第5話 すごいのか駄目なのか、どっちなんですか?
案内されたのは、検査棟の一角にある小さな部屋だった。
中央には机が1つ置かれ、その向こうに先ほどの男性教師が座っていた。書類を抱えていた女性職員も隣の席につき、羽根ペンを構えている。
キツキが反対側の椅子に腰を下ろすと、教師はすぐに話を切り出した。
「先ほどの件について、君が見たものを最初から説明してくれ」
口調は穏やかだったが、灰色の目はキツキの表情を注意深く見ていた。どうやら、単なる事情確認で済ませるつもりはないらしい。
キツキは、どこまで話すべきかを考えた。
メガネの能力は言えない。
現在観測できるものなら、知りたいと意識するだけで解析できる。そんな能力を知られれば、今後どこに行っても警戒される。
何より、この世界について何も知らないキツキにとって、メガネを取り上げられるのは致命的だった。
「測定が終わる直前、水晶と台座の境目で黒い光が見えたんです」
キツキは、事実の一部だけを口にした。
「黒い光?」
「一瞬だけです。ほかの光とは明らかに違って見えました。それからレニア……殿下の手が離れなくなったので、あそこに何かあるんじゃないかと思って」
呼び捨てにしかけたのを、慌てて言い直す。
教師の眉がわずかに動いた。
「それだけで、接合部を開けば魔力の流れが変わると判断したのか?」
やはり、そこを聞かれるか。
キツキは、できるだけ平然とした顔を保った。
「黒い光が、あの接合部から出たように見えたんです。教師の人たちが外から魔法を使っても止まらなかったから、原因があるなら、そこじゃないかと思いました」
「接合部を開けば止まると、分かっていたわけではない?」
「はい。直接動かせば何か変わるかもしれないって、それだけです」
女性職員の羽根ペンが、紙の上を走る速度をわずかに落とした。男性教師も、黙ったままキツキを見つめている。
説明としては、かなり苦しい。だが、完全な嘘ではない。
「その推測だけで、死ぬ可能性のある結界に飛び込んだのか?」
「止められるかもしれない場所は分かってたので」
「具体的に、どう止めるつもりだった?」
「……そこまでは。中に入ってから考えました」
「成功する確信もなかったわけか」
「はい」
教師は目を閉じ、深く息を吐いた。
「無謀にもほどがあるな」
否定できない。
実際、メガネを使って接合部をこじ開ける方法を思いついたのは、台座にたどり着いてからだった。
「でも、放っておいたら彼女が危なかったので」
キツキがそう答えると、教師は再び目を開いた。その視線から、わずかに鋭さが薄れたように見えた。
「装置を調べた結果、君が示した位置から、正規の構造には存在しない術式が発見された」
女性職員が机の上に書類を置いた。そこには検査装置らしき図と、いくつもの文字が書き込まれている。
「対象との接続を固定し、魔力を強制的に引き出すための術式だ。何者かが事前に装置へ組み込んだものと見ている」
やはり、事故ではなかった。誰かが意図的に、レニアを狙ったのだ。
「誰がやったかは、分かったんですか?」
「現在調査中だ。君に伝えられる段階ではない」
教師は即座に答え、それ以上の質問を許さないように書類を閉じた。
「同時に、君が細工に関わった可能性も調べる必要がある」
「俺が?」
「当然だろう。王女殿下を狙った術式を、教師たちより先に見つけたのは君だ。事情を確認しないわけにはいかない」
言われてみれば、怪しまれるのも無理はなかった。
キツキは思わず顔をしかめる。
「でも俺、止めようとして怪我までしたんですけど」
「自作自演の可能性まで考えるのが調査だ」
「世知辛いな……」
女性職員が小さく咳払いをした。教師はしばらくキツキを観察したあと、机の脇に置かれていた布包みを取り上げた。
「これは、君の私物だろう?」
布を開くと、中から黒縁のメガネが現れた。
「あ、はい。そうです」
「装置から取り外すのに苦労したが、傷は1つもないぞ」
教師はメガネを持ち上げ、光に透かすように確認した。
「魔力反応もなく、術式が刻まれている形跡もない。見たところ、ただの眼鏡だ」
キツキの背中を、冷たい汗が伝った。メガネの能力までは見抜かれていない。少なくとも、学院の検査では普通の眼鏡としか認識されないらしい。
「そうなんですよ。ちょっと丈夫なだけで」
「ちょっと、という範囲を超えていると思うが」
教師は納得していない様子だったが、メガネを机の上に置いた。
「今回の事件に直接関わる魔道具ではないことは確認した。返しておこう」
「ありがとうございます」
キツキはすぐにメガネを手に取り、傷がないか確かめた。
金属環に挟まれ、あれほどの力を受け止めたはずなのに、つるどころかレンズにも曇り1つない。
壊れないメガネなのだから、当然なのかもしれない。それでも、少し引いた。
「ただし、今後も話を聞く可能性はある。調査が終わるまでは、学院に断りなく都市を離れないように」
「入学初日に、もう容疑者みたいになってません?」
「君を犯人と決めつけているわけではない。正しい事実を確かめるために、関係者全員へ協力を求めている」
教師は淡々と答えた。
少なくとも、最初から犯人と決めつけられているわけではないらしい。キツキはわずかに肩の力を抜いた。
「聞き取りは以上だ」
教師が書類をまとめる。
キツキは椅子から立ち上がりかけたが、続く言葉に動きを止めた。
「それと、事故で中断された基礎適性検査だが、予備の装置で続けてもらう」
「今からですか?」
「君はまだ、何1つ測定していないからな」
ようやく、自分の検査が始まる。
レニアの事件ですっかり頭から抜けていたが、今度こそ、自分がどれほど規格外なのか判明するはずだ。
キツキはメガネをかけ直し、口元に浮かびかけた笑みを抑えた。
「分かりました。行きましょう」
教師はそんなキツキを一瞥すると、何も言わずに部屋の扉を開いた。
◇
予備の検査室は、先ほど騒動が起きた部屋よりも狭かった。
中央には、同じ形をした白い台座と巨大な水晶が置かれている。ただし、室内にいるのは先ほどの男性教師と女性職員、それから装置を点検している学院職員の3人だけだった。
生徒たちの姿はない。
キツキは水晶を見つめ、無意識に足を止めた。
水晶から手を離せなくなったレニア。噴き出した炎と氷。暴風と雷。
つい先ほど目にした光景が、鮮明に蘇った。
「この装置には、異常がないことを確認している」
男性教師がキツキの様子に気づき、そう告げた。
「先ほどの件もある。少しでも違和感を覚えたら、すぐに申し出ろ」
「あの、また手が離れなくなった場合は?」
「今回は最初から切断術式を準備している」
壁際では、女性職員が既に術式の刻まれた板を手にしていた。
どうやら、先ほどよりは安全らしい。キツキは息を吐き、台座の前に立った。
「まずはクラスを測定する。水晶に右手を置け」
言われたとおり、手のひらを水晶に触れさせると、内部に淡い光が灯った。今度は黒い光も現れず、少なくとも、先ほどのような異変は起きていない。
キツキは安心すると同時に、胸の奥で期待が膨らんでいくのを感じた。
無限の魔力。すべての魔法を扱える能力。
レニアは4属性とクラス3で、あれほど周囲を驚かせた。なら、自分はどんな結果になるのか。
もしかすると、装置では表示しきれないほど途方もない数字が出るかもしれない。そんな期待をよそに、台座の側面に最初の結果が浮かび上がった。
《クラス1》
どよめきは起こらなかった。
室内に響いたのは、女性職員の羽根ペンが紙を擦る音だけだった。
「……へ?」
キツキの口から、間の抜けた声が漏れた。
見間違いかと思い、もう一度表示を確認する。だが、何度見ても結果は変わらなかった。
さっきのレニアは、周囲をどよめかせたクラス3。対してキツキは、記録係の手すら止めないクラス1だった。
無限の魔力と、すべての魔法を与えられたはずなのに、あまりにも分かりやすい落差だ。
「装置は正常です」
点検していた職員が、淡々と報告した。男性教師も結果を書類に記録し、特に驚いた様子を見せなかった。
「次は属性を測定する。そのまま手を動かすな」
そうだ。まだ属性の測定が残っている。
クラス1だった理由は分からない。だが、すべての魔法を使えるのなら、次こそ規格外の結果が出るはずだ。
キツキは気を取り直し、水晶を見つめた。水晶の光がわずかに強くなり、台座の表面に文字らしき輪郭が浮かんだ。
しかし、形を結ぶ前に崩れ、光の粒となって消えた。再び文字が現れた。だが、また消えた。
何度か同じ現象を繰り返したあと、ようやく結果が表示された。
《属性――判定不能》
「判定不能?」
キツキより先に、女性職員が顔を上げた。
男性教師も眉を寄せる。
「装置を確認しろ」
学院職員が台座の側面に手を添え、内部の術式を調べた。
「異常はありません」
「もう一度測定する」
一度消えた水晶の光が再び灯ったが、結果は変わらなかった。
《属性――判定不能》
キツキは表示を眺め、わずかに口元を緩めた。
すべての属性を使えるから、1つに絞れなかった。おそらく、そういうことだ。
ならば、これは失敗ではない。むしろ、装置の方が自分の能力を測りきれなかった可能性がある。
クラス1で沈みかけた気分が、少しずつ持ち直していった。
「最後に魔力量を測定する」
教師の言葉に、キツキは小さくうなずいた。
属性は判定不能だった。
だが、すべての属性を使えるからこそ、装置が1つに絞れなかったのだとすれば、それはむしろ規格外の証明ではないか。
そして、最後に残った魔力量こそ本命だった。何せ、自分の魔力は無限なのだ。
水晶の中心に光が集まり、ゆっくりと全体に広がっていった。キツキは期待を隠しきれず、表示を見つめる。
しかし、結果はなかなか現れなかった。水晶の光が明滅し、台座には細かな文字が流れ続けていた。
「……長くないですか?」
「手を離すな」
男性教師は、表示から目を逸らさなかった。
さらに時間が過ぎた。
先ほどレニアの検査にかかった時間など、とっくに超えている気がした。
やがて、水晶の明滅が止まった。台座を流れていた文字も消え、最後の結果が浮かび上がる。
《魔力量――測定不能》
室内には、水晶の内側で光が弾ける微かな音だけが残った。
女性職員は記録欄にペン先を置いたまま、表示を見つめていた。装置を確認していた職員も、水晶と結果を交互に見比べている。男性教師だけが腕を組み、無言のまま動かなかった。
クラス1。属性、判定不能。魔力量、測定不能。
キツキは、3つの結果を順番に見比べた。
クラスだけを見れば、どこにでもいる新入生。残る2つは、規格外なのか、ただ測れなかっただけなのかも分からない。
――それにしても、なぜ誰も口を開かないんだ?
キツキは男性教師を見る。
逸らされた。
女性職員を見る。
そちらも記録用紙に視線を落とした。
最後に装置を確認していた職員を見ると、なぜか水晶の点検を再開している。
「……誰か答えてくれません?」
キツキは、最後の望みを託すように男性教師へ顔を向けた。
「これ、すごいのか駄目なのか、どっちなんですか?」
その後も何度か尋ねてみたが、なぜか最後まで誰も答えてくれなかった。




