表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

69/91

第69話 ダンジョン実習、終了

『おまえ、変だな』


「初対面でいきなり失礼だな」


 反射的に言い返してから、キツキは固まった。

 目の前にいるのは、どう見ても白い犬のような獣だ。


「……犬が喋った?」


『犬じゃない』


 白い獣は不満そうに目を細めた。


「お前、さっきから返事してるように見えるが……言葉が分かるのか?」


 ムルガドが、わずかに目を細めてキツキを見る。


「え? 普通に喋ってますけど」


「俺には鳴いてるようにしか聞こえねえぞ」


「……え?」


 キツキは白い獣へ視線を戻した。


 改めて意識を向けると、耳に届いている音そのものは、短い犬の鳴き声に近かった。

 それなのに、何を言っているのかは、初めから疑いもしないほど自然に理解できていた。


 ムルガドはそんなキツキと白い獣を交互に見た。


「そいつの名はホンペクだ」


『だから、犬じゃない』


「それはもう分かったから」


 また普通に返してから、キツキは自分の言葉に眉を寄せた。


 ――全言語理解は、人間以外の言葉にも通じるのか。


 傍らでは、治療担当がブロムとエリルの処置を続けていた。キュルとレニアも、疲労を滲ませながらキツキとホンペクのやり取りを見守っていた。


「ところで、俺の何が変なんだ?」


 キツキが尋ねても、このホンペクと呼ばれる獣は答えなかった。


 聞こえていないわけではないらしい。こちらを見上げたまま、ふさふさとした尾を一度だけ揺らした。


「おい、無視するなよ」


『しばらく、おまえと一緒にいてやる』


「は?」


 ホンペクは答えず、当然のような顔でキツキを見上げていた。

 どうやら、理由を説明するつもりはないらしい。


 レニアは口を挟まなかったが、その視線はホンペクの動きを追い続けていた。心なしか、口元もわずかに緩んでいる。


 キツキは困惑したまま、ムルガドへ顔を向けた。


「しばらく、俺と一緒にいるって言ってますけど」


 ムルガドはホンペクの様子を眺め、納得したように小さく頷いた。


「その様子じゃ、本当にそう言ってるみてえだな」


「いいんですか?」


「こいつがそう決めたなら、好きにさせろ。俺もちょうどいいと思ってたところだ」


 何がちょうどいいのか教えてほしかったが、ムルガドはそれ以上説明しなかった。


「精霊獣の類か?」


 ガルドがホンペクに警戒の目を向けた。


「ああ、おそらくな」


 ――精霊獣。


 キツキには初めて聞く言葉だった。どうやら、ムルガドにも正確なところまでは分からないらしい。


「そいつも学院へ連れていくつもりか」


「俺が決めたわけじゃねえ。こいつが勝手についてくって言ってんだ」


 ガルドはもう一度、ホンペクに目を向けた。


「危険はないのか」


「ああ。悪いことにはならないさ」


 軽い口調だったが、ムルガドに迷いはなかった。

 ガルドはしばらくホンペクを見つめたあと、短く息を吐いた。


「学院に戻ったら、こちらでも確認させてもらう」


「好きにしろ」


 気づけば、話はすっかりまとまっていた。


 ――俺の意思は?


 そう思ったものの、今さら口を挟める空気でもない。

 キツキは諦めて、改めてホンペクに目を向けた。


 しばらく一緒に行動するなら、どんな存在なのか確認しておいた方がいい。

 そう思ってメガネを取り出しかけたが、途中で手が止まった。


 周囲には、あまりにも人が多い。ただメガネをかけるだけなら、その力まで気づかれることはないだろう。

 だが、今はやめておいた方がいい気がした。


 そんなことを考えているうちに、ホンペクがキツキの足元まで歩み寄ってきた。


『じゃ』


「え?」


 次の瞬間、白い身体が輪郭を失い、霧のようにほどけると、そのまま跡形もなく消えた。


「……消えた?」


「消えたわけじゃねえ。霊体化しただけだ」


 ムルガドは何でもないことのように答えた。


「霊体と実体を行き来できる。その辺にいるから、気にすんな」


「その辺って……」


 キツキは周囲を見回したが、ホンペクの姿はどこにも見当たらなかった。

 結局、メガネで確認することもできないまま、姿の見えない謎の獣がついてくることになった。


 ホンペクについての話が終わると、ガルドは改めてムルガドへ向き直り、現場で何を確認したのかを順に尋ねた。

 だが、ムルガドが答えられるのは、自分が直接見聞きした範囲だけだった。異常なゲートの先でキツキたちが何を経験したのかまでは、彼にも分からない。


「そういえば」


 キツキは懐に手を入れ、小さな金属札を取り出した。


「これ、まだ渡してませんでした。ロックドレイクの討伐証です」


 ガルドは差し出された討伐証を受け取ると、刻まれた印を確かめるように視線を巡らせた。


 やがて、その表情が険しくなる。


「……これが、あのロックドレイクから出たものなんだな」


「……? はい」


 問いの意図が分からず、キツキはわずかに眉を寄せた。

 だが、ガルドはそれ以上何も聞かず、討伐証を自分の懐へ収めた。


「これは俺が預かる」


 そんなやり取りの間も、騎士団員たちは第7入口の周囲を警戒し、学院の担当者たちは空間接続と擬似ダンジョン内部の調査を進めていた。


 その日の実習は、ほどなく中止が決まった。


 傍らでは、ブロムとエリルへの治療が続いていた。開いていた傷は塞がり、目立った外傷もほとんど残っていない。


 キツキ、キュル、レニアの3人も簡単な状態確認を受けたが、大きな怪我はなかった。


 それでも、失った体力や魔力まで戻ったわけではない。緊張が解けたことで、押さえ込まれていた疲労が一気に表へ出てきたようだった。


 特にブロムとエリルには、しばらく安静が必要だと告げられた。


 異常なゲートの先で起きたことを知るには、キツキたち5人から改めて話を聞く必要があったが、今の状態で詳しい事情を聞くべきではないと判断され、聞き取りは翌日に回された。


 その後、実習に参加していた生徒たちは必要な治療と状態確認を終え、学院側の護衛とともにワープゲートを通り、ギレル魔法学院へ戻った。


 帰還後、一年生の授業は翌日から2日間、すべて休講になることが伝えられた。


 ただし、キツキたちには翌日の正午、事情聴取が待っていた。

 異常なゲートの先で何が起きたのか。それを、改めて話さなければならない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ