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説明不足な6つのチート ~使いこなして、破滅するヒロインたちを救うまで~  作者: タカツキビヨン
第三章

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第93話 レニアがいいんだ

 目が合った。

 レニアもまだ状況を飲み込めていないらしい。赤い瞳をわずかに見開いたまま、こちらを見ていた。


 妙に静かだった。

 何か言わなければと思うのに、声が出ない。

 代わりに、キツキの視線はレニアの目から、唇へと落ちていた。


 気づけば、2人の間にあった距離が少しずつ縮まっている。

 レニアは逃げない。

 それどころか、長い睫毛がゆっくりと伏せられて――


(……え。これ、もしかして)


 あと少し。

 もう少しで、唇が触れる。


 ボフッ。


「……え?」


 くぐもった音に、キツキは瞬きをした。


 目の前のレニアは、さっきとまったく同じ場所に立っていた。

 1歩も近づいていない。目だって閉じていない。


 近づいていたのは、全部キツキの頭の中だけだった。


 その横で、白い塊がベッドへ飛び乗り、ボフッと沈み込んだ。

 いつの間に助走をつけていたのか。ホンペクはそのまま中央で丸くなる。


(……俺、今何考えてた?)

 急に顔が熱くなる。

 さっきまであんな話を聞いていた相手に、何を勝手な想像をしているんだ。


「おい、降りろ。毛だらけになるだろ」


 ホンペクはぴくりとも動かない。


「おい。聞いてんのか」


 自分でも持て余した気まずさを誤魔化すように、キツキはホンペクへ文句をぶつけた。

 返事はなかったが、そうしているうちに少しだけ頭は冷えた。


「ふふっ」


 ようやく気持ちが落ち着きかけたところで、後ろから小さな笑い声がした。

 振り向くと、レニアがほんの少し肩の力を抜いて笑っていた。


 思わず、言葉が止まる。


「……なによ」


「いや……別に」


 そう答えながらも、さっきまでより力の抜けたその顔に、キツキもほんの少しだけ安心した。

 けれど、そのまま見ているのもなんとなく落ち着かず、視線を外すと、その先に自分のベッドがあった。


 そこでようやく気づいた。


(……待て。ここ俺の部屋だよな)

 授業中に、よりにもよって大国の第三王女と男子寮の私室に2人きり。

 誰かに見つかったら、どこまで話が大きくなるのか分かったものじゃない。最悪、死刑――いや、さすがにそれはない。たぶん。


 とにかく、1度部屋を出よう。


「……ノート持って、どっか移動するか」


「どうして?」


「え? いや、どうしてって……」


「別に、ここでいいじゃない。静かだし」


「……まじ?」


「何か問題でもあるの?」


「いや……レニアがいいなら、俺はいいけど」


 問題しかない気がする。

 ただ、レニアはそもそもこの状況を意識していないのかもしれない。なら、わざわざこっちから気づかせることもない。


 正直、このままでいられるのは少し嬉しかった。


 そんなキツキをよそに、レニアはふと部屋を見回した。

 勉強机と椅子。ベッド。最低限の収納。それだけだ。


「……ずいぶん殺風景ね」


「悪かったな」


 そう言いながら、キツキは机の前にある椅子を引いた。


「これ使ってくれ。俺は立ってるから」


 レニアは勧められた椅子に1度だけ目をやったが、そこには座らなかった。

 代わりにベッドへ向かうと、奥で寝ているホンペクの手前、中央あたりへぽふっと腰を下ろした。


「ここでいいわ」


「え?」


「なに?」


「……いや、なんでもない」


 そんなレニアを見ていると、また妙に心臓がうるさくなった。

 キツキはそれを無視して、机の上に置いてあったノートを取り、レニアへ差し出した。


 受け取ったレニアは、すぐにページをめくり始めた。


「……思っていたより、ずっと細かく残してあるのね」


「忘れる前に書いたからな。完全じゃないけど」


 レニアは返事をせず、そのまま読み進めていく。

 数ページ進んだところで、その指が止まった。

 前のページへ戻り、同じ図をもう1度見る。さらに別のページとも見比べる。


「……これ、本当にこうなっていたの?」


「ああ。覚えてる範囲ではな」


「……こんな組み方、見たことがないわ」


 それで終わらず、レニアはもう1度前のページへ戻った。

 今度はさっきよりもゆっくり、図の上を指先で追っていく。


「待って。もう1度確認させて」


 声の調子が、少し変わっていた。

 やっぱり、レニアから見ても普通じゃないらしい。


「炎が強くなったのと、維持が楽になったのは同時だったのね?」


「ああ」


「魔力を止めたら?」


「炎も消えた」


 レニアは小さく頷くと、確かめるようにノートへ視線を戻した。

 そこから、似たような確認が何度か続いた。

 立ったままでは説明しにくくなり、キツキもレニアのすぐ隣に腰を下ろす。


 別に、近くに座りたかったわけじゃない。

 それに、ほとんど隙間を空けずに座ったのにも大した意味はない。

 同じページを見るには、この方が説明しやすい。ただそれだけだ。


「ここは?」


「ああ、それは――」


 レニアが指した場所を覗き込む。

 思ったより近い。

 顔を寄せた拍子に、ふわりとほのかな香りが届いた。


(……なんでこんなにいい匂いするんだよ)

 一瞬だけ気を取られたが、すぐにノートへ視線を戻した。


 それからしばらく、2人でページを行き来しながら確認を重ねた。

 やがてレニアはキツキからペンを借り、余白に小さな印を加え始めた。

 ページを戻して別の箇所に線を引き、キツキに確認しながら、短く書き込みを重ねていく。


「……少なくとも、調べる価値はあると思うわ」


「じゃあ、これをプライムフォーラムに出すのは?」


「このままでは無理ね。でも、ちゃんと形にできれば、プライムフォーラムに出せるだけのものになると思う」


「ほんとか? じゃあ、これをレニアの研究にするのはどうだ?」


 レニアの指が止まった。

 さっきまでノートへ向いていた目が、まっすぐキツキへ戻る。


「……それは駄目よ」


「なんでだ?」


「これはあなたが見つけて、あなたが調べてきたものでしょう。私だけの成果にはできないわ」


「でも俺、研究として評価されたいわけじゃないし、作れればそれでいいんだけど」


「あなたが気にするかどうかの話ではないわ」


 ノートを押さえるレニアの指に、わずかに力がこもった。

 そこだけは、譲る気がないらしい。


 キツキは少し考えた。

 確かに、偶然とはいえ自分が見つけたものだ。

 けれど、このノートを1人で眺めていたところで、何年かかれば形にできるのか見当もつかない。


「じゃあ、一緒にやればいいんじゃないか?」


「……一緒に?」


「ああ」


 キツキはノートを指した。


「俺だけじゃ、これをどう形にすればいいか分からない。でも、レニアなら考えられるだろ」


 少し迷って、それでも続ける。


「俺には、レニアの力が必要なんだ」


 レニアは何も言わなかった。

 しばらくして、ゆっくりとキツキを見る。


「……本当に、私でいいの?」


「レニアがいいんだ」


 今度は迷わなかった。


「だから、一緒にやってほしい」


 レニアは答えなかった。

 視線がキツキから外れ、膝の上のノートに落ちる。

 そこには、キツキが書いた図や文字に混じって、ついさっき自分が加えた印が残っていた。


 指先が、そのページの端で止まる。


「……共同で研究なんて、ほとんどしたことないわ」


「そっか」


 キツキはそれ以上、何も言わなかった。

 レニアも、ノートを閉じることはしなかった。

 ただ、視線だけがふっとページを離れる。


 ベッドの奥で、丸まっていたホンペクが小さく身じろぎした。前脚を伸ばし、白い身体の輪が少しだけほどける。


 静かな部屋の中で、レニアはもう1度ノートに目を落とした。

 自分の書いた印を指先でなぞり、少しだけ息を吐く。

 それから、隣のキツキを見る。


「……そうね」


 今度は、さっきほど長く間を置かなかった。


「一緒にやりましょう」


 キツキの顔がぱっと明るくなった。


「よし! じゃあ、よろしくな!」


 その勢いに、レニアは一瞬だけ目を丸くした。


「ええ」


 どこか呆れたように答えながらも、その口元はほんの少し緩んでいた。

 だが、すぐに何かを思い出したように顔を上げる。


「ただ、これを共同研究としてプライムフォーラムに出すなら、あなたにも参加資格が必要よ」


「……俺、そんなの持ってないけど」


「ええ。そこは問題ね」


「じゃあ駄目じゃん」


「まだそうと決まったわけじゃないわ。参加資格は別に考える必要がある。でも、だからといってあなたを外して出すつもりはないわ」


「……そっか」


 キツキの表情が、わずかに緩んだ。

 レニアはそれ以上何も言わず、ページの端を指で押さえる。


「その話は一旦置いておいて、まずはここから整理し直すわよ」


「今から?」


「当然でしょう」


「でも授業は?」


 レニアが一瞬だけ止まる。


「……今さらでしょう」


「ま、それはそうだな」


 ベッドの奥では、相変わらず白い獣が、何事もなかったように丸くなって眠っている。


 その手前で、レニアはまたノートに筆を走らせる。

 キツキの文字の隣に、新しい文字が増えていった。


 まだ名前もない研究は、その日、2人分の文字から始まった。

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