第150話 プライムフォーラム・2
最初の学生が発表を始めると、キツキはかけていたメガネの位置を軽く直した。必要になれば使うつもりで、そのまま壇上へ目を向ける。
発表している学生は少し緊張しているようだったが、用意した資料を使いながら、研究内容を順序よく説明していった。
発表が終わると、さっそく質問が上がった。特別質問を申し出た学生が進行役に指名され、席から立ち上がる。
それは研究の検証条件についての質問だった。壇上の学生は一度資料を確かめ、落ち着いて答えた。
しばらくやり取りが続いた後、質問は有効と認められ、質問権は消費されなかった。
(なるほど。こんな感じで進むのか)
その後も発表は続いた。
研究の内容はさまざまで、キツキにも興味を持てるものがある一方、何を目指しているのか最後までよく分からないものもあった。
特に、ある条件で起こる魔力の変化を延々と調べた研究には、思わず首をひねってしまった。何に役立つのか想像もつかなかったのだが、質問に立った学生たちはずいぶんと熱心だった。
(そんなに気になるものなのか?)
自分には分からないだけで、研究畑の人には重要なのかもしれない。
逆に、最初は地味だと思っていた研究が、質問への回答を聞いているうちに、面白く感じられるなんてこともあった。
そうしていくつもの発表を聞いていると、研究の内容だけでなく、発表する学生たちの様子にも違いがあることに気づく。
堂々と説明する学生もいれば、何度も資料を確認しながら話す学生もいる。そんな中で、ある女子生徒の発表が印象に残った。
発表自体は順調だったものの、特別質問を受けた途端、言葉が止まってしまったのだ。
「あ、えっと……その点については……」
女子生徒は手元の資料に目を落とし、何かを言いかけては口を閉じる。
それでも、もう一度資料を確かめると、質問者の方へ顔を上げた。
「……すみません。少し整理させてください」
女子生徒はしばらく黙って考え込んだ後、改めて説明を始めた。途中で言い直す場面もあったが、どうにか最後まで答えきった。
(よかった、なんとか答えられたか……)
途中からは、キツキも自分のことのように感じて、つい応援してしまったくらいだ。
ただ、明日は自分もあそこに立つのだ。下手をすれば、もっと悲惨なことになるかもしれない。
何しろ、質問する側にも遠慮がないのだ。
なかでも同じギレル学院の先輩であるウインスは、特に積極的だった。気になる点を見つけるとすぐに質問を申し出て、研究の説明や検証結果について鋭く問いかけていた。
その語気はほかの質問者よりも強く、答える側がたじろぐこともあった。納得できる回答が返ってくれば、それ以上は追及しない。それでも、質問を重ねる姿はどこか得意げにも見えた。
(よくあんなに質問するところが見つかるな……。でも、さすがに同じ学院の俺たちには質問してこないよな?)
◇
昼休憩に入って食事を取り始めると、キツキは小さく息を吐いた。
(脳が疲れた……)
朝からずっと発表を聞いて、そのたびに内容を理解しようとしていたのだから無理もない。しかも、これでまだ半分も終わっていない。
それだけでも大変なのに、明日は自分たちの番だ。あの人数を前に説明し、質問にまで答えることを考えると、少し気が重くなる。
そんなことを考えながら昼食を済ませ、午後の発表に戻った。
食後の眠気を少し感じながらも、いくつかの発表を聞いていると、聞き覚えのある名前が呼ばれた。
「グランフェル家のレオニスさん、お願いします」
キツキは壇上へ向かう男子学生を見て、すぐに思い出した。以前エリルと街を歩いていたときに出会った、ずいぶん自信満々だった学生だ。
その態度はここでも変わらないようで、レオニスは堂々と発表を始めた。
研究内容を簡単に言えば、魔道具をより扱いやすくするための改良だった。従来は使用者自身で行う必要があった細かな調整を魔道具側が担うことで、通常の使用ではその調整が不要になったという。
実際の改善結果も示されており、態度はともかく、研究自体はなかなかよさそうだった。
(へえ、普通に便利そうだな)
既存の魔道具に新しい工夫を加えて、より使いやすくするという点では、自分たちの杖の研究とも、どこか似たところがある気がした。
お抱えの研究者に研究を任せているという噂もあったが、少なくとも今の発表を聞く限りでは、特におかしなところは感じられなかった。
もっとも、発表が終われば質疑応答が待っている。レオニスにもさっそく学生の1人が質問を申し出た。
改良前と改良後の使いやすさを、どのように比べたのかという質問だった。レオニスは一瞬言葉を止めたものの、資料を軽く確認した後、使用者の経験によって結果に差が出ないよう条件を揃えて比較したことを説明した。
続いて別の学生が立ち上がる。
「今回の改良では、従来と比べて使用できる条件に違いはあるのでしょうか。調整を自動で行えない状況などはありませんか?」
「ええ、その点についても確認しています」
レオニスはそう答えてから、少し間を置いた。
「基本的には従来と変わりません。ただ、使用者側で調整を行う必要がある場合もありますので……」
その後も説明は続いたが、結局どんな場合に使用者側の調整が必要になるのか、キツキにはいまひとつ分からなかった。
ほかの学生たちは今の説明で納得できたのだろうか。そう考えていると、エリルの向こう側でウインスが手元のボタンを押し、進行役に名前を呼ばれて立ち上がった。
「先ほどの発表では、通常の使用に必要な細かな調整は、魔道具側で行うと説明されていましたね」
「……ええ。そのとおりです」
「ですが、今の回答では、使用者自身が調整する場合もあるとのことでした。それは通常の使用でも必要になるのでしょうか。それとも、特別な条件に限られるのでしょうか?」
それまでは多少間を置きながらも答えていたレオニスだったが、今回は様子が違った。何かを言いかけたものの、そのまま口を閉じる。
そして、この質問をきっかけに、レオニスは思いもよらない窮地に立たされることになる。




