを合わせたエリルが立っていた。袖は軽くまくられ、耳元では細い金色の輪が揺れている。
制服じゃないだけで、ずいぶん印象が違った。いつもの妙な胡散臭さが薄れて、こうして見ると清楚な美少女に見える。
「どしたの?」
「いや、私服だと雰囲気違うなって。可愛い」
「わかってるね~」
エリルは満足そうに笑った。
そのまま一緒に入ったのは、通りの中でもひときわ立派な魔道具店だった。
店内には生活用の魔道具だけでなく、娯楽用らしいものまで棚ごとに並んでいる。奥には値札を見るだけで触るのをためらうような品まであった。
「……ここ、絶対高いだろ」
「高いよ」
「なんか買うのか?」
「別に? 見るだけでも楽しいじゃん」
そういうものなのか。
しばらく店内を見て回っていると、エリルが奥に置かれた試用台へ近づいた。そこには、魔力を流して遊ぶらしい複雑な魔道具がいくつも並んでいる。
触ろうとしたところで、近くにいた店員がやんわりと声をかけてきた。
「申し訳ありません。そちらは高価な品になりますので、試用は――」
「あ、じゃあこれなら?」
エリルは何でもないことのように懐中時計を取り出した。
ギレル学院のものだ。
店員は時計を見た途端、わずかに目を見開いた。
「……ギレル学院の生徒様でしたか。失礼いたしました」
さっきまでとは明らかに姿勢まで違う。
「でしたら、奥の品もお試しいただけます。よろしければご案内いたします」
「だって」
エリルは口元をにやつかせたまま、どうよと言わんばかりにキツキを見た。
(こいつ、こういう時まったく躊躇しないな)
そこまで堂々とやられると、逆に感心してしまう。
せっかくなので、キツキも遠慮なく遊ぶことにした。
最初に試したのは、魔力でいくつもの幻影を同時に動かす遊びだった。細かな操作を続けながら指定された場所へ運ぶのだが、キツキが手間取っている横で、エリルは迷いなく次々と進めていく。
「はい、私の勝ちー」
「……慣れてるだろ」
「初めてだよ?」
「嘘つけ」
どうやら本人は本気で言っているらしい。
だが、この魔道具が本当に初めてでも、魔力を扱ってきた経験まで同じなわけじゃない。
(つまり、条件が同じなら俺が勝ってたってことだな)
……ということにしておこう。
次に試した、次々と形を変える幻影へ素早く対応する遊びでは、逆にキツキが先にコツを掴んだ。
「ふ……勝った」
「……もう1回」
「1勝1敗だろ」
「聞こえないなー」
気づけば2人とも、最初よりずっと真剣になっていた。
「次、あれやってみようよ」
「まだやるのか?」
「だってあれも面白そうじゃん」
エリルは返事をしながら、もう次の試用台へ歩き始めていた。
その背中を追うように、キツキも立ち上がった。
店員は一瞬だけ2人を見たあと、少し笑って別の魔道具を持ってきた。
「こちらなどはいかがでしょう。お2人で試される方には人気ですよ」
出されたのは、姿に幻影を重ねるだけの、何に使うのかよく分からない魔道具だった。
エリルが何やら操作した次の瞬間、キツキの顔には立派な髭が生え、髪は妙な方向へ大きく盛り上がった。
鏡に映った自分を見て、キツキは黙った。
隣ではエリルが腹を押さえている。
「……笑いすぎだろ」
「だって……に、似合ってるんだもん」
「よし。次お前な」
「へ?」
仕返しに操作すると、エリルの頭に丸みのあるライオンのような耳が生えた。さらに紫の髪とよく似た色のたてがみが、顔の周りをふわりと囲む。
面白い見た目になるはずだった。
なのに。
「なんだよ。普通に可愛いじゃん」
「でしょー?」
エリルは得意そうに笑ったあと、ふと何か思いついたようにキツキを見る。
そのまま少し顔を寄せ、両手で爪を立てるような仕草をした。
「あんまり調子に乗ってると、食べちゃうよ」
「……」
「あれ、どうしたの? 見とれちゃった?」
キツキは少し視線を逸らした。
「……ネコ科は反則だろ」
「なにそれ」
エリルがまた声を上げて笑った。
結局、2人とも何も買わないまま店を出た。
「……だめ。思い出したらまた笑えてきた」
エリルは目尻を指で拭いながら、まだ肩を揺らしている。
(まだ笑ってやがる)
呆れながら、キツキは前を向いた。
同じ道を戻っているはずなのに、街並みは来た時とはどこか違って見えた。
◇
別の休日。
「こっち」
「どこまで行くんだ?」
キュルに連れられて街を外れると、小さな川と、そのそばに立つ大きな木が見えてきた。
木の下には広い影ができていて、川から吹いてくる風が気持ちいい。街からそれほど離れていないはずなのに、人影はほとんどなかった。
淡い桜色の大きなニットに白いショートパンツ。首元には小さなパールの飾りが揺れている。
普段とは違う柔らかな服のせいか、今日のキュルはいつもより少し幼く見えた。
心にくる可愛さだ。
2人で木陰に腰を下ろす。
しばらく何も話さずにいると、川の水が流れる音と、風に揺れる葉の音ばかりが耳に残った。
学院では授業に訓練、研究と、毎日何かに追われている。それがここにいると、ずいぶん遠いことのように思えた。
「ここ、いいな」
「ん」
それきり会話は途切れた。
けれど、別に気まずくはなかった。
しばらく川を眺めていると、キュルが小さな斜め掛けの鞄を開けた。中から水筒を取り出し、そのままキツキへ差し出す。
「あげる」
「いいのか?」
「ん」
受け取って1口飲む。
冷たくて、しっかり甘い果実の味がした。
「うまいな、これ」
「ん」
キュルはほんの少し目を細めて水筒を受け取ると、そのまま同じ飲み口から1口飲んだ。それから満足したように蓋を閉める。
そのあと、2人は草の上へ横になった。キツキは組んだ腕を頭の下へ入れ、空を見上げる。
少し休むだけのつもりだった。けれど、最近まともに寝ていなかった身体は、思ったより正直だったらしい。
風の音を聞いているうちに、いつの間にか眠りに落ちていた。
頬を撫でる風が少しくすぐったくて、キツキはゆっくり目を開けた。
ぼんやり空を眺めているうちに、少しずつ頭が冴えてくる。
久しぶりにちゃんと眠ったような感覚があった。
そのまま少し身体を動かそうとして、ようやく自分の寝相に気づく。寝ている間に崩れたらしく、いつの間にか大の字になっていた。
ただ、右腕だけ妙に重い。感覚も少し鈍い。
横を見る。
伸ばしている腕の上で、キュルが眠っていた。二の腕あたりを枕にして、穏やかな寝息を立てている。
(いつの間に……)
普段の無表情が嘘みたいに、ずいぶん幸せそうな寝顔だった。
少しだけその顔を見てから、キツキは空へ視線を戻す。
そんな寝顔を見せられては、起こす方が無理だろう。
そのままにしているうちに、右腕の感覚がだんだん怪しくなってきた。
(……やばい。痺れてきた)
それでも、腕を抜く気にはならなかった。
しばらくして、キュルもゆっくりと目を開けた。
ぼんやりと数回瞬く。
「キツキ、おきた?」
「ああ、今さっきな」
「んー」
キュルはすぐには起き上がらず、眠そうにニットの袖で目元を軽くこすった。
しばらくは2人ともそのまま、流れる川をぼんやり眺めていた。
寝る前と同じ景色なのに、頭の中はずいぶんすっきりしていた。
やがてキュルが起き上がり、水筒へ手を伸ばした。
ようやく腕が自由になる。
キツキはキュルに見えないところで、こっそり右手をぶらぶらと振った。じんじんしていた指先に、少しずつ感覚が戻ってくる。
そのあとも、キュルから水筒を渡されて甘い果実水を飲んだり、並んで川を眺めたりした。
たまに何か話しては、また黙る。眠くなれば、もう1度草の上へ横になる。
いつの間にか木陰は長く伸び、川面にも夕日の色が混じっていた。
それでも2人は、もうしばらくそこにいた。
◇
また別の休日。
この日の予定は、前日にレニアが勝手に決めていた。
「キツキ、明日の夜は食事に行くわよ」
予定を聞かれることもなく、ほとんど決定事項だった。けれど、キツキとしてはむしろ嬉しく、そのまま了承した。
待ち合わせ場所で先に待っていると、通りの向こうから1人の女性が歩いてきた。
遠くからでも、妙に目を引く。すらりと伸びた脚に白いスカート。濃紺の大きめのジャケットの下からも、はっきりと分かる豊かな胸のライン。黒いキャップを深く被っているが、そこから長い銀髪が流れている。
その姿に、道行く人が次々と振り返っていた。
中には、そのまま足を止める者や、通り過ぎてからもう1度振り返る者までいる。
そのまま、真っすぐこちらへ歩いてくる。
近づいてきた顔を見て、ようやく分かった。
「……レニアか」
「なによ、その反応は」
「いや、一瞬分かんなかったよ」
改めて見ると、普段の王女らしい装いとはまるで違う。かなりラフな格好だ。
キツキは少しだけ言葉に詰まった。
「……いつもと全然違うな」
一拍遅れて、もう一言だけ出る。
「可愛い」
「そう」
レニアはそれだけ言って前を向いた。
どことなく機嫌が良くなったように見えた。
そのままレニアはやや早足で歩き出し、キツキもそれに合わせて少しだけ歩調を上げた。
そうして並んで歩いていても、周囲からの視線は途切れなかった。
「……これ、忍べてるのか?」
「私だと気づかれていないでしょう?」
「まあ、そうだけど」
王女だとは気づかれなくても、目立たないという意味では、完全に失敗している気もする。
それでも、これだけ目立つ相手の隣を歩いていると思うと、悪い気はしなかった。むしろ、ちょっと気分がいい。
そんなことを考えているうちに、レニアが1軒の店の前で足を止めた。
そこは、香辛料の匂いが漂う異国料理店だった。高級店というほどではなく、店内には普通の家族連れや若い客の姿もある。
2人は向かい合って席についた。
レニアは深く被っていたキャップを少し浅く直してから、料理書きを開いた。赤い瞳が、さっきよりよく見える。
ページをめくるたび、気になる料理のところで指が止まった。
「これと、こっちも気になるわ」
「そんなに食えるのか?」
「そのためにあなたを呼んだのよ」
「俺は食べる係かよ」
「嫌なの?」
レニアがじろりと睨む。
「……いえ、光栄です」
結局、香りの強い炊き込み料理に羊肉の煮込み、木の実や干した果実を使った料理、それに酸味のある白い副菜を頼んだ。
「肉に果物入れるのか。合うのかな?」
「食べれば分かるでしょう」
「そりゃそうだけど」
レニアはまず、香草の匂いが強い煮込みを1口食べた。少しだけ間が空いてから、皿をキツキの方へ押した。
「これ、あなたにあげるわ」
キツキは皿を見る。
次にレニアを見る。
レニアも黙って見返している。
そのまま、皿だけがもう少しキツキの方へ滑ってきた。
「……まあ、いいけど」
キツキには普通に食べられたので、そのまま引き受けた。
反対に、木の実と干した果実が入った炊き込み料理はかなり気に入ったらしい。
食べ進めるうちに、レニアの赤い瞳がわずかに明るくなっていく。
さっきまで他の皿へ次々手を伸ばしていたのに、今度はしばらくその料理ばかり食べている。
分かりやすい。
しばらくして、レニアはふと手を止めた。少しだけ取り分けると、キツキへ差し出す。
「これもあげるわ」
さっきとは違って、気に入ったものまで分けてくれるのが、なんとなく嬉しかった。
キツキも食べてみる。
肉の旨味のあとに果実の甘酸っぱさが来て、思っていたよりずっと合う。
「うまい」
「でしょう?」
レニアは満足そうに笑い、また自分の皿へ戻った。
そのあとは気になった料理を少しずつ交換しながら、ゆっくり食事を続けた。
店を出る頃には、すっかり夜になっていた。
昼間より人通りは減り、通りには涼しい風が流れている。
レニアももうキャップを深く被り直すことはなく、長い銀髪が夜風に揺れていた。
その風に誘われるように、キツキはふと空を見上げた。雲の少ない夜空いっぱいに、星が広がっている。
「食ってみるもんだな」
「なにが?」
「さっきの料理。最初は果物と肉ってどうなんだと思ったけど、食ってみたら結構うまかった」
隣で、レニアの銀髪がまた夜風に揺れた。
「レニアがいなかったら、たぶん一生食わなかったな」
気づけば、声が少し弾んでいた。
「……仕方ないわね。また特別に連れていってあげるわ」
レニアは何でもないように、そのまま歩き続けた。
けれど、キツキとは反対側を向いたその口元は、ほんの少し緩んでいた。
昼の暖かさがまだ少し残る夜道を、2人で並んで歩く。長い銀髪が風に揺れるたび、キツキは何度かその横顔に目を向けた。
学院へ着くまで、星はずっと綺麗に見えていた。
100話!!
ここまで見てくださり本当にありがとうございます!!
この物語が少しでも、あなたに寄り添えたら嬉しいです。
引き続き、キツキ及びキャラクター達をよろしくお願いいたします!!!




