第101話 ……エリルさん、あの、やめてください
「キツキがいい」
「え?」
思わずキュルを見る。
本人はいつもと変わらない顔をしていた。冗談を言っている様子もない。
まさかキュルから自分の名前が出るとは思っていなかった。なんだかんだ、普通に嬉しかった。
キュルとキツキを交互に見ていたエリルが、少し楽しそうに笑った。
「いいじゃん。キツキ、うちに来なよ」
「いや、でもな……」
ふと視線を感じて横を見ると、キュルがじっとこちらを見ていた。
そんな目で見られたら、断りづらいだろ。
「……活動って、どれくらいやるんだ?」
「んー、決めてない」
「決めてない?」
「やりたいことがある時だけ。基本は休みの日かな」
ただでさえ最近は研究まで増えている。これ以上、自由に使える時間が削られるのは正直きつい。
でも、やりたい時だけでいいなら話は別だ。
本当にそんな都合よくいくなら、だけど。
「それ、本当に作れるのか?」
「大丈夫だって。顧問ももう捕まえてあるし」
「随分早いな」
「会いに行く?」
「今からか?」
「そ」
エリルはもう立ち上がっていた。キュルも当然のようにそのあとに続いた。
まあ、顧問がどんな先生なのかは気になる。そう思ってキツキも立ち上がった。
その瞬間、なんだかうまく丸め込まれている気がした。
……まあ、気のせいだろう。
深く考えないことにして、2人のあとを追った。
◇
連れてこられたのは、実践魔法の演習場に併設された教師用の準備室だった。
エリルは扉を軽く叩くと、返事を待たずに開けた。
「マリベル先生、いるー?」
「います。ですから、もう少し静かに入ってきてください」
机の向こうから顔を上げたのは、まだかなり若く見える女性だった。
金色の髪は後頭部のやや高い位置でひとつにまとめられている。黒い瞳に、きっちりとした服装。動きやすそうではあるが、見るからに真面目そうな教師だった。
「キュルも一緒だったんですね」
「ん」
「飴、いりますか?」
「いる」
マリベルは机の引き出しから飴を1つ取り出し、キュルへ差し出した。キュルが慣れた様子で包みを開けるのを横目に、マリベルは今度はキツキへ目を向けた。
「あなたがキツキですね。話は聞いています」
「……いい話ですか?」
「いろいろです」
なんとも判断に困る返事だった。
キツキがそれ以上聞き返さずにいると、マリベルは3人を順に見た。
「3人で来たということは、サークルの話ですか?」
「そうそう。3人目連れてきた」
それを聞いて、マリベルはキツキを見た。
「念のため確認しますが、あなた自身の意思で来たんですよね?」
キツキは一瞬、エリルを見た。
エリルはその視線に気づくと、にこっと人当たりのいい笑顔を返してきた。
「……まあ、はい」
「ほら。キツキも入りたくて仕方ないって」
「そこまでは言ってない」
「……まあ、嫌々というわけではなさそうですね」
エリルは満足そうにうなずくと、鞄から数枚の書類を取り出してマリベルの机に置いた。ぱっと見ただけでも、ほとんどの欄が埋まっている。
「もうここまで書いてんのかよ」
「当然でしょ?」
「こういう時だけ妙にちゃんとしてるな」
「こういう時だけってなに」
2人が言い合っている間にも、マリベルは書類に目を通していた。
「必要な欄は埋まっています。ただ、活動目的が少し曖昧ですね」
「あー……やっぱそこ?」
「『学院内外で興味を持った事物について調査・体験する』では、何を活動の中心にするのか分かりません」
「でも、それが目的なんだけど」
「でしたら、その意図が伝わるよう、もう少し具体性を持たせてください」
マリベルはきっぱりと言い切った。
キツキも、指摘された箇所を改めてのぞき込んだ。
「確かに、これだけだと何でもありに見えるな」
「キツキまでそっち側ー?」
「いや、贔屓目で見てもそう思うぞ」
エリルは少しだけ頬を膨らませたあと、すぐに書類に視線を戻した。
「じゃあ、どう直せば通る?」
「まず、調査や体験を通して何を得るのかを明確にしてください。活動方法ももう少し具体的に。それと、学院外で活動する可能性があるなら、安全面についても必要です」
「結構あるなー」
「新しく団体を作るんですから、当然です」
マリベルは書類を揃えながら、エリルをちらりと見た。
「まったく。普段からこのくらい素直に話を聞いてくれれば助かるんですが」
エリルは一瞬だけ目を細めると、少し楽しそうに顔を上げた。
「先生も人のこと言えないじゃん。この前だって――」
「……エリル」
「なーに?」
マリベルのきっちりしていた表情が、わずかに崩れた。
「……エリルさん、あの、やめてください」
「えー、まだ何も言ってないじゃん」
「言わなくていいです」
エリルは楽しそうに笑っている。
(ああ、なんか握られてるな)
何なのかは分からない。まあ、聞かない方がよさそうだ。
それはともかく、申請の話を聞く限り、マリベルはちゃんとした教師に見える。サークルの方も、思っていたほど適当ではなさそうだった。
隣では、キュルが飴を転がしながら静かにこちらを見ている。
その視線を受け、キツキは小さく息を吐いた。
「……分かった。俺も入るよ」
キュルの目がほんの少し細くなった。
そのままキツキの背中をぽんと1度だけ叩く。
それを見て、エリルも少し口元を緩めた。
「よし、これで3人だね」
「確かに人数は揃いましたが、まだ申請は通っていませんからね」
「分かってるって」
「あなたの『分かってる』は信用できません」
「ひどいなー」
そのあと、マリベルに促され、キツキは申請書の加入者欄に名前を書いた。
「では、あとは活動目的ですね。そこを直せば、申請には出せます」
「今からやるの?」
「やります」
「即答だ」
エリルが嫌そうな顔で書類を引き寄せる。
キツキはその横で、書いたばかりの自分の名前をちらりと見た。
(……やっぱり、うまく丸め込まれてるよな)
それでも、なんだかんだここならやっていけそうな気がした。




