第149話 プライムフォーラム・1
一方、その夜。カルネアのとある飲食店では、エリルが1人の少女と向かい合っていた。
奥まった席に座る少女は、鮮やかな真紅の髪をしていた。品のよい私服に身を包み、テーブルの上の書類へ目を通している。
「それで、頼んでおいたものは?」
「そうね。少し手間はかかりそうだけど、調達の目処は立ったわ」
「そっか。ならよかった」
エリルが頷くと、少女は書類を閉じ、不敵な笑みを浮かべた。
「それにしても、ずいぶん妙なものを欲しがるのね。何を企んでるの?」
「別に。ちょっと必要になっただけだよ」
「ふうん……」
少女は頬杖をつき、エリルの顔をじっと眺めた。
「最近の動きと、これまでのあなたの頼みを考えると……もしかして、クルエルヴェール、だったりして?」
「……」
エリルはそこまで見抜かれるとは思っておらず、一瞬言葉を失った。
(……ほんとに、この人は)
少女の口元が、にやりと吊り上がる。
「あら、当たり?」
「さあ、どーだろうね」
「ふふっ。まあ、いいわ。あなたが何を企んでいようと、私には関係ないし」
「そうしてくれると助かるよ」
「……でも、面白い話よね。知りたがる人もいるんじゃない?」
エリルは少女の顔を一度見てから、呆れたように肩をすくめた。
少女はその様子をじっと眺めていたが、やがて楽しそうに笑った。
「ふふっ。冗談よ、冗談。あなたとは仲良くしていきたいもの」
その笑みに悪びれる様子はない。エリルもそれ以上は追及せず、カップに残っていた飲み物を口にした。
「それにしても、フォーラムにまで商売の種を探しに来るなんてね」
「当然でしょ。あれだけ研究が集まる機会なんて、そうそうないんだから」
少女はそう言って笑うと、今度はエリルをまっすぐに見た。
「ああ、それと。あなたの研究については、ほかより先に私と交渉する約束、忘れてないわよね?」
「ちゃんと覚えてるって」
「なら結構」
少女は満足そうに笑うと、席を立った。
「今日は私が払っておくわ。面白い話も聞かせてもらったしね」
「別に、それくらい自分で――」
「いいのよ」
少女はそのまま会計へ向かってしまった。
エリルはその背中を見送り、小さく息をついた。
店を出ると、夜のカルネアにはまだ多くの明かりが灯っていた。
「……相変わらず、やりづらいなあ」
誰に聞かせるでもなく呟き、エリルは宿へと歩き出した。
◇
翌朝。
キツキたちギレル魔法学院の一行は、プライムフォーラムの会場前に到着していた。
そこにあったのは、キツキが想像していたものとは随分違う建物だった。
直線と曲線を組み合わせた独特な外形に、明るい色合いの外壁。大きく開かれた入口も含め、古い建物にありがちな重厚な装飾はほとんど見られない。
(へえ……なんか、すげえ新しい感じだな)
長い歴史を持つ催しと聞いていたため、もっと古めかしい建物を想像していたのだが、どうやら違ったらしい。
もっとも、キツキの目を引いたのは建物だけではなかった。
入口付近には大勢の学生たちが集まっている。ギレルのものとは違う制服ばかりで、色合いやデザインも実にさまざまだ。
こうして見ると、本当に多くの学院があるのだと実感する。
さらに目を向けると、学生たちに交じって研究者らしい大人の姿もあった。入口には警備員も配置されており、集まった人々はその脇を通って次々と会場へ入っていく。
キツキたちもマリベルに続いて会場内へ進んだ。
やがて大きな講堂に入ると、キツキは思わず足を緩めた。
(……おお)
客席が何段にも連なり、下に向かって広がっている。その先、最も低い位置には発表用の壇上が設けられていた。
かなりの人数が入れそうな講堂だが、不思議と騒がしさは感じられない。
学生たちは小声で話し、何度も手元の資料を確認している。中には、資料を握りしめたまま、じっと壇上を見つめている者もいた。
一方、研究者らしい人々は比較的落ち着いており、資料に目を通したり、周囲の学生たちへ視線を向けたりしている。中には、これから発表する若者たちを見定めるように眺めている者もいた。
(……なんか、空気が重いな)
ここでの研究発表がきっかけで、将来の進路が大きく変わることもあると聞いている。目の前の学生たちの様子を見ると、その話にも納得できる気がした。
キツキはそんな学生たちを横目に、仲間たちとともに指定された中ほどの席へ腰を下ろした。
これからこの講堂で、各学院の学生たちが順番に研究成果を発表していく。
その舞台となるプライムフォーラムは、2日間にわたって開催される学術催事だ。
開催時間は両日ともおおむね10時から19時まで。各発表には質疑を含めて最大約45分が与えられ、合間には機材の入れ替えや休憩の時間も設けられている。
発表には研究者や専門家、招待客なども立ち会い、学生たちの研究成果を見守る。
特別質問権を使えるのは、正式に参加する学生の発表者たちだけだ。ただし、通常質疑では主催側が認めた研究者や専門家なども質問できる。
順位や優勝を争う大会ではないものの、研究者としての将来につながる貴重な機会であることに変わりはなかった。
やがて開始時刻が近づき、壇上に立った司会者が簡単な案内を済ませると、カルネア学術評議会総議長、アーヴェル・クローディスの名を告げた。
壇上へと進み出たアーヴェルは、黒髪の年配男性だった。柔和な顔立ちで、特に威圧的な雰囲気はない。
それなのに、彼が姿を見せると、客席のあちこちで会話が途切れていった。
(アーヴェル……どっかで聞いたことあるような)
キツキは隣のエリルへ顔を寄せた。
「なあ、エリル。あの人って有名なのか?」
「有名どころの話じゃないよ。……まあ、簡単に言えば、今の防御膜を実用的なものにした人かな」
「……え、マジで?」
防御膜といえば、魔法使いなら誰もが知っている技術だ。キツキ自身も何度となく世話になっている。
改めて壇上へ目を向けると、アーヴェルが静かに口を開いた。
「皆さん、本日はよくお集まりくださいました。ここで披露される研究は、皆さんが積み重ねてきた努力の成果です。どうか惜しまず、その成果を示してください。そして質問する側も、研究への敬意を忘れず、互いに高め合える場となることを願っています」
穏やかな口調で挨拶を終えると、アーヴェルは司会へ進行を譲った。
ほどなくして、最初の発表者が呼ばれる。
1人の学生が壇上に進み、用意された位置に立った。
客席に座る学生たちも、研究者たちも、静かにその姿へ視線を向けている。
そして、プライムフォーラムが始まった。




