第147話 今夜、私のホテルに来なさい
すれ違いざま、モニカも銀髪の少女に目を向け、思わず目を丸くした。
(……すごい。エルフでも、こんな綺麗な人見たことないかも)
腰まで伸びた銀色の髪に、整った顔立ち。どこか大人びた雰囲気もあって、思わず見とれてしまう。
「……綺麗」
小さく漏れた声は、相手には届かなかった。
「モニカ、こんなところにいたのね」
後ろから声をかけられ、モニカは振り返った。そこには、同じ学院の先輩が立っていた。
「先輩!」
「よかった。なかなか戻ってこないから、心配してたのよ」
「えへへ、ちょっと気になるものがあって……」
「そうだったのね。でも、今度は私に言ってから、ね?」
先輩が優しく笑いかけると、モニカはうんうんとうなずいて、その隣に並んだ。
だが、少し歩いたところで、もう一度だけ後ろを振り返った。
あの銀髪の少女の姿は、すでに人の流れに紛れて見えなくなっていた。
◇
その頃、マリベルに案内されていたキツキたちは、宿泊施設が多く並ぶ通りに着いていた。大きな建物もあれば、落ち着いた外観の宿もあり、荷物を持った学生や研究者らしい人々が行き交っている。
「事前に希望された方の宿泊先は、すでに手配してあります。場所もご案内した通りですので、そちらへ向かってください」
マリベルは続けて、発表順などが載ったパンフレットが夕方以降に宿へ届けられることも伝えた。
説明が一段落すると、リゼットがマリベルに声をかけた。
「では、私たちはこちらで失礼いたします」
飛行船でも聞いていたが、レニアは主催側の宿ではなく、自分で手配したホテルに泊まることになっていた。
その話を聞いたとき、キツキはわざわざ別の宿を取る必要があるのかと尋ねたのだが、返ってきたのは「王族なのだから当然でしょう」という一言だった。
いかにもレニアらしい返答だった。
「じゃ、レニア。また明日な」
キツキは軽く手を振ると、荷物を持ち上げた。
「……待ちなさい、キツキ」
その声に振り返ると、レニアが腕を組んでこちらを見ていた。
レニアが片手をほどいて手招きすると、キツキは首をかしげながらも近づいた。
「……今夜、夕食が終わったら私のホテルに来なさい」
レニアは声を落としてそう告げた。
「えっ?」
(……ホテル? しかも今夜?)
思わずレニアを見つめていると、彼女は当然のように続けた。
「発表の最終確認をするわ。明日が本番になるかもしれないでしょう?」
「あ、ああ……そっか。そうだったな」
キツキがまだどこか上の空で返事をすると、レニアは小さくため息をついた。
近くにいたエリルは、話が聞こえていたのか、こちらを見て笑いを堪えていた。
「まったく……。場所はリゼットから聞いてちょうだい。ホテルには話を通しておくから」
「わ、わかった。飯食ったらすぐ行くよ」
「遅れたら承知しないわよ」
その後、キツキはリゼットからホテルの場所を教えてもらい、レニアたちを見送った。
少し離れたところでは、ウインスがレニアたちの後ろ姿を冷ややかに見つめていた。
わざわざ上等なホテルを選び、それを当然のようにしているレニアの態度が、どうにも気に入らないようだった。
ウインスはしばらくその背中を見送ると、視線を外して歩き出した。
◇
キツキが主催側の手配した宿に到着すると、予想以上に立派な建物が目に入った。
大勢の参加者が泊まる宿なので、正直あまり期待していなかったのだが……
「……結構いいじゃん」
案内された部屋も、なかなかのものだった。
ギレル学院のSクラス寮だって部屋は十分に広い。ただ、キツキは家具をあまり買い揃えていないので、どうしても殺風景なところがある。
その点、こっちの部屋はソファやクッションまで揃っていて、内装もおしゃれだった。
キツキは荷物を置くと、すぐに外に出る準備をした。
実は宿に入る前、エリルを街歩きに誘っていたのだ。
せっかくの学究都市だし、1人で歩くより、いろいろ知っていそうなエリルと回った方が楽しそうだったからだ。
……本音を言うと、明日からのフォーラムを前にしてなんとなく落ち着かなく、今日は誰かと一緒に回りたい気分だったのだが。
そうして宿の入口でエリルと合流し、2人でカルネアの街へ繰り出した。
見慣れない制服を着た学生たちがあちこちを歩いているし、店先で何やら難しそうな話をしている大人たちもいた。街灯や建物にも、魔法技術が使われていそうなものが多く見られた。
「なんか、街全体が研究してるみたいだな」
「ふっ、変なこと言うね~。ま、わからなくもないけど」
エリルは少し笑うと、ふと思い出したようにキツキを見た。
「そういえばさっき、レニア姫に――」
そこまで言って、エリルはこらえきれずに吹き出した。
「……頼む。忘れてくれ」
「えー? どうしよっかな~」
エリルはひとしきり笑ったものの、それ以上は何も言わなかった。
キツキはなんとも居たたまれない気分のまま、エリルと店先をのぞいて回った。
そんな中、展示窓に置かれた変わった魔道具が目に留まった。
説明によれば、内部を流れる魔力を目で確認できる研究用の器具らしい。キツキが顔を近づけると、装置の中を細い光が流れているのが見えた。
「んー? 何これ?」
装置に見入っていたキツキの隣から、エリルがひょいと顔を覗かせた。
「へ~、結構面白いね」
すぐ隣にエリルの顔があって、思わずドキッとした。ふわりといい香りもして、妙に意識してしまう。
「あ、ああ……そうだな」
キツキは少しぎこちなく返事をしたが、エリルは気にした様子もなく、興味深そうに装置を眺めていた。
それから街を歩いていると、少し先から大きな声が聞こえてきた。
「僕の研究は、今回のフォーラムでもかなり注目されるはずだ。今のうちに知り合っておいて損はないと思うぞ?」
声の主は、制服にやたらと装飾品をつけた男子学生だった。周りには別の学院の制服を着た学生が数人いて、少し困ったように相槌を打っている。
「……あの人、そんなにすごいのか?」
キツキが小声で尋ねると、エリルもそちらを見た。
「……ああ、グランフェル家のレオニスだね。アストラリス学園の1年だったかな~」
「知ってんのか?」
「名前くらいはね。家が抱えている研究者から、かなり支援を受けてるって噂だね」
「え、それってありなのか?」
「支援を受けること自体は珍しくないよ。ちょっと相談に乗ってもらう程度の人もいれば、かなり手伝ってもらう人もいるし」
「へえ……じゃあ、あの人はどこまで自分でやってんだ?」
「さあ、そこまでは」
エリルは少し肩をすくめた。
「ま、発表するのは本人なんだし、そこでどれだけわかってるかは見えてくるんじゃない?」
そう言われて、キツキはもう一度レオニスの方を見た。
研究にどれくらい関わっているのかはわからない。ただ、あの偉そうな態度もあって、あまりいい気分にはならなかった。
「……まあ、確かにそうだな」
「でしょ? じゃ、次のとこ行こ」
それからも2人は、気になる店を覗いたり、珍しい魔道具を眺めたりしながら街を楽しんだ。
日が傾き始めた頃、エリルがふと通りにある時計を見上げた。
「時間もちょうどいいし、そろそろ戻ろっか。あんまり遅いとマリベル先生に怒られちゃうしね~」
そんなことを言って、エリルはいたずらっぽく笑った。
「ははっ、そうだな。パンフレットも届いてるかもしれないし」
それに、そろそろ夕食の時間だ。その後にはレニアとの約束も控えている。
もう少し街を見て回りたい気もしたが、キツキはエリルと並んで宿へ向かった。




