第151話 プライムフォーラム・3
レオニスはすぐには答えず、手元の資料を何枚かめくった。
「それは……使用条件によって異なる部分でして……」
「では、発表で示された通常の使用条件に限ってお答えください」
ウインスの声が少し強くなった。
「……通常の使用でも、その細かな調整は使用者が行う必要があります」
「それなら、なぜ発表ではその調整が不要になると説明されたのでしょうか?」
レオニスは少し顔をしかめた。
「ですから、その調整を魔道具側で行うことによって……」
そこまで言って、言葉が止まる。先ほど自分が答えた内容と食い違うことに気づいたのか、資料へ視線を戻した。
「いえ、今のは……」
訂正しようとしたものの、適切な説明は出てこなかった。
近くの席から小声が漏れた。
「やっぱり、あの噂……」
同じことを考えた者は、少なくなかったのだろう。レオニスを見る客席の目は、先ほどまでとは明らかに変わっていた。
以前から噂されていた、グランフェル家と関わりのある研究者に実際の研究を任せているという話。それが本当だったのではないかと、疑い始めた者も多い。
レオニスは手元の資料を見つめたまま、何かを言い直すこともできず、やがて小さく口を開いた。
「……以上です」
その言葉を受けて進行役が発表の終了を告げ、続けてウインスの質問を有効と判定した。
研究成果そのものには価値があり、今回の質疑だけで不正が証明されたわけでもない。だが、疑惑を晴らすどころか、何も説明できずに発表を終えてしまったのだ。客席からすれば、噂を認めたも同然に映っただろう。今後、レオニスが研究者として認められるのは相当に難しくなった。
レオニスは資料を抱えると、何も言わずに壇上を降りていった。その姿に、発表当初の自信満々な様子は見る影もなかった。
その様子を見て、ウインスもようやく腰を下ろした。しかし、その表情にはまだ少し苛立ちが残っていた。
(やっぱ、この人怖えな……)
レオニスにも問題はあったのだろう。けれど、あそこまで自信を失った姿を見ると、さすがに気の毒に思えてしまった。
ふと隣を見ると、エリルがこちらへ目を向け、わずかに肩をすくめた。
どうやら、「噂どおりだったね」とでも言いたいらしい。すぐ隣にはウインスがいるので、わざわざ口には出さなかったのだろう。
キツキも少し大げさに肩をすくめ返し、エリルと顔を見合わせて苦笑した。
そんな2人を、隣のレニアが目を細め、どこか不満そうに見ていた。
◇
レオニスの発表が終わり、フォーラムは次の発表へと進んだ。
今度の発表は、4人の学生による共同研究だった。説明と実演を分担しているため、発表の進行も分かりやすい。質問を受けた学生が答えると、隣の学生が検証結果を補足し、2人で説明をまとめていた。
(うん、やっぱ共同研究っていいよな)
実演も質問への回答も分担できる。明日は自分もレニアと一緒に発表するので、こうして先に共同研究の利点を確認できたのは心強かった。
それから何件かの発表を挟み、見覚えのある少女が壇上に立った。
ピンク色のボブヘアに、同じような色の瞳。尖った耳を持つエルフの少女だ。カルネアに着いたときにすれ違った、妙に印象に残っている子だった。
キツキが手元のパンフレットを確認すると、エルフェリア樹学院の1年生、モニカ・ソラリーとある。
発表の題目は『発動後の魔法の軌道修正』だった。
(あ、やっぱあの子か)
昨日、この題目を見たときにも何となく彼女の姿が浮かんだが、どうやら予想は当たっていたらしい。
モニカは明るい声で挨拶すると、さっそく研究内容の紹介を始めた。
「皆さんもご存じだと思いますが、発動した魔法の軌道を変えるには、かなりの技量が必要です。そこで私は、軌道修正を補助して、より安定して行えるようにするための専用術式を開発しました!」
そう話すと、モニカはその術式を組み込んだクラス1の水魔法で、ボウリング球ほどの大きさのピンク色の水球を作り出した。
その進行方向には障害物が置かれ、標的は障害物の斜め奥に用意されている。
モニカが水球を放つと、真っすぐ進んでいた水球は障害物にぶつかる直前でぐいっと方向を変えた。そのまま障害物の横を通り抜け、斜め奥の標的に命中する。
客席のあちこちから「おおっ」と感嘆の声が上がった。
キツキも思わず目を見張った。
(すげえ。これは便利そうだな)
発射してからでも方向を変えられるなら、使い道はいくらでもありそうだ。
その後、客席から特別質問が入った。
「軌道修正の回数や角度を増やした場合、どの程度まで安定して制御できるのでしょうか?」
その質問を聞いたモニカは、待ってましたと言わんばかりにぱっと表情を明るくした。
「それなら、説明するより実際に見ていただいた方が早いと思うのでお見せしますね!」
そう言って彼女が取り出したのは、空中に輪っかを浮かべる魔道具だった。
それは子供の遊びによく使われるもので、格式あるプライムフォーラムの壇上にそんなものが持ち出されたことに、客席からは意外そうな声も上がった。
モニカは複数の輪っかを離れた位置に浮かべると、先ほどと同じ大きさの水球を作った。
放たれた水球は最初の輪をくぐると、進路を変えて次の輪へ向かった。その輪も通り抜けると、さらに方向を変えて別の輪をくぐる。ここまでは、きれいな球形を保っていた。
しかし、3回目の軌道修正で水球の表面が波立ち始める。
モニカはそのまま操作を続け、4回目の軌道修正で最後の輪をくぐらせた。その頃には水球が大きく歪み、今にも崩れそうになっていた。
それを見届けると、モニカは自分で魔法を解除した。水球は床に落ちることなく消えた。
「このように、軌道修正を繰り返すほど制御は難しくなります。大きな角度で曲げる場合も同じです」
モニカは先ほどまでと変わらない明るい調子で説明を続けた。
「今回はクラス1の単純な水魔法でしたが、それでも私だと4回くらいが限界です。もっと複雑な魔法なら、少ない回数でも難しくなると思います」
質問した学生は、空中に浮かぶ輪と水球が消えた場所を見比べてから、納得したようにうなずいた。
さらに質疑が進んだところで、今度は研究者の1人が水球の色について尋ねた。
「先ほどの水魔法はピンク色でしたが、あれも術式の安定性などに関係しているのでしょうか?」
モニカはきょとんとした顔をしたが、すぐににこりと笑った。
「あ、いえ。こっちの方が可愛かったからです!」
あまりにもあっさりと答えられ、質問した研究者は一瞬面食らったようだった。
「あ、そうでしたか……」
客席にも一瞬、何とも言えない空気が流れた。
もっとも、その空気も長くは続かなかった。質疑応答が区切られると、会場のあちこちから再び声が上がり始めた。
話題になっているのは、先ほどの水球の色ではない。モニカが発表した軌道修正の術式についてだ。
最初は小さかったざわめきが、少しずつ会場全体へと広がり始めていた。




