第59話 供物の森・四
根の向こうで、剣と爪がぶつかる音が響く。
そちらへ視線を戻さなくても、4人がそれぞれに動いていることは分かっていた。
――自分だけが、何もしていない。
改良した雷なら撃てる。
炎も、水も、風も。これまで覚えた魔法なら、形にすることはできる。
だが、レニアの魔法でさえ、フォールンへ届くまでにほとんど力を失っていた。
4人に劣っている自分の魔法を加えたところで、力になれるとは思わない。それどころか、ブロムやキュルの動きを邪魔する可能性すらある。
なら、攻撃とは別の形で、自分にできることを探すしかない。
キツキは持ち上げかけた手を止め、メガネに意識を向けながら、爪に抉られた太い根を見つめた。
露出した根の内側を、淡い反応がゆっくりと流れている。
その向こうで、キュルの手元から黒い線が伸びた。フォールンへ近づくにつれ、線が細くなっていく。
同時に、根の内側を走る反応が、わずかに強まった。
今度は、エリルの障壁がフォールンの爪の前に現れた。やはり、形になった時点ですでに薄い。
その瞬間にも、根を流れる反応が強まった。
キツキは目を凝らした。
偶然ではない。外へ出した魔力が弱まるたび、根の反応が大きくなっている。
脳裏に、木に手を触れていた村人の姿が浮かんだ。男が魔力を流すと、根が動き、獣の囲いを塞いでいた。
レニアとブロムが試したときも、魔力を受け取った根は同じように動いた。
なら、外へ出した魔力は消えているのではなく、根に流れ込んでいるのかもしれない。
確証はない。
それでも、試す価値はある。
ブロムの剣が大きく弾かれた。
光をまとった刃が横へ流れ、フォールンの前から一瞬だけ障害が消える。
それをカバーするように、キュルがすぐに飛び込んだ。短い黒い線を手首へ絡ませるが、踏み込みの勢いを止めきれない。
エリルの障壁が、キツキへと続く進路に2枚重なって現れた。
1枚目が爪に触れて砕ける。続く障壁も、フォールンの肩に押されて大きくひび割れた。
「キツキ、下がって!」
レニアの声に、キツキは反射的に後ろへ足を引きかけた。
だが、すぐ背後まで迫った足音が、それでは間に合わないと告げている。
キツキはフォールンを視界の端に置いたまま、露出した根に向かって走った。
そこまでは、ほんの数歩しかない。
だが、背後から迫る足音は、どんどん距離を詰めてくる。
追いつかれる――そう思った瞬間、ブロムが再びフォールンの前に割り込み、血の流れる左腕で剣を支えた。
黒い爪と光の刃がぶつかり、フォールンの足が止まる。
その隙に、キツキは太い根の前に滑り込み、片膝をついた。勢いのまま、根の表面へ手を押し当てる。
何が動くのかは分からない。そもそも、自分の魔力にも反応する保証すらない。
それでも、迷っている時間はない。
キツキは掌から、一度に出せるだけの魔力を根へ流し込んだ。
太い根の内側を走っていた淡い反応が、一気に広がる。
直後、足元の土が低く震えた。
「うおっ……」
キツキが思わず手を引きかけた、そのときだった。
フォールンの周囲で地面が盛り上がり、いくつかの太い根が土を押し退けて姿を現す。地面すれすれに並んだ根は、敵も味方も関係なく、戦場そのものを細かく区切っていった。
根がフォールンへ襲いかかるような、都合のいいことは起きなかった。
それでも、形を変えた戦場へ先に適応したのは、3人の方だった。
ブロムが持ち上がった根を避けて踏み位置を変えた。キュルも1度は進路を塞がれたが、すぐに根の隙間へ身体を滑り込ませた。フォールンが踏み込める場所も、同じように限られていた。
わずかに向きを変えたところへ、ブロムの剣が振り下ろされる。それを爪で受け止めたフォールンの側面にキュルが回り込み、反対側からエリルの障壁が差し込まれた。
キツキは、根に触れた手に思わず力を込めた。
――思った通りだ。
顔を上げると、持ち上がった根を見ていたエリルの視線が、キツキの手元へ移った。
一瞬だけ目が合う。
それだけで何が起きたのかを察したらしく、エリルはすぐに戦場へ視線を戻した。
「キツキ、そのまま続けて」
根の間を縫って動くブロムたちを追ったその目が、フォールンのさらに奥で止まる。
木々の間には、先ほど見た獣の囲いよりも、一際大きな根の囲いがあった。
「あそこまで追い込むよ」
キツキもフォールンの向こうへ目を向けた。
囲いまでは、かなりの距離がある。
「次に動かせそうな根を探して。根が動いたら、キツキもその近くまで前へ出て」
「俺も?」
「離れたままだと、根がどう動くのか見えなくなるでしょ。私たちがフォールンを押すたび、キツキもついてきて」
エリルは持ち上がった根から、囲いまでの間に並ぶ木々へ目を走らせた。
「片側ずつ道を塞ぐ。空いている方へ進ませながら、戦場ごと森の奥へ移すよ」
言葉が終わるより早く、フォールンが根を踏み越えようとした。ブロムの剣がその進路を遮り、空いている側へ押し戻す。
キツキはその動きから、囲いまでの道へ視線を伸ばした。
根で片側を塞ぎ、ブロムたちが空いた方へ押す。自分も根を動かすたび、それに合わせて前へ出る。
それを繰り返せば、遠くにある囲いまで戦場ごと移していける。
「分かった! やってみる」
キツキは根に手を当て直し、もう1度魔力を流した。
掌に、流し込んだ魔力が途中でいくつかに分かれる感覚が返ってくる。
そのままメガネに意識を向けると、露出した根の内側で、淡い反応がいくつかに分かれ、それぞれ別の向きへ流れていくのが見えた。
その先で何が動くのかまでは分からない。
それでも、掌に返る感覚とメガネに映る流れを重ねれば、反応が向かうおおまかな方向は追えた。
キツキは、囲いへ続く道の片側へ向かう反応を選び、さらに魔力を流した。
地面が震え、少し離れた場所で太い根が持ち上がる。道の片側が塞がれ、フォールンの進める方向が狭まった。
「ブロム、キュル! 空いている方へ押して!」
エリルの指示に、2人がすぐさま動く。
ブロムが正面から剣を押し込み、キュルが短い黒い線で爪の軌道をずらす。フォールンは根を越えることができず、開いている方へ足を踏み出した。
「そのまま続けるよ」
それからは、同じ動きを繰り返した。
エリルが塞ぐ側を選び、キツキがその方向へ魔力を送る。ブロムとキュルは根で狭められた道を利用して、フォールンを空いている方へ押し込んでいった。
根が持ち上がるたび、キツキも次の根へ移り、前線は少しずつ森の奥へ押し上がっていった。
それでも、フォールンの視線は、何度遮られてもキツキへと戻っていた。
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