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説明不足な6つのチート ~使いこなして、破滅するヒロインたちを救うまで~  作者: タカツキビヨン
第四章

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第96話 感覚……ですかね

「……キツキ、これ、君が書いたの?」


「あ、ああ。そうだけど」


 返事にも戸惑いが混じっている。

 エリルはもう1度、手元の答案へ目を落とした。


 見間違いではない。何度読み直しても、この簡素な式は自分の知っている解法よりさらに先へ伸びている。


「どうやってこの形へ辿り着いた?」


 エストが尋ねる。


「えーっと……」


 キツキは少し考え込んだ。


「……成立しそうな形を探してたら、これになったというか」


「その『探した』部分を聞きたいんだが」


 キツキの目が一瞬だけ泳いだ。

 だが、ふと何かを思いついたように1度目を伏せ、それから静かに顔を上げる。


「感覚……ですかね」


 エストが黙った。

 エリルも何も言わない。ただ、キツキを見る目だけが少し細くなる。


「それでは、再現できる説明にはならんな……」


「ですよね……」


「だが、答案そのものは別だ」


 エストは中央の術式装置へ目を向けた。


「すでにこちらでも1度、君たちの答案だけをもとに実証している」


「もうですか?」


 キツキが目を見開く。


「本人の説明がなければ成立しないのでは、解法として扱いにくいからな。もう1度、見てもらった方が早い」


 研究者の1人が装置を動かした。


 まず組まれたのは、エリルの答案をもとにした構造だった。

 7つの経路を巡る魔力は崩れず、そのまま安定して循環を続ける。


 エリルは静かに見ていた。

 こちらが成立することは、答案を書いた時点で分かっている。


 やがて構造が切り替わった。


 キツキの答案をもとに魔力が流れる。

 干渉して、それでも崩れない。時間が経っても乱れない。


 エリルは目を逸らせなかった。


 答案の上だけではない。

 自分が知っていた3年後の答えより先にあるものが、今、目の前で本当に動いている。


「……ほんとに動くんだ」


 隣から聞こえた呟きに、エリルはゆっくりと横目を向けた。

(書いた本人が、そこに驚くの?)


「――以上だ。どちらも、完全に成立している」


 エストの言葉を受け、学院長が頷いた。


「さて。成立することは確認できた。ここからは、この2つをどう扱うかだね」


 まずエストがエリルへ向き直る。


「君の解法は、七環術式に対する新しい答えとして十分な価値がある。検証結果も含めて正式な形へ整え、君の成果として公表したい」


 この可能性は、答案を書いた時点で考えていた。

 答えもほとんど決まっている。それでも、こういう場で即答する必要はない。


 エリルはわざと少しだけ間を置いて、考えるように視線を落としてから、エストへ戻す。


「……そうですね。私は構いませんよ」


「それはありがたい。では、その方向で進めよう」


 エストは満足そうに頷いた。

 その表情のまま、今度はキツキの答案へ視線を移す。


「一方、君の答案は少し話が違う。正直に言えば、どこまで先があるのか、今の我々では測りきれん」


「……そんなに、ですか」


 キツキは答案へ目を落とし、しばらくその紙を見つめた。


 だが、エリルの意識は別のところにあった。

 緋石塔の塔主が、自分たちでは測りきれないと言った。

 その事実の方が、ずっと重い。


「君の解法は、七環術式だけに収まるものではない。同じように魔力経路が干渉する構造なら、別の術式にも応用できる可能性がある。今これを外へ出した場合、どこまで影響が広がるか、こちらでも判断しきれん」


「……じゃあ、出さない方がいいってことですか?」


「今はそう判断している。エリルの解法なら影響は七環術式の範囲で見通せるが、君のものはそうではない」


 エストはキツキへ視線を戻した。


「だから、君の答案については当面、公表を控えたい。もちろん、こちらの判断だけで決めるつもりはないが」


 キツキは答案とエストを見比べ、肩の力を抜いた。


「それなら、俺は別に構いません」


「随分あっさりしているな」


「いや……正直、そこまでの話になると思ってなかったですし。エストさんたちがそう言うなら、その方がいいんだろうなって」


「……そうか。だが、非公開にすることと、君の功績をなかったことにするのは別だ」


 学院長が口を開いた。


「答案を提出した時点も、作成者も、今回の検証結果も学院で正式に残す。エストの方でも記録は残してもらう。それは保証しよう」


「将来公表することになっても、君の成果として扱う」


 エストの言葉に、キツキが頷いた。


「……分かりました」


「それと、エリル」


「はい」


「君はすでにこちらの答案を見ている。内容と、もう1つの完全答案が誰のものだったかについては、当面外で話さないでもらいたい」


 エリルはキツキの答案へ目を落とす。


「分かりました。そちらから許可が出るまでは話しません」


 この扱いに異論はなかった。

 むしろ、今すぐ外へ出していいものだと言われた方が驚く。


「助かる」


 エストは改めてキツキへ向き直った。


「ただし、成果を伏せることと、評価しないことも別だ。今回の答案だけでも、私は十分に評価に値すると判断している」


「……?」


「プライムフォーラムには、主催側から若い研究者を推薦できる枠がある。私から推薦することもできるが、どうだ?」


「いや、俺は別に――」


 断りかけたところで、ふとレニアの言葉が頭をよぎった。


『共同で出すなら、あなたにも参加資格が必要になるわ』


「……その推薦って、俺でもプライムフォーラムに参加できるようになるってことですか?」


「そうだ。ただし、保証できるのは参加資格までだ。持ち込んだ研究が認められるかは別になる」


 それでも、キツキには十分だった。

 緩みかけた口元を、すぐに引き締める。


「だったら、お願いします」


 エリルがわずかに目を細めた。

 エストが尋ねる。


「何か出したい研究でもあるのか?」


「ああ。レニアと――」


 そこまで言って、キツキはエストと学院長を見た。

 さすがに、この場で一国の王女を呼び捨てにするのはまずい気がする。


「……えっと、フォルテア王国の第3王女、レニア殿下と共同研究をしてて」


「フォルテア王国の第3王女と?」


「……レニア姫と?」


 エストとエリルの声が、ほとんど間を置かずに続いた。

 学院長もわずかに眉を上げている。


「何を研究している?」


「杖です」


「杖?」


 エストの目が変わった。


「どういう――」


 言いかけて、自分で口を閉じる。


「……いや、やめておこう。今ここで聞き始めれば、話が終わらなくなる」


 少し名残惜しそうにしてから、キツキへ視線を戻した。


「資料がまとまったら、そのとき改めて見せてくれ。ただし、私ができるのは推薦までだ。その研究が認められるかどうかには干渉できん。そこは肝に銘じておいてくれ」


「はい」


「ならいい。推薦の手続きはこちらで進めよう」


 それで、キツキとエリルに向けられていた話はひとまず終わった。


 2人が席を立つころには、研究者の1人が装置の記録を確認し、もう1人は机上の答案をまとめ始めていた。学院長とエストも、早くも次の段取りを話している。


 そんな声を背に部屋を出ると、廊下には相変わらず教師や研究者の姿が多かった。

 その中を抜け、研究棟の外へ出てから少し歩く。


 しばらく黙って歩いていたエリルが、ようやく口を開いた。


「キツキ。レニア姫と共同研究って、私初耳なんだけど」


 隣から飛んできた声に、キツキがわずかに視線を逸らした。


「いや、まあ……成り行きで」


 エリルは何も言わなかった。


 代わりに、長いため息がひとつ。

 行き交う人の声に混じるには、少しばかり大きすぎた。

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