表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

36/55

第36話 足りないもの

 適性確認が終わった日の放課後、キツキは迷っていた。


 残りの一日を、どう過ごすべきだろうか。


 教室に戻る気にはなれない。かといって、そのまま寮へ帰るには、頭の中がまだ落ち着いていなかった。


 適性確認で魔法が形になったことを思い返すと、胸の奥が少し浮く。けれど、それとは別に、体は妙に重かった。


 魔法を使ったからだろうか。


 そう考えて、すぐに首をかしげる。


 魔力が減った、という感じはしない。そもそもキツキは、魔力が尽きる感覚を知らない。減っていないのか、減っているのに分からないのか、その区別すらつかなかった。


 ただ、体は確かに疲れている。


「……魔法って、こんなに疲れるものなのか?」


 呟いても、答えは返ってこない。


 魔力が原因ではないのだとしたら、体の方かもしれない。そう考えると、じっとしている方が落ち着かなかった。


 だからキツキは、鍛錬区画へ向かった。


 ただし、向かったのは標的に向けて魔法を撃つための場所ではない。鍛錬区画の一角にある、身体鍛錬用の設備だった。


 そこには、すでに先客がいた。


 ブロムである。


 片手で重そうな器具を持ち上げているが、魔法を使っている様子はない。腕と肩だけで支えているように見えるのに、動きは乱れなかった。


「よ、ブロム」


 キツキが声をかけると、ブロムは器具を下ろして振り返った。


「キツキか。珍しいね」


「ちょっと、体を動かした方がいいのかと思って」


 自分で言ってから、どこか頼りない言い方だと思った。


 ブロムは少しだけ目を細める。


「昼の適性確認か」


「ああ。魔力が減った感じはしないんだけど、体が妙に重くて」


 ブロムはすぐには答えなかった。


 少し考えるように、キツキの立ち方を見る。


「……見ていて、気になったところはある」


「え」


「言ってもいいかな」


 キツキは一瞬だけ迷って、それからうなずいた。


「頼む」


「魔法そのものより、体の使い方だと思う」


 ブロムは、そこでようやく言葉を続けた。


「魔法でも、体は使う。構えが崩れれば、魔力の流れも乱れる。呼吸が浅くなれば、同じ魔法でも安定しない」


 キツキは、自分の掌を見た。


 思い返せば、出すたびに肩に力が入っていた気がする。標的へ向ける腕も、途中で少し震えていた。


「俺、そんなに崩れてたか?」


「崩れていたというより、慣れていないように見えたね」


 ブロムは責めるようには言わなかった。


「魔法を撃つことだけに集中して、体が後からついてきている。そんな感じだ」


「……なるほど」


 言われてみれば、思い当たることはあった。


 頭の中で線を組み直すことに必死で、立ち方や呼吸のことまで考える余裕はなかった。


「前衛をやるなら、なおさらだ。魔法を使う前に体が崩れれば、それだけ次の動きが遅れる」


「前衛か……」


 キツキは小さく笑った。


「正直、俺が前に出る姿って、あんまり想像できないけど」


「そうかな?」


 ブロムは少しだけ首をかしげた。


「試してみるだけでも、分かることはあると思うよ」


 そう言って、別の器具を指す。


「まずは軽いものからだ」


 キツキは指された器具を見た。


 軽い、という言葉を信じたい。けれど見た目は、少なくとも今のキツキにはあまり軽そうに見えなかった。


 両手で持ち上げようとして、すぐに腕が止まる。


 止まった。


 まるで器具の方が床に根を張っているみたいに、少しも動かない。


「……これで軽い方?」


「軽い方だ」


 ブロムは人当たりのいい笑顔でうなずいた。


 たぶん、深い意味はない。


 けれどその笑顔は、今のキツキには少しだけ怖かった。


 ブロムは当然のように隣で自分の器具を持ち直す。


 キツキは小さく息を吐き、もう一度それに手をかけた。


 ……上がらなかった。



 その少し前、エリルは廊下の窓辺に寄りかかっていた。


 外では、鍛錬区画へ向かう生徒たちの姿が見える。


 その中に、キツキの姿もあった。


「……本当に、よく分かんないなあ」


 エリルは小さく呟いた。


 入学試験では、前代未聞の解き方をした。


 属性は判定不能。


 それだけでも十分に変なのに、今日の適性確認では火、風、水を使った。氷の話も、耳には入っている。


 魔法のことだけでも、普通ではない。


 けれど、それだけでは終わらない。訓練場で大怪我をしたはずなのに、今は普通に歩いている。


 そのうえ、レニアやブロムのような名のある生徒たちまで、キツキの周りでは少しずつ動きを変え始めている。


 並べれば並べるほど、情報は増える。けれど増えた分だけ形になるかといえば、そうではない。


 足りないのではない。多すぎるのに、つながらない。


 エリルは、窓の外を見たまま薄く笑った。


 ただの一般生徒ではない。それはもう、疑う段階ではなかった。


 では、何なのか。


 ――フォールン。


 一瞬、その言葉が頭をよぎる。


 魔法を扱う者が道を外れた時、世間はそう呼ぶ。


 けれど、すぐに違うと思った。


 この学院に紛れ込み、あれだけ目立つ動きをするフォールンがいるとしたら、それは間抜けか、よほどの怪物だ。


 では、人間ではないのか。


 そこまで考えて、エリルは声を出さずに笑った。


 さすがに、それは飛びすぎだ。


 答えを急ぐには、材料が散らばりすぎている。


 今分かるのは、キツキが分類しにくい存在だということ。そして、分類できないものほど、近づき方を間違えると危ないということ。


「まずは、どっちかな」


 敵か、味方か。


 少なくとも、見極めるまでは目を離せない。


 エリルは窓辺から身を離し、いつもの軽い笑みを浮かべた。



 その日の夜、学院内に1つの告知が出された。


――班別実技演習、3日後より再開


 掲示板の前には、すぐに何人もの生徒が集まった。誰と組むのか、という声がいくつも重なる。


 初回は訓練区画内での小規模班による連携確認。班は先に行われた適性確認の結果をもとに学院側が編成し、具体的な班分けは実習前に通知される。


 それだけの告知だった。


 けれど、生徒たちの受け取り方は軽くない。


 ただ魔法を見せるだけの確認とは違う。今度は、誰かと組み、動き、互いの役割を確かめる実習になる。


 その告知を見たあと、レニアは夜の鍛錬区画にいた。


 そこには、昼間とは違う静けさがあった。


 人がいないわけではない。


 遠くには、まだ居残っている生徒の気配がある。誰かが剣を振る音。魔法が標的に当たる小さな音。話し声は少なく、どれも広い空間の奥に沈んでいた。


 その一角で、レニアは1人、掌を上げていた。


 細い炎が灯る。


 それは昼の適性確認で見せたものより、少しだけ揺れていた。


 レニアは奥歯を噛む。


 炎を消さないように、乱れた形を無理やり整える。


 班別実技演習は、3日後に再開される。


 その文字を見た時、胸の奥が小さく冷えた。また、炎を持って誰かの前に立つ時が来る。そう思った。


 今日、キツキは火を出した。魔法を怖がっていたはずの少年が、攻撃魔法にも手を伸ばした。


 粗く、小さく、頼りない火だった。けれど、確かに標的へ飛んだ。


 それを見ても、レニアの震えが消えるわけではない。けれど、逃げる理由にもできなかった。


 キツキが前に進もうとしている。


 なら、自分だけが、止まったままでいるわけにはいかない。


 もう一度、炎を出す。


 掌の上に灯った火が、わずかに歪んだ。


 汗がレニアの頬を伝う。


 傍から見れば、鍛錬の熱で流れた汗に見えるかもしれない。


 けれど、それはすべて冷や汗だった。


 背中を流れる汗も、指先の震えも、力の入りきらない足も、熱のせいではない。


 膝をつきたい。今すぐ炎を消して、床に手をつきたい。


 普通なら、そこで倒れている。


 それでも、レニアは立っていた。


 ただでさえ、身分や容姿のせいでレニアは人目を引く。まして、ここは鍛錬区画だ。誰に見られていてもおかしくない。


 そんな場所で、自分が膝をついて折れる。レニアという少女は、それを自分に許さない。


 レニアは震える指を握り込み、もう一度開いた。


 体は、もう限界だったが、それでも、掌は下ろさなかった。


 その夜、暗い空には、何度も赤い炎の筋が走った。


 倒れてもおかしくない少女は、最後まで一度も膝をつかなかった。

ここまで読んでくださってありがとうございます!


基本、毎日2話更新です!


続きが気になる、また読みに来てもいい、と思っていただけましたら、

ブックマークしていただけると励みになります!!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ