表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

66/95

第66話 帰還

 淡い青紫色の光を抜けた瞬間、足の裏に硬い地面の感触が戻った。


 キツキはブロムを支えたまま顔を上げる。先にゲートを抜けたレニアと、エリルを支えるキュルが、すぐ近くで待っていた。


 背後では、水面のように揺れていた膜が細く縮み、亀裂ごと跡形もなく消えていく。


 キツキは周囲を見回した。薄暗い通路も、壁や地面の様子も、ゲートへ入る前にいた場所と変わらない。


「元のダンジョン……だよな」


「ええ」


 レニアは確かめるように5人の姿を見回した。


「これで全員、戻ってこられたわね」


 その言葉に、キツキはようやく息を吐いた。

 長く張り詰めていたものが、ほんの少しだけ緩む。


 ただのダンジョン実習のはずが、呑み込まれたゲートの先でフォールンと命を懸けて戦うことになるとは、思いもしなかった


 だが、それももう終わった。

 あとは、ダンジョンを出るだけだ。


 レニアが入口へ続く通路へ向き直る。キツキたちも、その背を追おうとした。


 そのときだった。


「あん? ガキどもが出てきたじゃねえか」


 進行方向から、乾いた男の声が聞こえた。


 5人の足が一斉に止まる。


 レニアが通路の先へ目を向けた。


 声がしたのは、ダンジョンの入口へ続く通路の先だった。

 壁際に、黒ずくめの男が立っている。背中へ落としたフードの下から荒れた髪をのぞかせ、片手には折り畳まれた紙を持っていた。


 隠れていたわけではない。

 ただ面倒そうに壁に肩を預け、手元の紙に目を落としたまま、初めからそこに立っていた。

 それなのに、声をかけられるまで、誰も男の存在に気づけなかった。


 キツキはブロムを支えたまま、男から目を離せなかった。


 背中を、冷たい汗が伝う。


 身体を動かすことすらためらわれる。それでも、メガネへ意識を集中させると、すぐに、男のそばへ文字が浮かび上がった。


《名称:ダルマティア》

《種別:フォールン》

《リスク:7》


 名称も種別も、今度ははっきりと読み取れた。人間にしか見えないこの男も、フォールンらしい。


 だが、最後に表示された数字を見た瞬間、キツキの喉がひきつった。


 先ほど倒したフォールンは、リスク5だった。


 その相手ですら、5人で力を合わせ、根の動きまで利用して、ようやくブロムの剣が届いた。しかも、その戦いでエリルとブロムは満足に動けなくなり、レニアも大きく消耗している


 それなのに、目の前の男は、その2つ上。

 戦うという選択肢そのものが、最初から存在しなかった。


 わずかに動くだけでも、目の前の男が何をするか分からない。そう思うと、キツキの身体はその場に縫い止められたように動かなかった。


 ダルマティアはそんな5人を眺めると、手にしていた紙に再び目を落とした。


「だから言ったんだよ。最初から俺に全部やらせろってな」


 誰に向けた言葉なのかは分からない。


 わずかな沈黙のあと、キュルに支えられたエリルが、青ざめた顔に苦し紛れの笑みを浮かべた。


「……やっぱり、これで終わりじゃなかったんだね」


「あん?」


 ダルマティアの視線が、紙からエリルに移った。


「おい。中にいたイカレ野郎はどうした?」


 一瞬の沈黙のあと、エリルが答える。


「……倒したよ」


「そうか」


 それだけ言うと、ダルマティアはエリルの姿を眺め、折り畳んだ紙を軽く振った。


「フォルテアの王女ってのは、お前か? 紫髪」


「……私よ」


 レニアの声が、静かな通路にはっきりと響いた。

 その顔から緊張は消えていない。それでも、ダルマティアを見据える声は震えていなかった。


 ダルマティアはレニアに視線を移した。確かめるように顔を見るでもなく、面倒そうに顎を動かした。


「なら、お前だけこっちに来い」


 レニアは答えない。代わりに、一度だけ背後を振り返る。


 キツキに身体を支えられたブロムと、キュルに寄りかかるエリル。そして、その2人を支えるキツキとキュル。

 ここまで命を懸けてともに戦ってきた4人の姿を、確かめるように見つめた。


 かすかに震える指先を握り込み、再びダルマティアへ向き直る。


 レニア・フォルテアという少女は、王族として、これまで多くの人間と向き合ってきた。

 顔色をうかがい、媚びへつらう者。笑顔の裏に敵意を隠し、味方を装う者。


 だからこそ、分かってしまった。

 ここでおとなしく従ったところで、あの男は残された4人に情けなどかけない。全員、殺されるだろうと。


 その結末が見えてしまった以上、レニアは4人のそばを離れなかった。


「はあ、面倒くせえな」


 ダルマティアは小さく息を吐くと、手にしていた紙を無造作に握りつぶした。


 握り込んだ拳から黒い魔力がにじみ出し、紙を包み込んだ。折り畳まれていた紙は細かな塵となって崩れ、そのまま魔力の中へ消えていった。


 ダルマティアがそのまま拳を開くと、掌に残った黒い魔力が渦を巻きながら集まり、周囲へ広がることなく中心へと押し込まれていった。やがて拳ほどの大きさまで凝縮され、光さえ吸い込むような黒い球を形作った。


 その小ささからは想像できないほどの魔力が、内側に詰め込まれていた。


 逃げなければならない。


 そう思っているのに、キツキの足は動かなかった。ブロムを支える腕へ力を込めることしかできない。


 ほかの誰も、身じろぎひとつしなかった。


 避けられない。


 防ぐこともできない。


 掌の上で黒い球が完成した瞬間、キツキは自分たちがここで死ぬのだと理解した。


 その直後、黒い球の周囲だけが、不自然に沈み込んだ。

 圧縮されていた黒い魔力が形を崩し、見えない穴へ引きずり込まれるように消えていった。


 音も、光も残らなかった。


「あん?」


 ダルマティアが、何もなくなった掌に目を落とした。


「ずいぶん面白いことになってるな」


 その背後から、男の声が響いた。


 振り返ったダルマティアの視線の先、入口へ続く通路のさらに奥で空間が揺らぎ、1人の男が姿を現した。


 年齢は60代ほどだろうか。乱れた橙色の髪に、大柄な体躯。迫力のある顔で目を細め、男は目の前の状況を興味深げに眺めていた。


 キツキは、その顔をどこかで見たことがあるような気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ