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説明不足な6つのチート ~使いこなして、破滅するヒロインたちを救うまで~  作者: タカツキビヨン
第三章

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第94話 こんな未来も、悪くない

「キュル。授業サボったよね」


 結局、中庭で授業を抜けていたキュルは、その後すぐにエリルに見つかった。

 ほんの一瞬だけ目を逸らす。


「……うん」


 言い逃れをする気はないらしい。

 エリルはいつもと変わらない調子で笑う。


「じゃ、放課後は鍛錬区画ね」


「ぅ……わかった」


 そうしてキュルのお仕置きは、本人の意思とはほとんど関係なく決まった。


 それからしばらくして、姿を見せなかったキツキとレニアも教室に戻ってきた。

 エリルはまず、レニアを見る。


 今朝、資料の礼を言いに来たときの顔には、疲れだけではない重さが残っていた。

 それが今は、まだ疲れこそ残っているが、まとわりついていた憑きものが少し落ちたように、表情から張り詰めたものが抜けている。


 その隣のキツキは、何か考え込んでいるらしい。

 いつになく静かではあるものの、暗い顔ではない。授業へ意識を戻しては、視線を止め、また何かを考える。そんなことを何度か繰り返していた。


 何を考えているのかまでは、エリルにも分からない。

 それでも、悪い方向へ転んだわけではなさそうだった。


 ふと、レニアと目が合う。

 レニアはいつも通りの顔でエリルを見て、すぐに前へ視線を戻した。

 特別な合図も、何かを伝えようとする様子もない。


 それでいい。

 エリルは、気づかれない程度に小さく息を吐いた。


 エリルの知る流れなら、レニアはここからさらに追い詰められていく。その先に何が待っているのかも知っている。

 だから先行研究は早めに伝えた。あのままレニアを放っておく気にはなれなかったし、何よりレニアが悪い未来へ進めば、自分だって困る。


 ただ、その先でレニアがどうするのかまでは分からなかった。


 キツキなら、何かを変えるかもしれない。

 そんな期待は、少しだけあったけれど。


 少なくとも今、目の前にいるレニアは、知っている流れをそのまま進んでいるようには見えない。


 あのまま沈んでいくことはなさそうだ。

 それなら、まあ、ひとまずはよかった。


 エリルは、もう一度キツキの横顔を見た。


(本当に予定通りにいかない人だね、君は)


 それからは授業も何事もなく進み、気づけば放課後が近づいていた。

 その頃には、第一回定期学科考査の採点も終わったらしいという話がエリルの耳に入っていた。

 答案は明日には返されるという。


 一瞬だけ、最後に書いた七環術式のことが頭をよぎる。

 けれど、今さら考えても提出したものは戻らない。


 エリルはひとまずそれを頭の隅へ追いやり、放課後、約束通りキュルを鍛錬区画へ連れていった。


「……もういい?」


「まだ」


「……うぅ」


 キュルの呼吸は、最初より少しだけ荒くなっている。


 さっきからやっていることは単純だ。

 エリルが攻撃し、キュルが避ける。それを何度も繰り返している。


 授業をサボる元気があるなら、その分きっちり動いてもらう。

 ただ、それだけのお仕置きだ。


「もう1回ね」


「……うん」


 キュルの上半身を狙う高さを、風が走る。

 キュルはすぐに身を沈め、その下を抜ける。


 続けて足元の土が盛り上がると、ほとんど迷わず横へ跳ぶ。

 その着地点へ、次の風が走る。


 キュルは身体をひねってかわす。


 何度繰り返しても、反応は鈍らない。

 こういう相手との駆け引きになれば、やはりキュルは強い。


 エリルは小さく笑った。


「じゃあ、最後。今度は攻めていいよ」


「……いいの?」


「いいよ」


 理由はよく分からないけれど、今日は妙に調子がよかった。

 いつもより、もう一段上まで届くような気がする。


 なら、最後に少しだけ試してみよう。


 エリルがキュルへ目を向ける。

 キュルも、ちょうどこちらを見ていた。


 それだけで十分だった。


 次の瞬間、キュルの足元から黒い線が伸びる。

 さっきまでとは動きが違う。

 エリルが半歩ずれると、それを追うように線の向きまで変わる。


 指先を動かすと、土がせり上がり、黒い線の進路を遮った。

 その脇を抜けるように、キュル自身が踏み込んでくる。


 エリルはさらに位置を変えながら、風を走らせる。

 キュルもすぐに身を翻す。


 けれど、今の一撃は明らかに一段違った。


 強い風が、キュルの頬のすぐ横を通り抜ける。

 遅れて、その先で砂埃が大きく舞い上がった。


 キュルは動きを止め、風が抜けていった方を振り返る。

 少しだけ目を丸くしてから、エリルを見た。


「……やっぱりエリル、すごい」


「でしょ?」


「うん」


 エリルは自分の手へ視線を落とした。

 今の出力まで上げても、立ち上がりは鈍らなかった。最後に外す余裕も十分にあった。


 やっぱり、今日はいつもより魔力がよく馴染む。


 実戦での強さそのものを、クラスだけで測れるわけではない。

 それでも、魔法そのものの威力や立ち上がりの速さで見れば、もう以前の段階にはいない。


 入学した時点で、魔法そのものの力はすでにクラス3相当だった。

 ただ、あの頃は目立つ理由がなかったから、学院ではクラス2として通してきた。


 今は、そこからさらに先まで来ている。


(……ひとまず、クラス4までは取り戻せたかな)


 悪くない。


 もっとも、だからといって明日から全てを見せるつもりはない。

 ただ、以前ほど必死に隠しておく意味もなくなってきている。


 知っているはずの流れは、もうあちこちで形を変え始めていた。

 レニアだけではない。自分だって、すでにいくつも予定外を作っている。

 今さら自分だけ以前と同じように振る舞ったところで、何かが戻るわけでもない。


 とはいえ、自分の実力なら、まだどこまで見せるかは選べる。

 問題は、もう出してしまった方だ。


 エリルはわずかに眉を寄せた。


「……エリル、変な顔」


「キュル、うるさい」


 変な顔にもなる。

 明日返ってくる答案には、本来なら3年後まで誰も知らないはずだった答えを、そのまま書いたのだ。


(……今さらだけど、本当にあれでよかったのかなー)


 エリルは小さく息を吐いて、顔を上げた。

 鍛錬区画の向こうには、夕暮れの空が広がっている。


 ふと、教室で見たレニアの顔が頭をよぎった。

 知っている流れから外れた結果が、あの顔なのだとしたら。


 予定外も、そう悪いものではないのかもしれない。

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