第70話 ようやく話ができるね
翌日の正午、キツキは学院内の一室へ呼び出された。
室内では、ガルドと記録役の学院職員、それから白髪の学院長が待っていた。
間近で顔を合わせるのは初めてだ。老人は穏やかな表情のまま、席に着くようキツキに促した。
「今回の聴取は、1人ずつ行う」
キツキが腰を下ろすと、ガルドが説明した。
「ほかの者の話に、本人の記憶が引っ張られるのを避けるためだ。残りの4人からも、別に話を聞いている」
「分かりました」
「では、異常なゲートが現れたところから話してくれ」
キツキは、ゲートに引き込まれてからムルガドに救出されるまでを順に話した。
起きた出来事については、見たままを伝えた。ただ、メガネや自分の能力へつながる部分だけは、言葉を選んだ。嘘をつけば、どこかで食い違う。だから、聞かれなかったことには触れない。
ガルドだけでなく学院長までいる以上、余計なことを口にする気にはなれなかった。
「確認するが、中にいたフォールンには、ほとんど理性が残っていなかったんだな?」
「そう見えました。人間らしい動きには見えなくて、ただ襲ってくるだけでした」
「それでも、ほかの4人より、お前を優先して狙っていた」
「はい。俺ばかり追ってきました」
記録役の筆が止まるのを待ち、ガルドは机の上の小箱へ手を伸ばした。
「お前から預かった討伐証を調べた」
ガルドが蓋を開けると、中には例の金属札が収められていた。
キツキはそれを見た瞬間、足元が抜けたときの感覚をわずかに思い出した。
反射的に懐に手をやり、そこに何も入っていないことを確かめた。
「結論から言えば、この討伐証には、学院が用意した段階ではなかった術式が、あとから加えられていた」
「細工されてたってことですか?」
「ああ。一定の魔力信号を、外部へ送り続ける術式だ。信号はすでに止めてある。今は外へ漏れていない」
ガルドは箱の中の討伐証を指した。
「ゲートは、これを持っていたお前の足元へ現れた。中にいたフォールンも、お前を優先して狙った。偶然と考えるには出来すぎている」
「俺が狙われたんじゃなくて、これを持ってたから……?」
「その可能性が高い」
ガルドは頷いた。
「ただし、信号を誰が受け取っていたのか、ゲートとフォールンの双方へどう作用したのかまでは分かっていない」
ガルドは一拍置いてから、さらに続けた。
「それでも学院では、あのゲートが、この討伐証を目印に意図的に発生させられたものと見ている」
キツキには、それがどれほど異常なことなのか判断できなかった。
「少なくとも公的な記録に残る限り、世界のどこにも、人の手でゲートを発生させた例はない。事実なら、学院の実習事故だけでは収まらない問題だ」
ガルドの表情を見れば、軽い話でないことだけは分かった。
キツキは討伐証に目を落とした。
以前メガネで見た複雑な刻印。その中に、あとから加えられた術式が紛れ込んでいたのだろう。
目の前の小さな金属札が、世界に前例のないゲートへとつながっている。
ガルドは箱の蓋を閉じると、キツキをまっすぐ見た。
「ここまでの内容も含め、これから話すことは他言厳禁だ」
キツキは姿勢を正した。
「この討伐証は、実習用のロックドレイクから出たものだ。細工があった以上、誰かが実習前にロックドレイクか討伐証に手を加えている」
キツキは眉を寄せた。
「学院の準備に関われる者か、管理をかいくぐれる者だ。内部の人間と決まったわけではないが、その可能性も含めて調べている」
――学院の中に、今回の事件に手を貸した者がいるかもしれない。
もしそうなら、敵は外にいるとは限らない。
昨日まで安全だと思っていた学院が、急に違う場所のように感じられた。
「ムルガドからは、クルエルヴェールという名も報告されている。今回の事件との関係も含めて調査中だ」
「クルエルヴェール……」
「こちらがどこまで把握しているのか、相手に知られるのは避けたい。この話は伏せておいてくれ」
「……分かりました」
ガルドが頷くと、それまで記録に徹していた学院職員が紙をめくった。
「もう1つ、確認してもよろしいですか」
「はい」
「昨日、あなたはホンペクの鳴き声を言葉として理解していました。以前にも、精霊獣と意思疎通をした経験があるのですか?」
「えーっと、それは……」
キツキは言葉に詰まった。
全言語理解について話すつもりはない。だからといって、出身地や過去について具体的な嘘をつくと、あとで調べられたときに面倒なことになる。
なら、事実を少しだけ都合よく使えばいい。
前の世界でも、動物と話したことなら一応ある。
動物園でイケメンゴリラと話題になっていたやつに、一方的に話しかけ、最後まで無視された。
あれを会話と呼んでいいのなら、だが。
「昔から、動物の鳴き声の違いは何となく分かりやすかったんです。今回も、それに近いものかと」
言ってから、あまりにも苦しすぎる説明だと思った。
俺は何を言っているんだ。
当然、学院職員がそれで納得するはずもなかった。
「では、以前はどこで――」
――終わった。
エリルのように隙を見せずに言葉を選べたつもりが、問いを1つ返されただけでこれだ。なんてあっけない。
学院職員が、途切れた問いを続けようとした、そのときだった。
「ホンペクについては、ムルガドからも報告を受けている」
それまで黙っていた学院長が、穏やかな声で遮った。
「現時点では、その説明で十分だろう」
学院職員はわずかに迷ったあと、頷いた。
「……承知しました」
キツキは学院長に目を向けた。
老人は何事もなかったように微笑んでいる。
今のは、助けられたのだろうか。
少なくとも、あのまま質問が続いていたら、ボロが出ていた。
その後、聴取は事件についての確認へ戻り、やがて記録役が筆を置いた。
「事情聴取は以上です」
ガルドも手元の資料を閉じた。
「何か思い出したことがあれば、あとからでも報告してくれ」
「分かりました」
キツキが席を立とうとしたところで、学院長がガルドに声をかけた。
「記録の確認は、君に任せてもいいかな」
「はい、学院長」
ガルドと学院職員が立ち上がり、扉へ向かった。
キツキもそのあとに続こうとしたところで、学院長に呼び止められた。
「キツキ。君は少しだけ残ってくれるかな」
「……俺ですか?」
「うん。すぐに済むから」
ガルドは学院長へ一度だけ視線を向けたものの、何も言わずに学院職員と退室した。
扉が閉まる。
「座っていて構わないよ」
「……はい」
キツキは再び椅子に腰を下ろした。
学院長は机の上の資料には目を向けず、そのままキツキを見ていた。
扉の向こうでは、ガルドたち2人の足音が徐々に遠ざかっていく。
学院長は、その音が完全に聞こえなくなるまで何も言わなかった。
やがて室内に静寂が戻ると、ゆっくりと口を開いた。
「ようやく、こうして話ができるね。キツキ」
「……え?」




